四、冬

文字数 2,343文字

 透明を青と表現することはできるのだろうか。真に純粋な色は、すべて透明になる。青も光を通せば透明になる。理屈ではならなくても、私はそうだと信じている。
真実の青の季節が来た。空は淡い水色。からからした風が、春とは違う厳しさを私に教えてくれる。この風に、汚い飛沫が混じっている。私が大切に思っている青たちに、この飛沫が混じらないよう、私は今日も空を見上げている。
青には年齢がない。六十を過ぎた青がいる。彼らは今、きっと夏の疲れを癒すために、ハワイのコバルトブルーの海に浸かっていることだろう。海はぬるま湯なんかじゃない。塩分を含み、身を引き締めてくれる。また来年の夏に戻ってくるという、彼らの強い意志だ。年老いた青は強い。この狭い王国でなくても、生きていける。それに比べて私の愛した青はなんだ。私の叶わぬ最後の恋を奪った彼らはなんだ。この国でなければいけていけないじゃないか。なんてひ弱な青なのだろう。これは予想外だった。
私はただ死を待つだけの老婆だったが、この軟弱な青に最後の魔法をかけなくてはいけないようだ。汚くなった石板と、赤い魔法の杖を持つと、私は最後の呪文を探し始める。冬の青さは果てしなく、薄く能天気だ。春もアホだが冬もアホだ。私はどうやら青という色を過信しすぎていたらしい。青い若者は素晴らしい。それは私にかけられた呪縛だったようだ。彼らは若くも青くもない。ただの青年たちだった。
ただの青年たちに、再び青の魔法を。冬には咲かない月下美人の呪文を。彼らが舞台で美しく舞えるように、最後の願いを。
青の呪縛が解けた私は、また魔女に戻ることができた。愛や恋を黄泉平坂に投げ捨てて、得たのは魔法だ。青は美しい。青は若い。青は、青は。青は偽物だ。今こそ偽物の青を、本物の青に変えてやる。これは私にしかできない、一世一代の渾身の魔法だ。
すべての青よ、立ち上がれ。私は優しい人間ではない。悪い魔女だ。悪い魔女の呪いにかけられたい青たちよ、すべてを本当の青に染めてやる。冬には見られない夏の空の青を今こそ再現してみせようじゃないか。偽物だった彼らは、夏の青い空に狂い咲く月下美人になる。彼らに続け。すべての若人よ。今こそ武器を持つときだ。琴を持て、太鼓を持て、鍵盤を叩け。夏にも負けないバカな宴を開こうじゃないか! 真冬の都会はともかく淋しい。何もない灰色と白の街に、青いペンキをまき散らそう。ラッパを吹け、青いバカ者たちよ! クリスマスのイルミネーションは偽物の光だ。感動するその涙は、毒薬だ。真の青い美しさを知らぬものが流す排出物だ。そんなものに感動するなら、夜空の星に涙しろ。叶わなかったひととせの恋に、愛に泣け。真実の心は街にない。体の中心にある熱い部分が、我々には灯のように宿っているはずだ。その灯は赤い炎ではなく、青白い炎のはずだ。
青を灯せ。汚い街路に、夢のないビルに、笑顔のない大人に。くちどけのいい言葉を吐くな。厳しく凍てついた言葉をつらぬけ。人々の胸を穿て。言葉は刺す道具だ。これは青の戦争だ。青を感じない大人を殺せ。夢のない人間に言葉を突き刺せ。高層ビルを青い火で燃やし尽くせ。すべてが終わる夜、それはひととせが終わる時間だ。

冬の夜明けの青ほど素晴らしいものはない。夏の空とは違うが、またこれも真実の青だ。彼らの青は本物となっただろうか。朝五時。私は青の下を歩きながら、きっと青の戦争のことを思い出していることだろう。偽物の夏に咲いた一晩限りの月下美人は、今度どんな色を見せてくれるのだろうか。青から白になった彼らは、また色づけるのだろうか。
私は知らない。知りたくもない。でも、きっとすぐに知りたくなる。そしてまた、街を
青に染め上げたくなるだろう。これが青の呪縛、青の魔法だ。
 素晴らしく純粋が故、人を平気で傷つけ、若者らしく老婆を魅了する。ちょいと金持ちのマダムをひっかけるホストと同じだ。だが、彼らも私と等しく持っているのが、青の魔法だ。
 薔薇は青く咲くことがなかった。それでも今は科学の進歩で青い薔薇が咲く。そのうち青い月下美人も咲くことになるだろう。だけどそれは科学の先のできごとではない。青の呪いが世間にかかった証拠。青い月下美人は、私が残した愛の証拠。若者に未来はない。私にも未来はない。それでも魔法の青い月下美人は咲き誇ることになるだろう。
 青い、青い呪いは、素晴らしく、深く、不気味で、静かで、安らかなる音楽そのものなのだから。
 いささか問題なのは、新しい青の魔法使いたちの魔法が、いまだにへたくそなことだ。まだ私も魔女でいられるのだろうか。彼らがいる限り。
 つつがなく受け継がれる誰も知らない青の魔法。魔法を使うことができる魔法使いは、ひととせかけて探される。今日もまた、魔女や魔法使いたちは、青の魔法をかけることのできる若者を探し始める。『まほう』を一文字変えると『阿呆』になる。踊る阿呆に見る阿呆。どちらの阿呆になるのか、決めるのは私だ。私は魔女になって、踊る阿呆になることを選ぶ。私の心情に賛同したものは、青い旗を背に掲げよ。それを目的にして、私は今日も若者に恋をする。その恋はいつまでも叶わぬ愛のままだ。私の『赤の呪い』は青の魔法では解くことができないのだ。愛も恋も叶わぬ魔女は、永遠に寂しい独り身のままだ。王子様など存在しない。なぜなら魔女が、剣であり盾であり、戦士だからだ。王子がいても、魔女の強さには太刀打ちできない。それでも立ち上がる青の戦士を育て上げることができるのならば――きっとそのとき赤の呪いは解けるだろう。

 魔女は恋に落ちるだろう。

 私は、青に恋をする。


                                   【了】
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