第20話「初めて女の子の家に入る。」

文字数 2,385文字

 玄関から顔を出した姿を見て、僕は唖然とした。
 彼女は抜け殻のように疲れ果てた表情で、虚ろな目の周りにはひどいクマができていた。まるで寝起きのように乱れた髪で、しわや汚れのついた部屋着を着ていた。同窓会の時とはまるで別人のような見た目だったので、僕は思わず「部屋を間違えました」と言いそうになった。
「急にごめんなさい。」
「構わないよ。」
「入って。」
 家の中は廃墟のように散らかっていた。溜まりきった食器は台所に放置され、床には足の踏み場がないくらい物が散乱していた。ゴミ袋にはカップ麺の容器や酒の缶、タバコの吸い殻などが溜まっていた。慌てて消臭したのか、花のような芳香剤の香りだけがその部屋の違和感になっていた。

 彼女はソファーの上に放置されていた服や書類を床に投げ捨て、2人分の場所を空けた。
「座って。」
「ありがとう。」
「ごめんね、汚くて。」
「構わないよ。」
 僕と彼女がソファーに座ると、奥の部屋から1匹の犬が興奮したように走ってきた。
「こら、落ち着いて。」
「犬、飼ってたんだね。」
「そういえば、あなたには言ってなかったわね。母が働いている動物保護施設から引き取ったのよ。本当は1人暮らしだとなかなか認めてもらえないんだけど、母の子どもで私が小さい頃から犬の世話に慣れているからということで、引き取らせてもらったのよ。」
「そうなんだ。可愛い子だね。」
 僕は足元にやって来たふさふさの柴犬を撫でてみた。尻尾を振って喜んだ犬はソファーに乗り、僕と彼女の間に座った。犬は右目が潰れていた。
「この子、ケガで片目を失っているのよ。ウインクしてるみたいで可愛いでしょう?」
 彼女は儚げな顔で、潰れた目の辺りを指で優しく撫でた。
「こういう子は見た目が“完全ではない”という理由からか、なかなか里親が見つからないのよ。」
 彼女は犬を撫でながら、小さく「ごめんね。」と言った。
「そうだ。お酒あるけど飲む?」
「じゃあ、いただこうかな。」
「ビールしかないけど良い?」
「構わないよ。ありがとう。」
 彼女はフラつきながら冷蔵庫に向かい、350mlの缶ビールを2つ手に取って1つを僕に手渡した。
 僕らが缶ビールのフタを開けると、興味を持った犬が鼻を近づけた。
「こら、あなたはこっちでしょう。」
 そう言って彼女は「ごめんね。」と言いながら犬を抱き上げて、奥の部屋に運んだ。彼女は自動給水機に入っている水の量を確かめると、ドアを閉めてこちらに戻ってきた。
「あ、乾杯しなきゃね。」
 彼女は無理に作った笑顔で言った。そうして僕らはお互いの缶を合わせてから飲み始めた。
「タバコ吸ってもいい?」
「構わないよ。」
 彼女はタバコを2口だけ吸って火を消すと、首を横に振りながら溜め息をついた。
「家に犬がいるのにタバコなんか吸って。私は最低な飼い主よ。」
 彼女は犬がいる部屋の方を見ながら涙を流した。僕は彼女が泣き止むまで黙って頭を撫でた。
「私に幻滅したでしょう?」
「してないよ。」
 それは本音だ。幻滅ではなく、驚きと心配の2つが僕の心を占めていた。
「彼とは別れたの。」
「そうなんだ。」

 静寂。

 僕は黙っていたが、彼女の方も話す様子はなかった。
「部屋の片付けを手伝うよ。」
 僕は気まずさに耐えきれず言った。
「ありがとう。でも、少しゆっくりしましょう。」
 おそらく僕が来る前から酒を飲んでいたのだろう。酔っぱらった彼女が僕の肩に体をもたれると、彼女の胸が僕の腕に押し付けられた。部屋着の下にある柔らかい感触が伝わり、僕は勃起してしまった。
「ねえ。」
 振り向いてみると、彼女は僕に口づけした。

 僕は一瞬、何が起きたか分からず固まっていた。彼女は口を離すと顔を赤らめて下を向いた。それから彼女は僕の顔を両手でつかみ、再び口づけした。その激しさに僕は圧倒された。彼女は僕の固くなった部分をズボンの上から軽く撫でると、僕の手を引いてベッドに連れて行った。
 そうして僕と彼女は体を重ねた。僕は女の子と寝るのが初めてだったが、彼女は初めてではないようだった。だが最中はそんなことも気に留めず、無我夢中で彼女を求めた。

 その後。ベッドの上に2人並んで横になると、僕は何を考えるでもなく天井を眺めていた。彼女も同じように天井を眺めながらタバコを吸っていた。
「私って最低な女だと思わない?」
「思わないよ。」
「だって、私はあなたのことを」
 そこで言葉を止めたが、彼女の言わんとしている事は分かった。
「なんというか、そういうのも人間らしさだと思うんだ。」
「人間らしさ。」

「怒らずに聞いてほしいんだけど、」
「わかったわ。」
 そう言って彼女はタバコの火を消した。
「高校で最初に君を見た時は、美人で天真爛漫な非の打ち所のない完全な人だと思ったんだ。もちろん素敵ではあったんだけど、機械のようだとも思った。それから君と話しているうちに、意外と表裏があって人を嫌ってるということを知った。そういった人間らしい不完全な部分を知る度に君のことを好きになっていったんだ。」
 彼女はクスリと笑った。
「あなた変わってるわね。」
「そうかもね。」

「今でも私のこと好き?」
「好きだよ。」
「私も、あなたを初めて見た時からずっと好きよ。」
 そう言って彼女が頬に口づけすると、僕はまた勃起した。今度は僕の方から彼女に口づけした。
「タバコ臭いでしょう。」
「構わないよ。」
 僕は彼女の上にまたがり、激しく口づけした。そのまま僕らはもう一度愛し合った。

 彼女が眠った後、僕は何となくベッドから降りてソファーに座り、彼女のタバコを吸ってみた。初めて吸ったので むせてしまったが、幸い彼女には気づかれていないようだった。それからもう一口吸ってみたが不味かったので、僕はタバコの火を消してベッドに戻った。隣で静かに眠る彼女の髪を何度か撫でてから僕も眠った。

 水の流れる音で目が覚めた。
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