第8話 閻魔大王とディベートした男

文字数 1,177文字

「閻魔大王様、とんでもない奴が来ました。生まれてから、今まで1度も嘘をついたことがないと、ほざいております」

「さっさと連れてこい!」

 40歳くらいの男が閻魔大王の前に引き出された。

「はい。私は生涯1度も嘘をついたことがありません」

「本当だな!もし噓をついていたら、舌を引っこ抜いて地獄行きだ!」

「はい。構いません」

 男の人生があたかも防犯映像のように再生されるが、ここでもハイテク化されており、嘘をついたと思われる部分まで、自動早送りした。

「ここではどうだ!」

 ◇◇

 28歳の男が好意を寄せている女性と2人で、ショットバーで飲んでいる。

「私、女優になりたいの。なれるかしら?」

 男は即答する。

「君なら、きっとなれるよ」

 ◇◇

 映像はそこでストップされた。
 閻魔大王は鬼の首を取ったように言う。

「この女は、その後お前の女房になっただけじゃないか? 嘘つきめ!」

「いいえ、彼女はずっと私の妻を演じていた女優なんですよ。その先の会話を聞いてください」

 ◇◇

「じゃあ、まずあなたの妻を演じてあげる。他に良い役が見つかったら、さよならするけど」

「ありがとう。ギャラは僕の給料から、好きなだけ持っていっていいよ」

 ◇◇

「結局、彼女はいままで、私の妻を演じてくれました」

 閻魔大王は苦虫をかみ潰したような表情になった。

「変な女優だが、良しとするか。では、次の嘘に行くぞ」

 ◇◇

「あなたが若い女の子と、手を繋いでいるのを見たという人がいるの。まさか、浮気してるの?」

「浮気なんかするわけないじゃないか。妻を演じてくれる君のことを、ずっと愛してるよ」

「疑ってごめんなさい。その人の見間違えね」

 ◇◇

 閻魔大王は、勝ち誇ったような表情で言った。

「その女とは、何度も肉体関係を持ったな。それでも、浮気していないと言うのか?」

 男は表情を変えずに言った。

「いえ。どっちも本気でしたから」

「こいつ、ああ言えばこう言うだな」

 その後も、こんなやり取りが続き、男は嘘を決して認めようとしない。

「閻魔大王様。後ろがかなり渋滞して、三途の川に落ちる事故が出ています」

 配下の者に耳打ちされた閻魔大王は、それはまずいと顔色を変え、男に審判を下した。

「お前の口車に乗せられたようで、癪に障るが、もうよい。現世に戻れ!」


 ◇◇◇◇

「あなた!わかる?」

「……」

 男は集中治療室のベッド上で、意識を取り戻した。

「よかったわ。交通事故に巻き込まれ頭を強打して、先生には意識が戻る可能性は低いと言われていたの」

「きっ、きみはだれだ?じょゆうさん?」

 男は声を絞り出した。

「まだ意識が混濁してるのね。私は、正真正銘あなたの妻ですよ」

 そう言って、男の手を握った。

(そうか。もう女優ではなく、本当の妻になってくれたんだ)

 男は妻の手を力いっぱい握り返す。その目には、うっすらと涙がにじみ出ていた。



 おしまい
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