人を呪うということ

文字数 876文字

「教えてください。そのおまじないについて詳しく」

「いやあ、それが、詳しくは知らないんですよ。なにせ人によっても微妙に違うものでしたから、これは使えないなと思って忘れてしまいました」

 この人はいたいけな女学生のおまじないを何に使うつもりだったのだろう。
 津野は初めて間に会ったとき、彼が学生服を着ていたのを思い出した。やっぱりあの時詳細を聞いていなくて良かった。
 けれど、津野はそこで気になった。

「そんな迷信みたいなものに効果があるんですか」

 正直、消しゴムに好きな人の名前を書くことで縁結びの神様が動く、くらいの暴論のような気がする。

「さあな。ただ、(まじな)いではなく(のろ)いだと考えると合点がいくこともある」

 酒坂は例えば、とこんな話をした。
 ある女子が男子にその不幸になる呪いをかけたとする。
 それ自体には何の効果もなかったが、男子は第三者によって自分にその呪いがかけられたことを知る。男子は近くに貧乏神をまつる神社があるのを知っていたが、それが効くとは信じていなかった。
 だが、気にしないようにすればするほど、その呪いのことが気になって仕方がない。それが本当に効いているのか、今日何か不自然なことはなかったか。そもそもどうして自分がそんなものをかけられなくてはいけないのか。
 気にすれば気にするほど、自分の身に降りかかる不幸が、その呪いによるもののような気がしてくる。実際は昨日までと何ら変わらぬ日常を送っているのに。
 そうして、少なくともそいつの中で不幸になる呪いは完成する。あるいはその話を聞いた誰かもそれを認識する。閉じられた世界では、それは怪異として認識されてもおかしくはない。

「まあ、恋のまじないだってそんな物だろう。気にもしていなかった女子が自分の名前を消しゴムに書いているなんて聞けば、いやでもそいつを気にしてしまう。それが反転したようなものだ。そしてこれは、立派な呪いのメカニズムの一つだ」

 最後に酒坂とは思えない可愛らしいたとえが入ってしまったが、おおまかには理解出来た。
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登場人物紹介

津野 御幸(つの みゆき)

主人公 人の不幸が見えるという体質を持つ。

かつて妖怪に襲われ、未だに命を狙われている。

新しくひなた荘に入居してきた。

間 禄郎(はざま ろくろう)

探偵。ひなた荘に住んでいる。

住人から詐欺師と呼ばれているが、曰く「真実を曝くだけが事件の解決方法じゃない。真実は一つなんかじゃないよ」とか。

妖怪については詳しくない。

酒坂 晴彦(すさか はるひこ)

作家。エログロ、怪奇小説など、怪しいものばかりを書いている。

住人の中では一番妖怪に詳しい。

「この人に下ネタを振ってはならない」と言うのがひなた荘のルールに記載されている。

垣ノ内 柚子(かきのうち ゆず)

ひなた荘の管理人。

ふわふわとした正確だが、唯一酒坂の下ネタを止められる人間。

暗黙のルールとして「柚子さんに逆らってはいけない」というものが住人の間で広まっている。どうなるかは誰も語ろうとしない。

垣ノ内 夏乃(かきのうち なつの)

柚子の妹。主人公と同い年であるが、まだ少し打ち解けていない。

お菓子作りが趣味であり、姉の柚子には滅茶苦茶甘やかされている。

柏原 涼(かしはら りょう)

写真家、イラストレーター、デザイナーなど、何足ものわらじを履く芸術家。

さっぱりとしていて、住人の中でも女扱いされない事が多いが、色々と抱えているものは多い。

幸夜(こうや)

鬼の少女。

津野を食べるため、そこまで来ている。

喫茶店のマスター

正体は稲荷神である。少し芝居がかった口調で、かなり顔が良い。

そしてかなり顔が良い。

居酒屋「昼行灯」の店主。

正体は猫又。

桜と人の色恋話が好き、かつてそれに関する何かがあったようだ。

青井 凪(あおい なぎ)

幸の幼馴染み。

貧乏神に憑かれた少女。

幸は一度彼女を見捨て疎遠になったが、引っ越した先の街でまた出会う。


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