ミッシング(6)

文字数 1,729文字

 インターネットで検索すると、静岡の通販サイトはすぐに見つかった。ホームページには代表者氏名と住所、メールアドレスなどが明示されていたが、電話番号は空白になっている。それ以外に個人を特定する情報は何もなかったが、かなり以前からおもちゃやミニカーなどの修理を受け付けていた様子が伺えた。ウェブサイトには修理を記録したブログもあったが、オーナーの写真らしいものは掲載されていないうえに三年以上更新されていない。美彩が知り得た情報をメールで伝えると、すぐに奏から電話があった。
「ありがとう。よく見つけたね」
「それが全くの偶然なの。同姓同名の別人って可能性もあるけど、模型の修理をしたり3Dプリンター使って物作りしてる人みたい。電話番号は記載されてないから、連絡方法はメールアドレスだけだけどね」
「メールかぁ。すぐに確かめてみたい気持ちはあるけど、ちょっと怖いな。手紙が一番良いのかな?」
「直接行って確かめるのは?」と美彩は提案した。
「一人じゃ絶対無理。美彩の手術と治療が終わるまで待ってる」
「それじゃ秋になっちゃうよ」

 美彩は子宮摘出を行わずに放射線治療を選択した。入院中、病室には毎日のように奏の姿があった。退院後のモーターホームの納車を楽しみにしていた美彩に、奏はキャンピングカー関連の雑誌を三冊差し入れた。そのうちの一冊にRVパークを特集した記事があり、伊豆半島の駿河湾に面した海沿いのRVパークが紹介されていた。春にオープンしたばかりと書かれた紹介記事の写真には大型のアメリカ製トレーラーホーム、ストリームライナーが写っていたが、その住所が通販サイトと全く同じだった。
「ここに間違いないよ。模型の修理と通販……って書いてあるし。モーターホームが納車されたら、最初に行ってみない? そしたらオーナーが奏のお父さんかどうかわかるでしょ?」
「美彩と一緒なら」

 退院後はリフォームしたばかりの前橋の自宅で静養し、美彩はモーターホームの納車を待った。
 予定より二週間遅れで納車されたその日は日曜日だったから、奏も駆けつけてくれた。
 翌朝、三日間の有給休暇を取った奏を助手席に乗せ、美彩はモーターホームのハンドルを握って前橋を出発した。目的地は、慎也との再会を願って二泊の予約を取ったRVパークだ。美彩はモーターホームでのノマド生活を動画配信する予定だったが、プライベートな最初の旅だけはカメラの電源をオフにした。
 出発して間もなく、美彩は助手席の奏に自分のスマホを預けた。
「ブルートゥースで繋がってるから、奏の好きな曲を再生して」
 奏はしばらく画面をスクロールしていたが、久保田利伸のプレイリストから『ミッシング』を選んでプレイボタンにタッチした。
「父に会えますように、というおまじない」と奏は笑った。
「ちょっと恥ずかしいけど……でも、ありがとう」

 目的地に近づくと、道幅はかつて幹線道路だったとは思えないほど狭くなり、そのうえ通り過ぎたばかりの台風の影響からか、山側から伸びた木の枝が折れ曲がって、その何本かは道路に向かって垂れ下がっている。その枝の先が、車幅二メートルを超え、高さも観光バス並みのモーターホームの屋根に当たって時々嫌な音を立てる。美彩はハンドルを右に左に操作しながら呟いた。
「まいったな。ソーラーパネルが傷にならないといいけど。昔は観光バスが通ってたらしいけど、木の枝はノーチェックだったね。それにしてもこれよりもっと大きいストリームライナーをいったいどうやってあそこまで運んだんだろう」
「ストリームライナー?」
「RVパークの写真に飛行機の胴体みたいなトレーラーが写ってたでしょ? それがストリームライナー。アメリカ製でこのクルマよりもっと大きいから、運ぶの大変だったんじゃないかな」

 二人が目的の場所に到着したとき、外はちょうど夕暮れ時だった。美彩はRVパークの向かいの広い駐車場にアドリアのモーターホームを停め、予約用のアプリで到着のボタンにタッチした。西日が眩しく、海に沈みかけた太陽に目を細めながら、助手席の奏に向かって語りかけた。
「アドリア海みたいだね」
「イタリアから見えるのは朝日だけど、対岸のクロアチアから見たらこんな感じなのかな」

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