第3部 丸太の聖女
文字数 10,171文字
1.追放
1-1.
私の名前はファナ・グリット。ここエリーセ国で聖女をやっている。ぴちぴちの十四歳で容姿は赤毛に蜂蜜酒色の瞳にそばかすがチャームポイントだ。この国での聖女の役割は丸太の椅子に座って人々の願いを聞き、神に祈りを捧げて、神からの声を人々に伝える。そうできるのはこの丸太の椅子のお陰であって、私の力ではない。何を隠そうこの丸太の椅子は世界樹の木で作られた椅子なのだ。世界樹はこの世界のどこかにあると言われており、世界の全てを知っているという幻の木だ。その葉は全てを知ることが出来ると言われ、その実はどんな不治の病も癒すと言われている。まあ椅子と言っても木をそのまま切った名前のままの丸太なので長時間座っているとお尻が痛くなってくるのが難点なのだが聖女たるものそうも言っていられない。人々が困っているのなら応えなければならない。
まあ、それも今日までになりそうだけれど。
私は目の前で先ほどからぎゃあぎゃあと騒いでいる男と、その後ろに立っている人形のように愛らしい少女を見つめた。
「聞いているのか! ファナ・グリット!!」
聞いていますとも。聞いていたからこそ意識がぶっ飛んだというか現実逃避したんですよ。
「聞いております、ハーノルド殿下」
男――この国の王子が言うには私は嘘でまかせを言い国民を騙しておりその罪は重く今すぐ聖女の座から下りろということらしかった。
「なら返事をしろ! この私の言葉だぞ!!」
声だけはデカい高圧的な男ってモテるのかしらと場違いなことを考えていると神から「人によると思うけれど僕はモテないと思うよ」と言葉が返ってくるので笑いがもれそうになる。
「んんっ、申し訳ございません。先ほどの国民を騙しているというお言葉ですが、そんなことは一切ございません。私は神からの言葉をそのまま伝えているだけです」
そうハーノルド殿下へと言えば神が「そうだそうだ」と援護をしてくれる。
「第一、王族にもその仕組みを教えないというのはどういうことなんだ!? 不敬だぞ!」
「代々、聖女が交代の際に口伝で伝わった方法です。それは王族であっても伝えてはならないときつく言われております」
殿下は憤慨しているがこればかりは教えられない。代替わりの際にきつく言われ、たとえ王族が命令しても断っても良いと言われているのだ。
「それならば問題ない。ここに居るイリスが次の聖女だ」
「殿下ぁ、本当に私が聖女でいいんですかぁ?」
殿下は背後に立っていた少女の腰を抱いて私の目の前に差し出す。
おお、これはどう見てもデキてるな。べたべたくっつき過ぎだしそもそも王子様あなたの婚約者は私だった筈ですけど。
「あのファナが出来ていたんだ。そんなファナよりも美しいキミが出来ない筈がない」
二人の世界が広がる中、私は列になりつつある悩みを持った人々をさばいていた。
二人の世界になるのは部屋でどうぞ、って話ですよ。
そして丁度、列をさばききったあたりで殿下がまた騒ぎ始める。
「さあ、その丸太の椅子から退いてもらおうか!」
「はあ……」
仕方なく椅子から退くと殿下にエスコートされたイリスがちょこんと丸太の椅子に座る。
「……? 何も聞こえてきません?」
「これでファナの嘘が明らかになったな! そのボロ椅子が世界樹で作られているというのも嘘なんだろう! それに聖女と言うのはもっと華やかな椅子に座るべきだ!!」
ボロ椅子って失礼だなと足先で椅子に触れながら思えば神様が「ボロ椅子はひどいなあ」と同じことを言うので思わず頷くところだった。
そうして運ばれて来た椅子は豪華絢爛な椅子でクッションもふかふかそうなのだけが羨ましかった。
「殿下、この話は陛下に伝わっているのですか」
一応、念の為に、そう言えば殿下から言葉が返ってくる。
「聖女のことに関しては私に一任されているから問題ない! それと婚約も破棄だ! 今日から私の婚約者はイリスだ」
「きゃあ、嬉しいです」
「わかったらさっさと立ち去るんだな!」
「……かしこまりました」
そう言った後に近くに居た衛兵に向かって「おい、そのボロ椅子も処分しておけ!」と命令しているのを聞いて悲しい気持ちになった。
1-2.
