第28話 ラム①

文字数 1,309文字

 ラムと言えば船乗り、海賊、カリビアン。
 キューバやジャマイカと言ったカリブ海諸国を本場とするスピリッツで、サトウキビのしぼり汁から砂糖を精製する際の副産物である廃糖蜜(モラセス)を原料としている。
 モラセスは黒蜜のような見た目で、残った糖やさまざまな成分が含まれている。これを発酵させて蒸留することでラムが作られるのだ。蒸留の際は連続式蒸留を使うが、ウォッカやジンのように90%以上にすることはなく、80%ぐらいにして熟成後に加水して瓶詰めする。

 意外なことに、サトウキビはヨーロッパ人がやってくるまで中南米には存在していなかった。
 サトウキビはパプアニューギニアが原産で、そこからインドや東南アジアに広がっていった植物だ。大航海時代にアメリカ大陸にやってきたヨーロッパ人はカリブの気候がサトウキビの栽培に適していることに気づいて、ここに持ち込んで一大生産地にした。
 同時にブランデーやウィスキーで培った醸造技術も持ち込まれ、これによってラムが生まれることになったのだという。
 カリブで奴隷にサトウキビを作らせ、そこで出たモラセスをアメリカに持って行ってラムを作らせ、そのラムをアフリカに持って行って奴隷を購入する資金にする。そして奴隷をカリブに持って行って働かせるという、なんとも嫌なトライアングルが続けられた。おいしい酒の暗い歴史といえるだろう。

 ラムと言えば船乗りや海賊の酒というイメージがあるが、海賊に限らず、カリブ海の船乗りにとっては海の上ではこれが唯一の飲み物の場合も多かった。
 帆船で航海をしていた時代は冷蔵技術も真水の精製技術もない。
 飲料水として真水を積んでいっても、航海が長引けば腐ったり藻が湧いたりする。
 そこで代わりにビールを積んだのだが、カリブ海のような南の海に行く場合はそれすらもダメになるため、さらに度数が高い酒精強化ワイン(ポートワインやシェリー酒)やブランデーが飲料水代わりになった。
 酒で水分補給というのはテメー正気かと言いたくなるが、背に腹は代えられない。
 また、ヨーロッパ人の方が体質的なアルコールへの強さがあり、茶やコーヒーの伝来が遅かったので、酒が子供にとっても日常的な飲み物であった。こうした文化的・歴史的背景を考えると、酒で水分補給というのは別におかしくもないのだろう。
 日本人で酒にはそれほど強くない私からしてみると、船の上で何カ月も水代わりにブランデーを飲まされることになれば、確実に死んでしまうだろうと思うが。

 中南米への進出の先鞭をつけたのはスペインやポルトガルといったワイン生産国だったので、航海の時に積まれた酒はブランデーが一般的であった。その内、ブランデーよりももっと作りやすくてコストの安い(サトウキビは成長が早い+労働力は奴隷)のラムが主流となっていった。
 ヨーロッパとアメリカ大陸を行き来する商業船や輸送船はもちろんのこと、それらを狙う海賊にとってもラムは欠かせない存在となったのである。
 船乗りにとっての必需品という側面を除いても、安くておいしく、手軽に酔っぱらっていい気分になれるとあれば、娯楽が少ない時代にあってはこの上なく魅力的だったことは間違いない。
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