果てしない眠りの先に  夏物語、九日目 この地で

文字数 2,061文字

 台風が南海上を迷走している。朝から雨が降ったり止んだりと天候は不安定だった。風も少し強くなり始めた。早朝からジィジは、台風に備えて野菜畑に出かけた。
 食料を買いに出かけるバァバを見送るセナは、昨日から続く気分の浮つく感覚に戸惑ったままだった。月に一度、何事も億劫になる体の変調と感じが似ていた。ベッドでゴロゴロしながら数日の出来事を思い浮かべた。ミコトと岩船で訪れた異界の冬景色がとても遠い昔に思える。他人事に感じるのも不思議だった。眠ればミコトのもとに戻れるかと願ったが、そうはならなくても失望せず成り行きのままに受け入れた。それでも心の奥底では弱気になっていたのだろう。寂しくて時々、二階の窓からブルーシートで覆われた発掘現場を眺めミコトを捜した。
 
 バァバの車にシュウが便乗していた。二階まで駆け上がると、セナが寝転がるベッドに座った。その日のセナは、話すのも面倒だったから投げやりに叱った。
 「座るな……。」
 「元気になった?」
 「だから、座るな。顔、近いし。」
 「元気になったね。」
 シュウの笑顔は、嫌味がないだけに許せた。
 「セナ、感じ変わったね。」
 「そぅかな。」
 「うん、すごく可愛くなった。」
 「はぁ……、なに。」
 セナは、戦う気力が失せた。面倒くさく話を変えた。
 「シュウがボクを見つけたのは、この前二人でジィジの山に行ったからなの?」
 「それもあるけど。」
 シュウが何か秘密を含ませているのに勘付き追求した。
 「ほかに理由があるの。誰にも言わないから、話して。」
 「セナが、真夜中過ぎ小山に向かうのを見た人がいるんだ。」
 「ええっ……、誰。」
 「マキ姉。」
 従姉のマキ姉は、シュウの叔父の娘で大学生だった。真夜中過ぎの時間帯を考えれば、バイト先のスナック帰りが想像できた。マキ姉の酔っている姿しか想い出せなかったが、気風の良い性格がセナを憧れさせた。
 「マキ姉って、色々知っているし。情報通だろう。だから、聞いたんだ。」
 「そうなんだ。確かめなくてもシュウは、山に行った?」
 「たぶんね。」
 私立探偵になる夢を持つシュウらしかった。
 「マキ姉さん、ボクってどんな感じだと話してた?」
 「光っていたって。」
 「マジかぁ……。」
 田畑の中を浮き滑るように移動するセナの白い発光体に包まれる姿が、酔っているマキには夢の続きに見えたらしい。その説明にセナは、少し考え込んでしまった。
 「……そのこと、誰かに話した?」
 「言っていない。」
 「シュウの携帯、貸して。」
 セナは強引にスマホをかりてマキ姉に繋いだ。
 「セナのスマホって、ダメなの。修理に持っていきなよ。」
 「うるさぁい。……ああぁ、マキ姉さんでないし。」
 「マキ姉、繋がらないので有名だよ。」
 マキ姉のスマホは、携帯しない携帯と皆から呆れられていた。セナは、メールを残した。
 唐突にシュウがポケットから紐の切れ端を取り出した。
 「これ、昨日の朝セナが握ってたよ。」
 セナは、覚えがなかった。大人の親指程の太さで組紐に似ていた。五色の糸で組んだ文様を見て思い出した。ミコトが腰に巻く紐と同じ柄であることを。
 「古い紐だね。どっかで拾ったの?」
 シュウの問い掛けを上の空で耳にするセナは、指先で組紐を触りながらミコトに抱きついた感触を想い返した。端が切れた状態でなく腰紐に付けていたのを摑んだ拍子に誤って取ってしまったのかと考えた。
 「これ、なんだと思った?」
 「ミサンガ?」
 「ええっと、手首に巻くヤツ?」
 セナが、ネットサイトで見た画像を思い浮かべて手首に巻き結ぶのをシュウは、目を輝かせた。
 「いいな、半分に切ってお揃いにしよう。」
 「バカ、しない。」
 一階からバァバの呼ぶ声が届いた。
 「二人、ジィジを手伝って台風準備。よろしい?」
 ジィジが戻り家の台風対策を始めていた。

 昼を過ぎ風が強く吹き始めた。ジィジが運転の軽トラックでシュウを家に送ることになった。セナも一緒に乗り込んだ。台風前で医院は、空いていた。セナは、診察室を覗き叔母のレミに尋ねた。
 「叔父さん、何時ごろ帰るの?」
 「今夜、役場で泊まりだよ。」
 台風の対策だった。
 「用があるなら、伝えておいてあげるけど。」
 「マキ姉さんどこにいるのか、聞きたかったんだ。」
 「今日、ユウ君の家じゃないかな。」
 セナが初めて聞く名前だった。
 「ユウ君って、誰なの?」
 「小学三年生の男の子。難病で入退院しているの。今週は家に戻っているから、マキは行ってるよ。」
 叔母のレミが話す病状の内容にセナは、心を痛めた。以前から度々訪れている話を聞き、マキ姉の別な一面を知り秘かに感動した。
 その話を聞いたのかジィジは、帰り道に遠回りしてくれた。マキ姉の家は留守だった。セナは、小さい頃にバァバに連れられて何度か訪れていた。バァバとマキ姉の母親が同級生だと聞いた記憶があった。マキ姉に見劣りしない存在感の強い母親だった。

 夜になり暴風雨になった。家が揺れ軋む音に怯えながらセナはバァバの夜具で眠った。
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