あそこまで言われてしまえばもうどうにも出来ない。縦社会っていやね。と考えながら急いで荷物をまとめる。恐らくだが私が聖女を辞めさせられた話はまだ陛下に伝わっていない。
陛下に伝わってしまえばまた聖女に逆戻りだ。正直、嫌だ。いや、聖女と言う役職が嫌な訳ではなくあの脳内お花畑ハッピー野郎の婚約者に戻るのが嫌なのだ。だからこの機会に逃げてしまおうという訳だ。
たいしてない荷物をそれでもリュック一つ分に纏め終えて急いで城下をあとにする。
そこで「あ」と丸太の椅子のことを思い出す。もうバラバラになってしまっただろうか。城下の裏側、ゴミを処分するところへ足を運ぶ。そこには斧でズタズタにばらされた丸太の椅子があった。
守ってあげられなくてごめんなさいとそこで祈りを捧げポケットに入りそうな大きさの木くずを手に持ちサッとポケットに仕舞い込む。これくらいはいいよね。
さて逃げると言っても無一文で王城から飛び出して来た訳だがどこに行こうか。出来る限り早く動かないと追手がやってきてしまう。多分だけど。
ポケットに忍ばせた木くずを握り締めながらどこに行こうと聞けば「僕の国においでよ」と声が返ってくる。おお、さすが世界樹。破片だけでも祈りが通じるのか、でも僕の国とは、と悩みそうになる前に森の方向に進んでと声が続いたので外に出る為に正門へと向かう。
正門へと向かうと門兵が「聖女様?!」と驚きの声を出す。
「一体どうされたんですかこんなところで」
「いやあ、ちょっと聖女の仕事をクビになったんです」
「へ?!」
笑いながらそう言えば門兵は驚いた顔を見せる。わかる、私も驚いたから。
「なんですかそれ陛下に言った方が良いですよ!」
「俺もそう思います!」
「そうなんですが、陛下もお忙しい身ですから……それにこれを機に外の世界を見てみようと思いまして」
さっさと会話を切り上げたくてよそ行きモードに変身すると門兵二人は「そうですよね……」「いつでも戻って来てくださいね」と引いてくれた。二度と戻って来ないと思う、とはさすがに言えず微笑んでおいた。
そして門を抜けた。ここからは更にスピード勝負だ、と森の方向へ小走りで進み始めた。
森の中は清らかな気配に満ちており妖精たちが飛び交っていた。
「クスクス」
「可愛いお客様どこへいくの?」
妖精たちの戯言は無視し森の中を進み始める。
一時間ほど進み続けたところで花畑に行きつく。息はもう上がっていた。ポケットの破片を握り締めてどこまで進んだらいいのと問えば花が輪になって咲いてるところがあるからそれを見つけてと返事がある。
輪っか、お花の、と息切れしながら探せばすぐ目の前にあった。
「あった!」
その真ん中に立ってという言葉に従い花を踏まないように真ん中に立つ。
その瞬間に眩い光に包まれる。眩しい、と目を瞑った瞬間に「ようこそファナ」と聞き慣れた声が頭上からかかった。ゆるゆると目を開ければそこには薄緑の髪を三つ編みにした青年が立っていた。
「神様……」
「いっぱい歩かせてごめんね」
ほら、やっぱり神様は居たんだ。じゃあなぜあのイリスという女の子には声が届かなかったのだろうか。
「僕は世界樹の精霊、ファナが神様って呼んでくれる存在だよ」
「名前は、あるんですか」
「うーんないからファナがつけてよ」
「ええ」
クスクスと笑う青年は美しく目を惹く。人並み外れた容姿に透き通るような髪、瞳の色は金色で星が輝いているようだった。
「とりあえず、休憩にしようか。これからのことを話し合おう」
「はい」
二人連れ立って花畑を歩き始めたのだった。
2.世界樹の下で
2-1.
