第4話 銀座の美容院

文字数 2,149文字

(4)銀座の美容院

「え? 僕、オールバックなの?」武はササガワに質問する。

 ササガワは「そうですけど、何か不満でも?」と事務的なトーンで返した。

 それを聞いた猫は「アイツ、怖いなー」「目が笑ってねー」と小さく呟いた。武は余計なことを言うと怒られそうだから、猫を無視してササガワに尋ねる。

「別に不満があるわけじゃない。でも、オールバックの根拠を知りたいんだ。何か理由はあるの?」

「理由ですか? まず、フィクサーと対峙するための髪型は決まっています。角刈り、パンチパーマ、スキンヘッド、オールバックの4つしかありません」

「四択なの?」

「そうです。これは業界の掟(おきて)のようなものです」

「業界の掟・・・」

「武くんは小学生です。角刈り、パンチパーマとスキンヘッドは校則に引っかかりますよね?」

「そうだね。校則違反になるかもしれない・・・」

「オールバックであれば、ポマードをとれば普通の小学生の髪型に戻せます。学校に通えますよね? だからオールバックを勧めているのです」

「へー」武は興味なさそうに言った。

「納得していないようですね。パンチパーマにしましょうか?」

―― この人、なんか怖い・・・

 ササガワは証券業界のプロだ。
 武は一抹の不安を抱えながらも、プロが推薦する髪型だから不満を言うわけにはいかない。
『郷に入っては郷に従え』というし・・・

「オールバックでいいです・・・」と武は小さく言った。

「オールバック“で”?」

「オールバック“が”いいです・・・」武は小さな声で言った。

「聞こえませんね・・・」

「オールバック“が”いいです!」武は大声で言った。

「よろしい!」

「押し切られたなー」と弄ってくる猫。「うるせー」と武は小さく言った。

 こうして武の髪型はオールバックに決定した。


***


 ササガワは続いて男性ヘアカタログを見始めた。前鬼の髪型を選ぶようだ。

「前鬼、このページの髪型をスタイリストに見せて下さい」とササガワは言って、前鬼に週刊誌を渡した。前鬼がページを見るとスキンヘッドの男性が載っている。もはやヘアモデルではなく、どこかの寺の住職の写真だ。

「俺、スキンヘッドなの?」
 前鬼は明らかに不満そうだ。

「そうですけど、何か不満でも?」
 ササガワは武の時と同じ事務的なトーンで返した。

「俺もオールバックがいい。武はオールバックだろ?」

「武くんがオールバック。だからこそ、あなたはスキンヘッドです!」

「なんでだよ?」

「何事にもバランスが必要です!」

「バランス? 武がオールバックだから、俺がオールバックにできないのか?」

「そうです」

「理由が分からないんだけど・・・」

「あなた、任侠映画を見たことがありますか?」

「もちろんあるよ!」

「任侠映画の登場人物が全員オールバックだったら、バランス悪いと思いませんか?」

「はぁ? 意味が分からないんだけどさー」
 前鬼は不満を露わにする。

「髪型はその人物のキャラクター、つまり特徴が現れます。オールバックのイメージは知性です。インテリヤクザは大体オールバックですよね?」

「そうだな。眼鏡かけたオールバックだな」

「あくまで世間一般のイメージですが、オールバックの登場人物はそんなに喧嘩が強くありません」

「そうかもな」

「もし、全員オールバックでフィクサーに対峙したとしましょう。そうしたら、『こいつら口だけで、喧嘩弱いんじゃないか?』と思われませんか?」

「そうかもしれないな。でも、あんたが言った髪型は4つだ。まだ、角刈りとパンチパーマが残ってるだろ? オールバックはダメとしても、角刈りとパンチパーマもダメなのか?」

 前鬼の発言に少しガッカリしたようなササガワ。前鬼に子供を諭すようなトーンで言う。

「角刈りとパンチパーマは主役級の登場人物に許される髪型です。あなたは自分のことを主役級だと思っているのですか?」

「主役級では・・・ないな」前鬼は自信なさそうに答えた。

 やっと理解してもらえたササガワは笑顔で前鬼に言う。

「ですよね! あなたは脇役なのです。さあ、声に出して言ってみましょう!」

「俺は脇役・・・」前鬼は小さく言った。

「声が小さい!」

「俺は脇役!」前鬼は叫んだ。

「よろしい! ちなみに、スキンヘッドのイメージは力です。集団にスキンヘッドが1人いるだけで、相手に喧嘩が強い印象を与えることができるのです」

「スキンヘッドは喧嘩が強そう・・・」

「ええ。コダマもオールバックですから、2人のオールバックの喧嘩の弱さを補えるスキンヘッドが必要なのです。だから、バランスが大切と申し上げました」

「分かったよ、スキンヘッドでいいよ・・・」前鬼は論破されて諦めた。

「丸め込まれたなー」と小さく言う猫に「そうだね」と武は小さく言った。

 なんやかんやあったが前鬼の髪型はスキンヘッドに決定した。


***


 ササガワは続いて女性誌を見始めた。

「お菊さん、このページの髪型をスタイリストに見せて下さい」とササガワは言って、お菊さんにヘアスタイル雑誌を渡した。不安を感じながらお菊さんがページを見ると、そこには綺麗な女優が載っていた。

「私はこれでいいの?」

「もちろん、任侠映画には華が必要ですから」

「やったー! 女に生まれて良かったわ」

 この日、お菊さんは女に生まれたことを感謝したらしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み