第111話

文字数 624文字

「じゃあ一来くんも精命が多いの?」

『一来の場合は、髪に含まれる精命はさほど多くはありません。稜佳の方がよほど多いくらいです。しかし……』
「しかし、何?」

『血に含まれる精命の量が桁違いなのです。これはとても珍しい事なのです。そのため紅霧は後夜祭ライブの時から一来に目を付けていたようでした……ふぇっ?』思わずおかしな声をあげてしまったのは、マスターがうつむいて肩を震わせていたからです。

『あの……、マスター……? どうなさったのですか? まさか……あり得ないことですが、一来を心配するあまり、泣いていらっしゃるのですか?』

 マスターの肩に手を伸ばしかけた手が、空中で手が止まりました。

「紅霧ぃぃぃぃぃぃ……!」

 地獄から響いてくるような声がマスターの唇から呪詛のように流れ出てきます。マスターはカバンを掴んで立ち上がると、「一来の血を奪おうなんて、百万年早いのよ! 本当はちょっといい奴なのかも、とか思った自分を殴りたい! 必ずおばあちゃんを鏡から助け出して、紅霧をただの物言わぬ影にもどしてやるから!」と宣言しました。

 そして「行くわよ!」と私と稜佳を血走った瞳で睨むと、どんどん歩いて行ってしまいます。
 睨まれる覚えはない、という抗議を差し挟むどころか、行き先を確認する余地すらありません。私と稜佳は黙ってうなずきを交わすと、選択の余地はなく、マスターの後を追いかけて駆け出しました。
 行き先はおそらく、一来と紅霧が会っているはずの中央公園です。

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