第2話

文字数 827文字

 黎明を破るような鶏の声で目が覚めた。鶏で目が覚めるなんて何年ぶりだ、とぼんやり考えながら歯を磨く。目覚ましより早くに起こされたが悪い気はしない。風呂場の小窓からそれとなく覗いてみるが鶏の姿はなかった。支度を済ませて朝食に向かう。まだがらんとしたレストランで、出てきたのは本格ガパオライス。唐辛子がとんでもなく効いている。嘘だろ、と独りごちても他に料理はなく、唯一の頼みである目玉焼きは一つ乗っているだけで心許ない。なにか飲み物を、とオレンジジュースに縋ったのが裏目に出て、余計に舌が辛味に敏感になり、涙目で最後の米粒を飲み込んだ。
 思えばこれが今後の運勢を徴していたのかもしれない。その日から世話になった先方の食堂では辛いものは出なかったものの、水が合わなかったのか、あるいは例年に増す厳寒の日本から来た身体が南国の暑気にあてられたのか、あるいは一度の旅程でプレゼン、交流会、視察云々と詰め込んだ過密スケジュールが災いしたか、三日目にして吐き気に襲われた。プレゼンだけは何とかせねば。やっとの思いで解析ソフトの説明を終え部屋に戻った。が、一つ乗り切れたとなるともう少し頑張れる、などと楽天的になるのが人の性だ。結局交流会に出席し、翌朝から植物研究センターの視察に同行した。私の顔色が悪いのを暑さのせいだと思ったのだろう、センターの一人がよく冷えたボトルを渡してくれる。
「これは?」
「サトウキビのジュースですよ」
「サトウキビって、あの背の高い」
「そう」
キャップを開けると甘い匂いが漂った。どろりとした液体はひたすら甘く、奥の方にほんのわずかの刺激が感じ取れた。そして不思議なまでにキンと冷えていた。それを逆さにして飲み干す。甘いジュースは余計に喉が渇く、と幼少期によく母にたしなめられたことにも思い至らないほど頭の働きが鈍っていた。何度も実演に使われたとみえる痛々しい傷口からとろりと流れる白いゴムの樹液を、舐めてみたらどうなるのだろうとぼんやり眺めた。
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