果てしない眠りの先に  夏物語、二日目

文字数 2,338文字

 朝からその日の予定でジィジとバァバが言い争った。お互い譲らずに結局は、ジィジが折れて 一人野菜畑に向かった。

 地方の田舎町、少し車を走らせると大型商業施設があった。ママが子供の頃に一度レストアしたジィジの旧車をセナは気に入っていた。早く大人になって運転したい願望を抱いている。ガソリンが無くなっているからと揶揄われても憧れていた。
 小粋なツーシーターの乗り心地は最悪だった。荒れた路面で車が跳ねる。思わずセナは、笑ってしまう。バァバの運転は、ママより上手いと思う。
 「そのうち、クルマ、二つに割れるかもね。」
 バァバが、笑いながら脅かす。屋根を外した座席から見える夏の空は、セナの小さな物語になる。生ぬるい風と田園の匂いと共に。

 バァバは、セナに映画を決めさせる。どんなジャンルでも一緒に見てくれた。不思議に思って以前に尋ねたときの優しいバァバの言葉が心に残っている。
 ──一緒に見れば、どれだって楽しいよ。
 セナは、決めるのに時間が掛かる。バァバは、辛抱強く待ってくれた。ママのように怒らない。どうしてかわからないけど。バァバだから。
 劇場版のロボットモノにした。クラスでも密かに話題になっていた。重い内容と辛い結末だからか大人の観客も多かった。
 見終わってフードコーナーで休憩しながらバァバが教えてくれた。
 「ジィジ、一人で見に来たんだよ。」
 「えっ、どうして。」
 「このシリーズ。ファーストからのファンだから。」
 「そうなんだ。」
 セナは、余り多くを語らないジィジがより身近に感じた。

 楽器店の前を通りかかると展示されているピアノに目が留まった。
 「クラスに上手な子がいるらしいね。」
 バァバの言葉を辛く聞いてしまう。そう受取ってしまうのは、焦っているからかもしれない。友達に知られないように練習を繰り返している。でも、同級生のように演奏ができない。気持ちを揺らせるようにできないのはなぜだろうか判らずに落ち込んでいた。
 セナが返事できずにいると、バァバは笑顔を向けた。
 「バァバは、頑張り屋のセナが一番好きだよ。」
 セナが泣き出しそうな顔をしていたからだろう。バァバは優しく手を繋いだ。

 並ぶ店の中に占いの館があった。
 バァバが、【占いの館】と描かれた看板の前に立ち止まるのが不思議だった。ママと違って占いなんか信じないように思えたから。
 「……今日、いるんだ。」
 セナが、困っているのに気付いたバァバは、悪戯っ子のような笑顔を向けて説明した。
 「知り合いがやってるの。挨拶していこうか。」
 セナは、恐る恐るバァバの後を追った。幾つかの占いの小さなブースが、カーテンで仕切られて並んでいた。
 奥まったブースのカーテンが開いていた。
 「やぁ。」
 バァバが、顔を覗かせて陽気な声を掛けた。
 「儲かってる。」
 「ノープログレム。」
 遠い異国のアラビアンナイトの世界に出てくるようなコスチュームの女性が大げさなゼスチャーで歓迎した。
 「ワタシ、最強ノ占イ師ダカラネ。マネー、ウエル・カム、ネ。」
 片言の日本語が、セナを怯えさせた。顔の前のベール越しに見たこともない派手な化粧をしていた。バァバが、笑いを堪えて言い返した。
 「その、営業の喋り。止めなよ。」
 「受けるでしょ。」
 占い師は、普通に話し始めた。バァバが、笑いながら否定した。
 「胡散臭いよ。」
 「営業向けだから、これでいいの。今日、来そうな予感がしたよ。」
 「それはスゴイ、当たったじゃん。最近、留守してたね。」
 「ファンが多いから。出張鑑定。」
 二人の会話が跳ねる様子が、セナをより警戒させた。カーテンの隙間から恐る恐る窺っていると、占い師は目敏くセナに気付き笑顔を向けた。
 「噂のお孫さんね。……誰に似たの、美形ね。」
 セナの一瞬曇った表情に勘付いたのか、占い師の目が笑った。
 「……綺麗って云われるの嫌なんだ。でもね。それ、キミの武器だよ。いずれ分かるけど。」
 占い師は、セナを呼び寄せた。
 「ちょっとこっちに……。怖がらずに、いらっしゃい。」
 足を竦ませて近付く。顔を引き攣らせていただろうか。ベール越しに見詰めるる占い師の眼差しにたじろいだ。暫くセナを見つめた後、両手を出すように言った。触れられた指先が氷のように冷たくて脅えた。
 「面白い星を持っているのね。こっちに来てから誰かに会った?」
 「……。」
 セナは、意味が掴み兼ねて言葉を飲み込んだ。占い師が、手を取ったまま注視し続けた。
 「これから……、なのかな。好い出会いだよ。ステキな人に巡りあえるから。」
 「脅かさないでよ。」
 バァバは、返事ができず固まるセナに助け舟を出した。
 「繊細なんだから。」
 「ママと違うね。」
 「あの娘、肝座ってるから。誰に似たやら、困ったちゃんだ。」
 「よく言うね。このお祖母ちゃんも、怖いもの知らずなのにね。」
 占い師は、セナから目を離さなかった。全てを見透かすような眼差しの深さにより怯えてしまった。
 「でもね。お孫さん、将来は開けてるよ。」
 「見料、払う価値ありそうね。」
 「的中率、半端じゃないから。」
 バァバの違う一面を見たようで新鮮だった。別れ際にバァバが招待した。
 「新作の料理ができたの。試食においでよ。」
 「近々、寄せてもらおうかな。お孫さん、果物好きでしょう。珍しいフルーツ持って行くよ。」

 帰りの車の中でセナは驚かされた。
 「バァバの同級、小学校からの大親友。」
 「ええっ、うっそだ。」
 バァバよりもずっと年上に見えた。
 占い師の印象が誰かに似ている気がした。想い出せないけれど。どこかでとても素敵な出会いをしているように思えた。その時は、気付かなかったけれど、遠い未来で同じ思いになるのだった。
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