第125話

文字数 999文字

『これはどこの扉なんですか?』
「……奏多の部屋のドア」奏多の影が口を開きました。やはり気だるそうです。
「キラルの扉? 何なの、それ?」初めて聞く単語に、マスターが眉根を寄せました。

『キラルの扉というのは、鏡の世界に繋がる扉を指します。キラルの扉を開けられるものは、鏡の中にいるものだけ。稜佳と浅葱先生の場合は、鏡の中にいる時は意識をほとんど失っているような状態でしたから、扉を開けるなどという考えは起きなかったのだと思いますが、どうですか?』

「そうだね。それに鏡に何も映っていない時は、真っ暗で夜みたいだった。紅霧はほとんど鏡を袋に入れていたし、時間が止まっているみたいな感じだった」

『そうです。鏡というのは普通、時間がない世界なのです。鏡に何かを映し出しているときだけ、こちらの世界の時間と同じ時間を映し出します』私は手に持った鏡を、テーブルの上の見やすい位置に置きました。

『鏡の中の扉を開けてしまうと、現実世界をそのまま映し出す、という鏡の特性が崩れてしまいます。現実の景色と鏡の景色が違ってしまうからです』

「そのキラルの扉っていうのは、どこにあるんだ?」一来がしっかりと私を見つめて聞きます。

『白の鏡と黒の鏡に映った扉ならどんな扉でもいいのです。そのどちらかの鏡の中で開けられた扉はキラルの扉になり、扉の向こう側にはキラル世界が生まれてしまいます。その瞬間から鏡映しの世界に時間が流れ始めるのです』

「じゃあ奏多はキラルの世界に行ってしまったってこと?」

マスターが眉をひそめました。どうやって連れて帰ればよいのか、考えているのでしょう。しかしそこへ紅霧が割って入りました。

「だとしても、探しに行くのは単純なことじゃないんだよ。なぜかっていうとね、キラルの世界は、ただこっちの世界を映しているだけじゃないのさ」紅霧は自分の手のひらを広げて、マホガニー色の艶々光るテーブルに映して見せた。「ほら、私の手は右手。だけどテーブルに映っているのは、私の左手の形だろう?」

「どういうこと?」稜佳が首を傾げると、一来が解説した。

「手を鏡に映すと、合わせればぴったり重なるだろ? だけど……、稜佳ちゃん、右手を出して。ほら、僕と向かい合った稜佳ちゃんの右手は僕の左側にあるし、こうして手を合わせてみても、右手同士は親指が反対側にきちゃってぴったり合わない」

「あ、本当だ。つまり鏡の中の手は右手じゃないんだ……」

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