1-4. 金を生むコマンド

文字数 1,787文字

「何かうまく使えねーかなー?」
 達也は自宅のベッドに横たわり、天井の模様を眺めながら、折角の発見を生かす方法を探していた。
 この世界が仮想現実空間ならハックしたらいろいろなことができるに違いない。水を金に変えたり、空を飛んだり、物理法則無視したことが自由にできるはずだ。しかし、どうやって?
 それはゲームキャラクターがゲームシステムをいじるような事であって、そう簡単にはできないだろう。しかし、バグのないシステムはない。神が作ったシステムだってバグくらいは必ずあるのだ。それをどう見つけるか? その一点が勝負だった。

 達也はスマホを取り出すとハッキング手法の調査を進める。もしかしたら現実世界のハッキング手法で使えるものがあるかも知れない。

 つらつらとハッキングテクニックを眺めていると、Rowhammer(ロウハンマー)攻撃というのを見つけた。これはメモリに高速に同じデータを書き込み続ける事で隣のメモリ領域のデータを書き換えるという攻撃手法だった。
 神のシステムにもそういうメモリ領域があるに違いない。そして、メモリのうち一部を超高速で書き換え続けたら管理領域の書き換えができるかも?
「これだ!」
 達也はバッと起き上がるとパソコンに向かった。パソコンで一番速いメモリ領域はL1キャッシュである。ここに最高速で書き込み続けるだけのプログラムを書いてみる。達也は情報系の学科に通っているのでこの辺は得意分野だった。ついでにスマホにも移植してパソコンとスマホの二台でハックを仕掛けてみる。
 しかし、何をどのくらい書き込んだらいいかさっぱり分からないので一分ごとに違う値、違う量で走らせ続けることにした。

      ◇

 それから一ヵ月、達也自身忘れた頃にそれは起こった。

 ズーン!
 達也が留守番しながら昼寝していると、いきなり机の上に置いておいたペットボトルのお茶が轟音を立てながら爆発したのだった。
「はぁっ!?」
 達也は寝ぼけ眼で机を見ると、そこにはズタズタになったペットボトルが転がり、辺り一面に飛び散ったお茶が湯気を上げている。見ると天井にはペットボトルの蓋が突き刺さっていて爆発のすさまじさを物語っていた。

「一体何が……」
 達也がスマホを見ると、黒い画面が開き、『_』がピコピコと点滅している。システムを操作するコンソール画面のようだ。しかし、そんなアプリを入れた記憶はない、一体これはなんだろうか?
 達也は怪訝そうな顔で『?』と、打ってみる。
 すると、コマンドのヘルプ一覧がずらりと現れた。見るとオブジェクトの属性を変えたり操作したりするコマンド群のようだった。さらに各コマンドのヘルプを見て行くと、原子番号の指定法などが載っている。
 達也は眠気がいっぺんに吹き飛んだ。これは神が使うこの仮想現実空間の操作コンソールだったのだ。
 達也は全コマンドのヘルプを必死に読みまくった。物の指定方法、温度、速度、組成などの属性の与え方、コピーや削除のやり方、それはシンプルで、しかし圧倒的な力を持つコマンド群だった。ペットボトルのお茶が爆発したのは、ハッキングによってお茶の温度を数百度に上げるコマンドが勝手に生成されてしまったからだろう。

 達也は二リットルの水のペットボトルを机の上に置き、震える手でコマンドを打った。
『set -obj forward 30cm -att atm 79』
 スマホ正面三十センチメートルにある物体を原子番号七十九、つまり純金に指定したのだ。大きく息をつき、そっと改行を押すと、
 パン!
 軽くはじける音がして、ペットボトルの水は黄金色に輝いた。
「キタ――――!」
 二億円相当の純金に達也は歓喜する。生涯獲得賃金をコマンド一発で生み出したのだ。もはや達也は働かなくていい。一生遊んで暮らせる。それはまさに人生の勝利者誕生の瞬間となった。

 達也はベッドに倒れ込み、何度もガッツポーズをして叫ぶ。
「お、大金持ちだぁ!」

 もちろん、このペットボトルを貴金属買い取りに持ち込んだって、どこから手に入れたのかなど面倒な話になるのは分かってる。でも、銅やアルミなど地味な物を淡々と業者に売りさばけば目立たないだろう。やり方なんていくらだってあるのだ。

 その日、達也は夜遅くまでいろんな物を生み出したり、お菓子をコピーしたり、目を血走らせながらコマンドの使い方を確かめていった。

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