イヴァン・ブーニン『田舎にて』第2章

文字数 2,461文字

 しかし、いったいどこに春はあるの? とあなたはたずねるだろう。
 僕らの田舎への旅行のこの一日中楽しく晴れた日、春のうれしい気持ちが本当に心を満たしたではないか? 次の朝に子供部屋で目覚めた時、僕は春の気分で目を開けたではないか?

 僕らの古い家の大きな部屋では、朝はいつも青い薄暗さがただよっていた。なぜなら、家が庭に囲まれていて、霜が銀色のヤシの葉や螺鈿模様のシダの葉で窓ガラスを上から下までぬりつぶしていたからだ。お茶の時間までに、僕はすべての部屋を走り回り、夜の間に霜によってつくられたこれらすべての絵を見て回り、スキーが立っている玄関へ立ち寄りさえした。
「パパ、僕は少し滑りに行くね」お茶のすぐ後に僕は父におずおずと言った。
 父は目を凝らして僕を見て、ほほ笑んで答えた。
「おや、君は野蛮人と同じだね! 本物のヴォグル人だ! まだ寒いから、鼻が凍るよ」
「ちょっとだけ…」
「だったら、走れ!」
「僕はヴォグル人、ヴォグル人だ」僕はうれしさから飛び上がって大声で言い、大急ぎで出かける支度をした。

 家から出る時、厳しい極寒の空気がすっかり全身を包みこむ。庭の向こうではまだひんやりとした朝焼けに染まっている。太陽が雪原から火の玉のように転がり出てきたばかりだ。しかし村の全景はすでに、北の朝の鮮やかで不思議なほど優しい、きれいな色彩で輝いている。もこもこした煙が真っ赤になり、白い屋根の上でゆっくりと消える。庭は銀色の霜におおわれている…。まさにそこに僕は必要だ! そして猟犬に囲まれたスキーで立ち、僕は頭まで雪に埋まる森の最奥に入ることを急いだ。
「僕はヴォグル人だ!」ふかふかの雪を庭の下にある池の方へ通り抜けながら、僕は犬たちに叫んだ。

 池のほとりで、柳の老木にこんもりと八重咲の花のような霜が昼頃まで残っている。ふり落として、冷たい綿毛のように霜が顔に降りかかるのを感じるのが楽しい! 使用人たちが氷に穴を開けて、巨大な氷の塊を水から鉤竿で引き上げる様子を見るのはもっと楽しい。まるで透明な山のようなクリスタルの正方形は、太陽に照らされて、緑がかった色や青い色がグラデーションのようにきらきらしながら、光り輝いている。
 昼頃には晴れ間がいよいよ広がった。玄関ポーチの軒先から雫が落ちる。みがかれたでこぼこ道が田舎の牧草地にそって象牙のように輝いている。
 (春だ、春が近い!) やさしい太陽の下で少し目を閉じながら、君は思うだろう。

 一日中庭から出たくなかった。すべてが楽しませてくれる。君が中庭へぶらっと入れば、飼い葉桶の近くで憂鬱そうな牛たちが、たまに深く呼吸して脇腹を膨らませながらうたた寝し、冬の間にやせた馬たちがぶらつき、羊たちは身を寄せあっている。君が穀物小屋へ行くやいなや、アカシアの茂みの中でスズメたちがちゅんちゅん鳴いているのが道中で聞こえ、にぎやかなスズメの群れ全体が急に飛び立つ音が、雨のように納屋の屋根の上に降って来る。すべてが楽しませてくれる…。そして穀物小屋では、干し草の山や雪の積もった藁のロールの静けさの中にいるのは、格別に居心地が良い。太陽の下で、ネズミと雪のにおいがプンプンする藁の山で寝転ぶのも良い。

 そしてクリスマス休暇中ずっと、僕はこの晴れた日に魅了されて、来たる春の明るい夢の中で過ごした。時には、君は宿題のこともスキーのことさえも忘れ、太陽に照らされた広間にずっと座って、遠い雪原を眺めている。雪原のかたい雪は金色の雲母のようにすでに春らしく光っている。



【翻訳ノート】
 мороз 極寒、厳寒、霜
 сени 玄関(土間のような広い屋内の玄関、道具などを置く)
 крыльцо 玄関ポーチ(屋外)

 вогул ヴォグル人(マンシ人の古い呼び名)
 =манси マンシ人(西シベリアのハンティ・マンシ自治管区のウラル語系先住民族)

 К обеду… 13時から15時頃
 …разыгрывается 太陽の力を感じる(太陽が真っ最中というニュアンス)

 ясли 家畜の餌場(古い表現)、保育所・託児所(現代語)
 гумно 脱穀場、大きな納屋
 =рига

 Забудешь, бывало… 忘れることが時々あったということ
 …крепкого наста 雪が厚く積もっているうちの上の硬い層を指す


 アレクセイ・サヴラーソフ「冬」(1873年)


【解説】
 主人公の少年は、冬の窓の模様を見て心躍らせます。ブーニンは、極寒が造る芸術を感性豊かに美しく表現しています。マイナス20度を超える寒さの中では、霜はヤシやシダの葉のような渦巻き模様を描き、八重咲の花のように咲くのですね。太陽に照らされて、雪原や池の氷が色とりどりに光り輝いています。
 写実主義の画家アレクセイ・サヴラーソフ(1830年 - 1897年)が描いた「冬」の情景は、ブーニンの風景描写と重なります。真っ白な雪に覆われた庭木やизба(百姓民家)が描かれていますね。
 広い中庭で、家畜や穀物小屋を見て歩く場面では、トロイカ旅行の場面と同様に、主語がты(君は)の形で、ほとんど現在形で語られます。このты(君は)は省略されていますが、動詞の人称語尾から分かります。読者は、少年と一緒に冬の庭を散策しているような気持ちになります。

 主人公の父親が「ヴォグル人だ」と言いますが、これは悪い意味ではなく、良いニュアンスで使っています。少年自身も、「僕はヴォグル人だ」と言って、厳寒の庭へ飛び出します。
 ヴォグルは、マンシ人の古い呼び名です。現在のロシアには190もの民族が暮らしており、そのうち人口が5万人以下の少数民族が47を数えます。
 シベリア西部のハンティ・マンシ自治管区には、3万人のハンティ人と1万2千人のマンシ人が暮らし、独自の言語、文化、信仰(シャーマニズム)を保っています。暮らす場所は、狩猟民族のハンティ人は森を好み、定住用と移動用の二つの家を持っています。一方、マンシ人はツンドラに暮らし、トナカイ放牧を生業とする遊牧民です。
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