果てしない眠りの先に  夏物語、五日目

文字数 2,145文字

 セナが来ているのを聞きつけ従弟のシュウが姿を見せた。叔母に持たされ葡萄を手に提げていた。一学年下なのにため口でセナを呼び捨てにする。積極的な性格でセナだけに意地悪するから苦手だった。セナが無視をしても邪険に扱っても纏わりついてきた。去年の夏、キスされそうになって突き飛ばした悔しい思い出が蘇る。シュウを見るたびに誰に似たのか考えてしまう。叔父も叔母も優しくてセナは大好きだったから。

 食堂の大きな机でセナが夏休みの宿題から手を止めないでいると、背後ろから肩越しにのぞき込む。いつもシュウの距離の近さに顔を顰める。従弟の男の子特有な体臭も困った。耳元の声がセナを固まらせる。
 「セナ、宿題してるんだ。遊ぼう。」
 「邪魔するなら、なぐる。」
 「格闘技しよう。」
 シュウは、そう言いながら後から腕を回して抱きついた。セナの背筋に悪寒が走る。
 「セナって良い匂いするね。お母さんの匂いと同じだ。」
 こうなっては宿題どころでない。妹がいるシュウの方が慣れている。同じぐらいの体格なのにセナの方が少し力が及ばなかった。
 バァバは、机の端でパソコンで書き物をしていた。孫二人のじゃれ合いに気にも留めない。シュウが胸を触りにくるのをセナは焦りながらかわす。巧く対応しながらも少し怖くなった。
 「はい、そこまで。二人とも元気なのは宜しい。」
 バァバが頃合いを見て止めに入る。シュウは、どうしてかバァバの言葉に素直だった。道場で鍛えられているからだろうかとセナは思う。
 「今度、抱きついたら許さない。」
 「ケチ。いいだろう。」
 何だかんだと揉めても会えば一緒にいてしまう。一歳違いのセナとシュウだった。

 その日セナは、宿題を早く終わらせて【守り人の山】に行く計画をたてていた。昨日のバァバの怖い話にも決心は鈍らなかった。秘かに出かけようとしてもシュウが離れない。
 「どこにいくの。連れて行ってよ。」
 「ブドウ届けたんだから、早く帰れ。」
 「じゃ、一緒に家に行こう。お母さんがセナの顔見たいって言ってた。」
 シュウの母親は、開業医をしていた。
 「叔母さん、仕事中だろう。」
 セナは、相手にせずに田畑の畔を急いだ。シュウが、後ろからついていく。
 「ジィジ、今日は畑にいないよ。」
 「分かってる。」
 早朝からジィジは、県外の知り合いを尋ね出かけていた。シュウは、子供なのに大人の事情と田舎の情報をよく知っている。何事に対しても気を巡らせているからだろう。その小賢しさに感心しながらも呆れた。
 「川に行こうよ。いい場所見つけたんだ。秘密の基地みたいな陰があるんだよ。」
 シュウの騒々しい喋りがうっとおしい。ミコトにシュウを合わせたくなかったから複雑な思いで溜息を隠す。一旦纏わりつけば何があっても撒けないだろう。走りでも勝てなかったから策略を巡らせようかと考えるが、とことん抜け目がないシュウを思い返す。
 あれこれと考えているうちに山の麓まで着いた。ミコトに会いたい気持ちが勝った。セナは、投げやりに成り行きに任せようかと考えた。セナが山に登ろうとして少し驚きシュウが引き止めた。
 「山に入るの。ジィジがいないときはダメだよ。」
 「大丈夫。シュウは来なくていいから。」
 「子供だけでこの山に入っちゃダメなんだよ。セナ、やめよう。」
 シュウは、心配しながらもついてくる。セナは、無視して坂を上っていく。
 「最近、この山で原因不明の発光があったの知らないの。」
 シュウの情報収集能力の確さはよく分かっている。嘘をついているようにも思えなかった。セナは、立ち止まり坂の途中で頭の上から問い質す。
 「それ、本当のマジ。」
 「マジ。」
 「誰の話。」
 「お父さん。」
 村役場に勤めているから話の信憑性はあった。
 「火事じゃないよね。」
 「違うって、真夜中に山全体が真昼のように光ったって。」
 奇異な話だった。
 「だれが目撃したの。」
 「何人も見たって。」
 「真夜中なのに、みんな暇ね。それで、どうして子供だけで入っちゃダメなの。」
 「駐在所の警察官と役場の人が調べに入ったんだけど。」
 そこで、シュウが少し声を落として秘密を打ち明けるように続けた。
 「山頂近くで知らない女の子を見かけたらしいんだ。」
 「それで……。」
 「その女の子が、目の前で消えるのを見たって。」
 「……マジか。」
 セナは、その話を聞いてミコトを思い浮かべた。
 「消えたって、どういうこと。」
 「知らないよ、気が付けばいなくなっていたってお父さんが話していた。」
 少し悪く考えてしまったが、セナは意を決して足を踏み出した。
 「……分かった。でも、いくよ。」
 そう呟くセナの気持ちは、揺るがなかった。祠を目指す後ろから追いつくシュウに言い聞かせた。
 「だから、シュウは来なくていいから。」
 「セナを守るよ。」
 従弟の言葉は心強くひびいたが、セナは無言で冷たい視線を向けた。
 祠の周辺に誰もいなかった。セナが少しばかり気を落としているのを敏いシュウは勘付いたのだろう。珍しく慰める優しい声をかけた。
 「もしかして、誰かに会うつもりだったの。」
 「うるさい……。」
 セナは、悔しさで悲しくなって強く叱った。

 ミコトには会えなかったが、祠に新しい花が供えられていた。
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