不思議な酒場に

文字数 3,017文字

そこは薄暗く怪しげで、不思議な店だった。

カランカラン…、
とベルを鳴らしてサルーンドアを押し開けば、そこにはまるで西部開拓時代にタイムジャンプしてしまったような光景があった。
樽をテーブルにして、男が大きなジョッキでビールを飲みながら、カウンターの奥にいるのだろうか、店主らしき人と話し込んでいる。
手前の丸テーブルの席では、ゲームだろうか占いだろうか、カードを広げている男の二人組がいる。
店内には陽気なアイリッシュが微かに流れている。
棚には本や蓄音機や猫のぬいぐるみ等が置かれている。
壁にはタペストリーやテンガロンハットが掛けられていて、

いや、それよりも…、

銃…。

拳銃だ。

いったい何丁あるのだろうか…。

飴井も玲奈も詳しくないのではっきりわからないが、様々な形と大きさの拳銃がそこかしこに飾られている。
モデルガンなのだろうけれど、この店内で見ると、本物のような重厚感がある。
ついでにお客全員が、お尋ね者に見えてこなくもない。

飴井と玲奈が店内の様子に呆気にとられているとようやく
「いらっしゃい。」
という声がカウンターの奥からかかった。

東中野(ひがしなかの)駅の小さな方の改札を出ると『ムーンロード』がある。
アーチ型の入口看板をくぐると、敷地の半分以上が既に更地(さらち)になっている、かつて栄えたのであろう繁華街が続く。
そこがムーンロードだ。

工事用フェンスを横目に歩き右手にかの有名なシャンソン酒場『マヤン』
そしてそのマヤンの向かいの建物の3階に『Bar14(バーじゅうよん)』があった。

玲奈が先に立ってカウンターに進み出る。
ところ狭しと並べられた雑貨や小物の隙間から店主が覗き込むようにこちらを見る様子は、カウンターというより受付窓口といった感じだった。
ここでチャージ料金と飲み物の代金を支払うらしい。
安くはないが高くもない。バーというのはだいたいはこんな風だろう、と玲奈も思った。
「迅は?」
と飴井を振り返る。
「同じもので…。」
何だろう、初めて入る店だからか、心なし彼が緊張している様にも見えた。
「じゃあ、レーベンブロイ。」
と玲奈が注文すると、
「小、中、大、それから特大があるけど、どれにする?」
店主が飲み物のサイズを聞いてきた。
玲奈がチラリと飴井を見た。彼は軽くうなずいただけだった。
「中を2つで。」
任せるよ、という意味だったらしい。
席まで持っていくから座って待っていてくれ、ということだったので樽の机でも、丸テーブルでもない、奥まったソファー席に2人は座った。
飲み物が届くまで、あまりに所在ないのでカウンターで手渡されたウエハースをかじってみる。

――な、なんてアウェー感なの…。もうちょっと一見(いちげん)さんにフレンドリーに接してもいいんじゃない?

と玲奈は思った。

今にも額にキズのある大柄な男が、
「おいネェちゃん達、見掛けない顔だな。」
等と絡まれそうな気配さえする。

だが、ふと隣を見ると飴井の顔がやや強張(こわば)っている。
彼はここを”気になってるバー”と言った。行ってみたい、という意味だと玲奈は解釈した。
でも、先程からこの様子は変だ。

「お待たせしました。」
と店主がグラスを2つ持って来た。
「わっ、すごい!ソフトクリームみたい!」
ビールの泡がグラスからはみでんばかりに盛り上がっている。
「この泡を作るのに時間かかっちゃうんですよ。」
と店主は言う。
少し照明の当たるところで見ると、店主は人懐こい笑顔にひげをたくわえた男だった。
西部劇に出て来るガンマンのような出で立ちをしている。
「そうなんですね!本当凄いよね!ね?」
玲奈の高いコミュ(りょく)を大いに発揮し、出来るだけ場を和ませようと飴井も巻き込んで少しばかり大袈裟にリアクションした。
「これねぇ、こだわりなんですよねー。」
店主はとても気を良くしたようで、
「あ、そうそう水曜日はね、ピザがありますよ。別料金ですけど、如何ですか?」
――曜日限定メニュー!?これはのっかるしかない!と玲奈は即座に判断した。
「自家製ピザなんてスゴ過ぎです!」
両手を合わせ目を見開いて驚いてみせたが、
「いや、デリバリーなんですけども…。」
空回りしたか…、これには店長も苦笑した。

水曜日、お店にいるお客さんの中で希望者を募りピザを割り勘で注文する、というシステムらしい。

長テーブルにLサイズのピザが3枚置かれた。
飴井と玲奈はピザを手にソファー席に戻る。

?!

