第5話 電波時計

文字数 1,152文字

「なんだこれは!」

深夜にトイレに立ったF氏は、父の遺品である古ぼけた目覚まし時計の針がぐるぐる回るのを見て仰天した。
しばらく回った後、2つの針は今の時間を指して止まった。

翌朝このことを会社の後輩K氏に話すと一笑に付された。K氏は機械系のエンジニアである。

「先輩 それは、電波時計といって、標準時間と自動的に合わせる仕組みなんですよ。進んでいたので12時間回ったんでは」

「なんだ。そんなことか」

F氏はしばらく時計の事を忘れていたが、何か違和感を感じていた。1週間に1回 きまって目覚ましが鳴る1時間早く目が覚めるのである。
F氏は、その日と思われる金曜日の夜に、寝ないで時計を見張ることにした。
深夜2時ちょうどに、時計の針は動き出した。そして、2時の手前の1時で止まった。
F氏は慌ててスマホを見ると、やはり1時である。

翌日、F氏からその事実を聞かされたK氏は、とてもそのことを信じられなかった。

「1つお願いがあるんだ。夜中に1時間タイムスリップしても何の役にも立たない。昼の3時ころに調整してくれないか。お礼はするからさ」

いつも強引な頼みごとをしてくるF氏のことを実は疎ましく思っているK氏であったが、しぶしぶ引き受けることにした。

F氏は、手に入れた1時間を誰でもが思いつく錬金術として使った。
競馬、競輪、競艇を的中させるのは容易であった。また、カジノのルーレットでも出目を記憶し、1時間前に戻って張れば勝つに決まっている。デイトレもしかり。
巨万の富を得たF氏は贅沢三昧・酒池肉林の暮らしを送ったが、それにも飽きてきた。

(そうだ! 世のため、人の為に使おう)
ちょうど1年前からコロナウイルスが蔓延し、世界の人々が苦しんでいた。
(蓄えた金で、最近完成したワクチンの情報を手に入れ、1年前に戻って、いちはやくワクチンを製造するんだ)

F氏はさっそくK氏のもとを訪れた。タイムスリップ時間を1時間から1年に延ばすという依頼なのであった。

「先輩! そんなことして、また悪事に使うのでは?」

正義感の強いK氏は、F氏がインチキでお金儲けしていること、それに自分が手を貸したことに忸怩たる思いであり謝礼も決して受け取ろうとしなかった。

「今度は違うよ。世の為、人の為さ。 それは、結果を見てのお楽しみ」

チューニングが終わったと連絡をうけたF氏は、試運転すべくK氏を自宅に迎えた。

時計を受け取ったF氏は興奮している。

「さあ 1年前にタイムスリップだ! おい、何をするんだ」

K氏の手にはナイフが握られていた。

「もう、あんたの言う通りにはならない。死んでもらいます」

F氏は薄れゆく意識の中で悪態をついていた。

(そうか。これから1時間前に戻って人目のつくところに行けば、完璧なアリバイだ。。。。ちくしょう。英雄になりたかった)


おしまい
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