少し歩いて移動した場所には机と椅子が置いてあり、その机の上にはお菓子と紅茶が置いてあった。確か精霊はあまり食事を好まないと聞いていたけれど種類によって違うのかな。
「はい、お嬢ちゃんの分」
いかついというか筋肉質の男の人がカップに紅茶を注いでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「おい、精霊王。トゥエは召使じゃないって何度も言ってるだろう」
「まあまあクー。人間のお客さんには合ったものを出してやらないと。それに俺も久しぶりで楽しかったしな」
「それならいいが……」
「そうだよ、それに君たちを匿っているのは僕なんだからね。クアットも少しは働きなよ」
クーと呼ばれた人(クアットが本当の名前みたい)も美しい容姿をもっていた。精霊ってみんな美人なんだなあと場違いな自分が少し恥ずかしくなった。
「これだから主人を得た護衛獣はいやなんだよ」
大本の主人は僕なのに、と精霊王と呼ばれた神様が肩を竦めてから椅子を引いてくれる。
「さあ、座ってファナ」
「ありがとうございます」
慣れないエスコートにどぎまぎしている間にトゥエさんとクーさんはどこかに行ってしまったようだった。
「さてじゃあまずは改めて自己紹介をしようか」
「は、はい」
「僕は世界樹の精霊、精霊王と呼ばれる存在だよ。きみは間違いなく僕の声を聞ける聖女の一人だった。そしてここは世界樹の下、精霊達が生まれ行く精霊界だよ」
あんなでたらめに心を痛めずに誇って欲しいと言われ涙が零れた。
嘘じゃなかったんだ、私は確かに神様の声を聞いて国民の悩みを解消していたんだ。
「じゃああのイリスという人に聞こえなかったのはなんでなんですか」
涙を拭いながらそう言えば精霊王は渋い顔をする。
「うーん……あんまりファナの前で言いたくないけど、乙女じゃなかったからだよ」
「乙女じゃないから……」
そこで理由に察しがつき頬に熱がさす。パタパタと頬に向かって手を扇ぎ、あの馬鹿王子のことを胸中で罵っておく。
「あの、どうして私をここに連れてきてくれたんですか」
スコーンにジャムをのせて食べる精霊王に向かって聞けば「ああ」と頷いてくれる。
「丸太の椅子に宿った精霊がいち早く飛んできてね、教えてくれたんだよ」
「精霊が……」
「追手から上手く逃げ切れただろう?それは精霊のおかげだよ」
「やはり追手が来てたんですね……」
その精霊にお礼は言えますか、と精霊王に問えば勿論と言う。
「出ておいで」
そうして精霊王が世界樹の方向に向かって手を差し出すと一つの光の塊が飛んでくる。
「さあ、きみが助けたファナだよ」
「ふぁな! たすかってよかった!」
その精霊は少し舌ったらずの言葉でファナに向かって言葉を言う。
「あなたが助けてくれたのね、ありがとう。おかげでここに来れることが出来たわ」
「ふぁな、せかいじゅのいす、たいせつにしてくれた、うれしい」
「ええ、それは勿論だわ。私にとっても大切な椅子だったもの」
ぴかぴかと光が点滅し、喜びを表現する精霊が可愛くてファナは自然と笑顔になっていた。
「うん、やっぱりファナは笑顔の方がいいよ。国民たちに言葉を伝える時にも優しい表情をしていた」
精霊を世界樹の方向に向かって飛ばしながら精霊王がそんなことを言う。
「声だけじゃなくて姿も見れるんですか?!」
「たまーにだけどね」
「恥ずかしい……」
あれ、国民の人たちは嬉しかったと思うよと告げ足されるが本当だろうか。
「そうでしょうか、それならいいんですけれど」
「もちろんだよ、僕が保証する」
「ありがとうございます」
「それでこれからのことなんだけれど」
精霊王がこれからのことを言おうとしたので私は被せるように言葉を発する。
「あ。私としてはほとぼりが冷めるまで置いてもらえたら」
「ここにずっといない?」
「え」
予想しない言葉にファナは間抜けな声を出してしまった。
2-2.
唐突な申し出にファナは驚き間抜けな声を出して、そんなファナを精霊王は嬉しそうに眺めている。
「僕のお嫁さんになって欲しいなって」
「へっ」
「どう?嫌?」
「嫌も何もまだ会ったばかりで」
「毎日会ってたじゃない、声だけだけど」
「私は野暮ったいし性格も悪いですよ」
「そのままのキミが好きなんだよ」
「あの、なんで、そんなに好いてくれるんですか」
どんな言葉を伝えても精霊王は言葉を返してくれる。ファナはそれが嬉しくて恐ろしかった。
「そうだね」
精霊王はうーんと声を出し「あ」と思いついたように言葉を続ける。
「キミに世代交代した日、まだキミは小さくて緊張していたよね。その時に緊張してる?って聞いた時に『私は聖女だからがんばらなきゃならないんです』って言ったんだよ。思えばその時からキミのことが気になっていたのかな。日々成長していくキミは聖女という重荷を背負ってもまっすぐ曲がることなく成長して美しくなった」
「あの、もう、いいです。恥ずかしい」
「まだまだ言えるよ?」
クスクスと笑う精霊王はとても楽しそうだ。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
「じゃあ」
「よろしくお願いします」
そうファナが言った瞬間に「おめでとー!」「せいれいおうおめでとう!」「ふぁなこれからよろしくー!」と精霊たちが口々に言葉を投げ掛けフラワーシャワーを降らせる。
「すごい、綺麗ですね、神様」
「ファナが喜んでくれて僕も嬉しいよ」
そう精霊王が言ったかと思うと立ち上がりファナの前に膝をつく。そして左手を手に取ったかと思うと薬指に口付けを落とした。口付けを落とした所から光がもれくるりと一周して指輪の形になった。精霊王の瞳の色と同じ宝石が真ん中についた指輪は美しかった。
「おそろい。人間たちはこうするんだよね」
「はい、嬉しいです」
ファナは微笑みながら指輪を嵌めた薬指を空に掲げて遊んでいる。
年相応な様子に精霊王は微笑み鏡を取り出し外界の様子を眺めるのだった。
3.その頃
3-1.
