果てしない眠りの先に  夏物語、十日目 この地で

文字数 2,245文字

 台風一過、夏の青空が戻った。朝から暑くなる。ジィジは、家の周りを点検した後、野菜畑に向かった。
 発掘現場は、ブルーシートが外されて遺構の所々に溜まった水を取り除く作業が始まった。交通整理の警備員に誘導されて対面通行の車両が渋滞する。家の前の発掘が再開するのを眺めながらセナは、ふと想い返した。ミコトを最初に見かけた夕刻、発掘場で何をしていたのかと。二階から見えた姿は、探し物をしているというよりもあの場所で物思いに耽っているように思えた。
 理由は分からないが、守り人の山に行ってもミコトと逢えない気がした。漠然とする感覚に胸が締め付けられる。話をしたい想いが募るのに、不思議なことに直ぐ傍でいる感じがするのに、このまま二度と会えない寂しさに囚われる気持ちが切なかった。
 セナは、独り発掘作業を眺め過ごした。

 昼近くにバァバの知らせが届いた。
 「神社近くでマキちゃんを目撃したって。用があるなら、急ぐ。」
 ジィジからの情報だった。セナは、急いで神社に走った。マキ姉の神出鬼没ぶりは、みんなが知っている。息を切らせて駆けつけると、境内を散策するマキ姉の極彩色姿があった。臍が見えるシャツに短いスカートでのサンダル履きは、昨年と同じで異彩を放っていた。セナに気付くとマキ姉は、大げさに両手を広げ笑顔で迎える。
 「おおっ、美形ちゃんじゃ。」
 朗らかなマキ姉の一声は、何時もながら輝いていた。御河童の髪を明るい金髪にしている。幼顔で色白で小柄だから二十歳を過ぎているように見えない。ブルーのコンタクトレンズが清々しかった。
 「元気してたぁ。もぅ、なに急いでるんだよぅ。キミは、そんなに気忙しかったぁ。」
 「こんにちは、ご無沙汰です。」
 セナは、マキ姉の前で畏まって敬語になってしまう。気さくな性格が分かってるのに少し緊張する。短いスカートから伸びる綺麗な白い足に憧れている。マキ姉を密かにリスペクトしているから距離が近くても不快でなかった。
 「いい子だぁね。挨拶できるのは、感心だよぅ。背が伸びたぁ。これじゃ、中学生になったら追い越されるかなぁ。」
 「お酒臭いです。」
 「あはぁ、分かるぅ。さっきね、ちょいっと気つけたのよぉ。」
 「酔ってます?」
 「何時もねぇ。でしょう、でしょう。」
 明るく笑う姿が夏の空に似合った。マキ姉がよく境内を散歩するのを耳にする。気持ちのチャージと聞いたことがあるが、その姿は踊り謡っているようにも思えてしまう。
 「昨日、ユウ君とこにいたって聞きましたけど。」
 「そぅだよぅ。わたしの大々親友君だからね。イイやつなんだぁ。それにぃ、賢い。お話をしてね。朝までいたんだぁ。」
 「凄いですね。」
 「わたしが? そんなこともないけどぅ、そうかぁな。てれっ。」
 マキ姉は、どこまでも前向きで気持ちが強い。
 「わたしって、レミさんのようにお勉強できないからぁ、医者になれないし。だからぁ、わたしが出来ることをねぇ。しているだけだょ。それに、不器用だからぁ、手術なんてムリっ。これ、根本的にマズいっしょ。」
 「やっぱり、すごいです。」
 「なぁに、褒めたってなぁんもでないよぅ。チュウならしてあげるけど。どぅ?」
 「遠慮します。」
 「あっはははは……、いい子だねぇ。シュウが好きになるはずだぁ。」
 「それ、困ります。」
 セナは、歩く速度を少し緩めた。それに釣られてマキ姉も合わせる。
 「あの、ですね。一昨日の真夜中にボクの姿を見たってシュウから聞いたのですが。」
 「うん? あれって、セナだったんだぁ。」
 「たぶん、ボクです。夢だったようにも感じますが。」
 「そぅなんだ。最初、別人に見えたょ。」
 「そうなんですか。」
 「うんうん。大人に見えたからぁ。」
 「えっ、大人?」
 セナは、思わず聞き直していた。
 「大人のセナ、っていうかなぁ。たぶん、大人になるとね。セナはあんな感じかなぁ。」
 セナは、そこで少し考えてしまい恐る恐る確かめた。
 「ボクって、光っていましたか?」
 「そぅそぅ、半端ないマジ光。後光ってヤバってやつぅ。」
 「それって、フツーあり得ないですよね。」
 「あんまし驚かなかったけどねぇ。酔ってたしぃ、気分限界だったしぃ。ゲロ間際だったしぃ……。」
 「マキさん、真面目に聞いてください。」
 「こわぁい、それ、怖い。マジ真剣すぎぃ。」
 マキ姉は、セナの頬を両手で包んで立ち止らせた。
 「すっこしね。落ち着こうかにゃ。なぁに、焦ってるにゃかな。」
 マキ姉の猫語が始まった。正しくモノを伝えようとするときにそうなるのを知っていたからセナは、気付かせてくれたことに感謝した。
 「ゴメンなさい……。」
 「はぁいにゃ。よしよし、だにゃ。」
 セナは、マキ姉に優しく抱きしめられた。温かさが伝わり気持ちが解れた。マキ姉が静かに言い聞かせた。
 「生身のわたしたちはね。焦っちゃだめにゃ。とくに、大事なことに直面した時はにゃ。」
 理由もなくセナは涙が溢れた。マキ姉は、何も聞かずに抱きしめ続けた。

 マキ姉は、家の近くまで遠回りしてくれた。別れる間際、セナの頭を撫でて耳元で囁いた。
 「ゆっくり考えて、それからだよぅ。この世界、慌て者が、損をするんだぁ。それからぁ、めったやたらと、抱きつくと思わないでぇ。」
 マキ姉が酔うと誰彼となく抱きつく噂を子供心に聞いた記憶があったが、セナは優しい冗談に受け取った。
 「この週末、お祭りに行こうょ。花火大会もあるしぃ。」
 マキ姉からの誘いが嬉しかった。
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