第4話 路線バスでの妄想

文字数 979文字

男子高校生のマサヒデは、今日も学校に向かう路線バスに揺られていた。途中のバス停で、いつもの女性が乗り込んできた。

(センセイ おはようございます。今日も、麗しいお姿ですね)

マサヒデは、寝たふりをしながら、チラチラとその女性を眺める。さらさらの黒髪に、透き通るような白い肌。ほっそりとした絵になる立ち姿。
カノジョがいないマサヒデの毎日の唯一の楽しみが途中から乗り込んでくるこの美女の鑑賞なのだった。
妄想はどんどん膨らむ。高校の音楽教師でフルート奏者。ブラスバンドの顧問。独身で彼氏なしで、ちょっぴり幸薄。
前半の部分は、可能性が高かった。たまたま見えたバックの中身に、フルートと思われる楽器ケースと指揮棒ケースがあったからであるが、独身彼氏なしは、単なる願望。

うとうととまどろんだマサヒデは、バスのブレーキで目覚めた。「センセイ」がいつも降車するバス停である。
こころの中で(いってらっしゃい)と見送ろうとしたが、今日に限って、彼女は動かない。
バスは出発し、公園前に差し掛かり彼女は、降車した。その際、一瞬視線が交錯した。気が付くとマサヒデは、魅入られたように、彼女を追っていた。公園の中を、どんどん歩いてゆく。すると風に乗って、フルートの音色が聞こえてきた。

「この曲は、悪魔が来りて笛を吹く!」

野外ステージで、黄金のフルートを響かせる女神に、マサヒデはうっとりした。そこへ、風が吹き込む。女神は、マサヒデの視線に気づき、恐怖の表情。
空は厚い雲に覆われ暗くなり、風も強くなってきた。
そして、モーツアルト 歌劇「ドンジョバンニ」の地獄落ちの曲とともに、マサヒデの前に巨大な石像が出現。

「お前は、地獄落ちだ!」

「そんな! 僕は、ただ見とれていただけです」

「そのいやらしい視線は、万死に値する!」

突然地割れし、マサヒデは地の底へ真っ逆さま。

「お客さん。 終点ですよ」

マサヒデは、運転手に揺り起こされた。

翌日、いつものように、マサヒデはバスに揺られていた。
ところがいつものバス停に、彼女の姿はない。

(・・・・・・・)

マサヒデはすっかり落胆した。
すると、1人の女性が乗車した。

(あれは、たぶんオーボエの楽器ケース そうかぁ。センセイが変わったんだ)

健康的な茶髪のナイスバディ系の姿に、さっそく見とれてしまう。マサヒデの毎日の楽しみも、期せずして引継ぎされたのであった。

おしまい
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