何だろう…。

視線だ、視線を感じる。

見られている。

ソファ席は店の少しくぼんだ場所にある。店内のお客をほぼ全員視界の中に収められる。

誰もこちらを見ていない。

ソファの周囲を見る。弦のさびたギターとクッションと燭台と猫のぬいぐるみ…。

玲奈はハッとした。
ぬいぐるみの猫の目が瞬きしたように見えた。

それは背中に白黒の縞模様のある猫のぬいぐるみだった。
その縞模様はどうみても…、ピアノの鍵盤なのだ。

「あれ…?!」
飴井が声を裏返した。
「どうしたの?」
玲奈が聞く。
「ピザが…。」
「ピザが何?」
「…ない。」
確かに飴井の手にはもうピザはない。
「…食べたからでしょ?」
「や、食べる前に消えた…。」
落としたのだろうか、いやどこにもない。
「迅、酔ったんじゃな…え!?
玲奈も声を裏返した。
彼女のピザも、手に持っているわずかな生地だけを残してなくなっていた…。
これは、どうやら飴井が玲奈をからかおうとしている訳ではなさそうだ。

ふと猫のぬいぐるみに目がいった。
――おや?
ぬいぐるみの猫の口がピザソースをつけたように汚れている。
―― ……。
玲奈はじっと猫の目を凝視する。
猫の瞳はうろたえたように揺らいでいる、ような気もする。

――まさかね、こんなヘンテコな猫が生きているハズがない。
と思いながら玲奈は猫から視線を外した、振りを一瞬してすぐにまた猫を見た。
…もうピザソースのあとは口の周りにはない、だが玲奈はしっかり目撃した。

猫が舌なめずりしたのを。

玲奈は猫の目を見据えて言った。
「見たぞピアノ猫。」

玲奈はピザ泥棒の下手人に手を伸ばした。
ピアノ猫の首根っこを掴んだ、と思ったその時、
黒い、いや白い、いや灰色の風が目の前を凄い速さで横切った。

「ひゃっ!」
と短く息をのんだ次の瞬間にはピアノ猫のぬいぐるみはもうそこに無かった。
「迅!」
玲奈は飴井を振り返る。
彼もたった今のそこに起きた光景を目の当たりにしていたらしく、信じられない、というような驚きの表情をしていた。
「何、今の…。」
「鳥みたいなのが…、」
そいつはおそらくあのピアノ猫の仲間に違いない。もしかしたらそいつが迅のピザをかすめとった奴かもしれない、と玲奈は思った。

ヘンテコなお店でヘンテコなぬいぐるみにピザを横取りされた…。
そわそわした落ち着かない気持ちのまま、2人で一枚ピザを分け合い、ビールも飲み終わったのでバーを出ることにする。

「また来てくださいね!」
店主が見送ってくれる。
玲奈はピアノ猫のことを店主に聞いてみようか、とも思ったが、
「お酒もピザも美味しかったです!また来ます!」
と満面の笑みを返すだけにした。

総武線のホームに2人が並ぶ。
「玲奈、ありがとう…。」
「なんで?」
間もなく列車が到着する旨を伝えるアナウンスが流れた。
「俺一人じゃ、とても入れなかったよ…。」
「変わった店だもんね、確かに一人じゃ入りヅラいかも。」
「うん、まあそれもあるけどさ…、」

警笛の後、列車が入線して来る。

Bar14(あそこ)は”敵”の本拠地なんだ。」

という飴井の言葉は玲奈に聞こえただろうか。

それとも列車の轟音に掻き消されただろうか。
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登場人物紹介

永井 玲奈 (ながい れいな)

24歳。うっかりベーシストに恋してしまい、人生がハチャメチャに展開していく女子。

飴井 迅 (あめい じん)

28歳。食うや食わずの暮らしを玲奈に助けられる。ロックバンドでベースを担当。

江草 連 (えぐさ れん)

26歳。家出した名家のお嬢様。飴井のロックバンドのドラムスを担当。

佐野場 微壱 (さのば びいち)

32歳。バンドでギターを担当。速弾きの名手。

ユピテル  (ゆぴてる)

見た目8歳。省エネモード時は白黒でピアノのような縞模様のある猫の姿。癖っ毛を気にしている。五線紙に旋律を書き込む”譜術”を使う。

ムゥラン  (むぅらん)

見た目7歳。省エネモード時は前足が翼になった猫の姿。足は鋭い爪があるが収納できる。本名はシェマ・ムゥラン・ハイドリヒⅢ世。長いので仲間からはムゥと呼ばれている。音場を操る”響術”を使う。


マルチネス  (まるちねす)


見た目は10歳。二の腕フェチ。

省エネモード時は、カタツムリのような猫の姿。

ステルス性とスピードに優れ、潜入捜査などに向いていると本人は思っている。


アントッティ (あんとってぃ)

見た目12歳。省エネモード時はムササビに似た猫の姿。どうやらムゥランと根深い確執を持っているらしい。

空間に絵や図形を描くことで空間に意味や効果を与えていく特別な描画能力をもっている。

甘いものが好き。

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