「馬鹿者!」
バキリと大きな音と立てて私は殴られた。
相手は父上だ。なぜ殴られたのかは分からない。
「なぜ殴られたかわからないという顔をしているな、お前が丸太の聖女を勝手に追放したからだ。あまつさえどこの馬の骨とも分からない女を聖女の座に座らせるなど言語道断!」
バキリともう一度頬を打たれる。
二度も打たれたというのに私はまだ理由に納得がいっていなかった。
「あんなもの適当に言っているだけですよ、父上も信じていたんですか。ファナより見目も麗しいイリスが聖女にピッタリです」
「……そのイリスというのは神の声を聞くことが出来るのか」
「いやですから」
「丸太の椅子はなぜ壊した」
「あんなボロ椅子イリスには相応しくないからです」
そう私が言うと父上は盛大な溜め息を吐いた。
「……はあ、せめて丸太の椅子が残っていれば神の声を聞けるものを探せたかもしれないと言うのに」
「父上?」
そこではじめて父上の様子がおかしいことに気が付く。
「お前がしでかしてくれたことはとんでもないことだ。神の声は聖女しか聞くことが出来ず、それは世界樹の木で作られた丸太の椅子を通してでしか聞くことは出来ない。聖女が嘘を騙ったなんてことは一つもない」
「そんな! じゃあファナは本当に神の声を聞いていたということですか!? それにどうして父上が知っているんですか」
「先代の聖女から聞いたからだ。分かるな? お前の母親のジョセフィーヌだ。ファナを見つけてこい、なんとしてもだ。彼女だけでも神の声を聞くことが出来るかもしれない」
どんな方法を使っても構わんという父上の声は冷たく恐ろしかった。
クソ、なぜ私があんな女を探さなければならないんだ。イリスが居ればそれで良いじゃないか。
父上の命令を聞く前にイリスに会って行こうと聖女の間を覗くとそこは長蛇の列が出来ていた。なんだ、イリスでも人気なんじゃないか、と思った考えは一瞬で消え失せた。
「丸太の聖女様はどこなの?!」
「あの人が居ないと神様のお声を聞けないんでしょう!」
「追放した? なんてことを!」
なぜだ、なぜ国民はあんなにも怒っているんだ、イリスが居れば満足だろう。ファナよりも何倍もいい。
そこで群衆の中の一人と私の目が合う。
「ハーノルド殿下だ! 殿下どうして聖女様を追放なんてしたんですか!」
「そうですよ! 神様の声が聞けないじゃないか!」
「ええい、うるさい! ファナは今から迎えに行くから問題ないだろう!」
思わず怒鳴ってしまったが仕方ないだろう。怒鳴らなければ声が通らないんだ。
「早く迎えに行ってください!」
「はやく!」
「はやく神様の声を聞かせて下さい!」
「わかっている!」
しかし、王族である私に怒鳴るとはどういう了見だ。不敬罪で殺されないだけ有難いと思え!
ファナの目撃情報を辿っているとどうやら正門から出て、森の方向へと行ったことが分かった。その情報を信じて森へと侵入する。魔物などは出ないが妖精が飛び交う清らかな森だった。ここにイリスを連れてきたらきっと喜んでくれるだろう。
「クスクス」
「頭の悪そうな人間さんどこに行くの?」
「クスクス」
誰の頭が悪いだと、と剣で切りかかろうとして柄に手を添えた瞬間に名案が思いつく。
「お前たちここを女が通って行かなかったか?」
「女?」
「可愛いお客様のこと?」
「それなら通って行ったよ」
妖精たちはそう答え「アッチの方向に行ったよ」と森の奥を指差す。
「そうか」
「お礼をちょうだい」
「金貨がいいな」
その言い草に思わず舌打ちをする。王族から金貨を強請るとはなにごとだ!
「金貨を渡すのは女を見つけてからだ」
「じゃあ案内してあげる」
「クスクス」
妖精に案内されるまま歩き続けるとそこには花畑が広がっていた。
「そこの輪っかの中に入ったら行けるよ」
「はやく金貨をちょうだい」
「はやくはやく」
「仕方ないな」
金貨を三枚妖精たちに渡すとケラケラと笑いながら飛び去って行った。まったく不気味な奴らだ。
一呼吸つき、花の輪のなかに足を入れると眩い光が身体を包む。
あまりの眩しさに目を瞑り、再び目を開けた時に広がる世界は花畑と剣先を鼻先に突き付けてくる男だった。
3-2.
花弁が散る中私は剣先を突き付けられていた。
「何者だ」
「わ、私はセリーセ国の王子ハーノルドだ。ここにファナという女が居る筈だ、彼女を迎えに来た」
「と言っているけれど、どうなんですか王」
男は誰かに向かって話しかける。
「困るんだよねえ、今更来られても。帰ってもらおうか」
私の後ろからもう一人男が出てくる、王と言われていたな。それなら交渉の余地がある筈だ。
私は冴えている!
「待ってくれ、ファナを渡してくれれば何だって叶えよう。金か? 名誉か? 何だって用意する!」
その瞬間、突き付けられていた剣がグ、と皮膚に食い込む。
「や、やめてくれ。何が不満なんだ」
「全部だとよ。王の逆鱗に触れたんだ命はないと思え」
「いや、ちょっと待った」
命がなくなる恐ろしさに足が震え始めたところで、王と呼ばれる男が制止をかける。
「今後同じようなのが来られても困る。交渉材料にしよう。ファナ、それでもいいかい」
「はい」
「ファナ! お前のせいで私は散々な目に合ったんだ! 国に戻ったら覚えておけよ!」
そう叫ぶ私のことを男は「馬鹿は死んでも治らないって本当か試しますか」と言うので王の方を見つめるが王は「どうしようかな、面倒になってきた」と言っている。不敬だぞ!
「あの馬鹿者はまだ戻らないのか」
玉座の間でエリーセ王は苛立ち交じりに側近に言葉を零す。
「森の中に入った所までは追えていたようですが、忽然と姿を消したそうですね」
「まさか妖精に誑かされて居ないだろうな」
「それはなんとも……」
はあとエリーセ王が溜め息を吐いたところで玉座の間に丸い光が現れる。
「なんだ?!」
「王はおさがりを!」
側近がエリーセ王の前に出た所で光は収縮し中から精霊王、ファナ、ハーノルドが現れる。ハーノルドはなぜか後ろ手に縄で縛られているが恐らく何かをしたのだろうとエリーセ王は頭が痛くなる。
「下がって良い」
エリーセ王が側近に向かってそう言うと側近は素直に下がる。そうして「さて」と言葉を続ける。
「久しいなファナ」
「お久しぶりです陛下」
「そちらの方を紹介してもらっても良いだろうか」
「はい」
そちらの方というのは精霊王のことだ。ファナは精霊王の前で跪くと頭を垂れる。
「わたくしたちが神と呼ぶ存在、世界樹の精霊である精霊王様です」
「おお、あなた様が」
エリーセ王も同じく頭を垂れるので、精霊王は少し困った。こういうのがしたい訳ではないのだ。
「二人とも頭を上げて楽にしてくれて構わない、それにファナは僕の伴侶なんだからそういうのしなくていいんだよ」
「すみません」
「怒ってないからいいよ」
二人の微笑ましい光景にエリーセ王は目元を緩めると「ファナは戻って来てくれた訳ではないのだな」と呟く。
「はい、陛下。本日はお別れの挨拶に参りました」
「そうか……」
「この馬鹿王子と違って父親は賢いみたいだね」
そう精霊王が言えばハーノルドは睨みつける。あれだけ痛めつけたのにまだ反抗的だしと続いた言葉にエリーセ王が頭を下げる。
「すまなかった、余計な手間をかけさせたようだ」
「いいよ、これで見切りがついたようなものだから」
「というと……?」
「僕の花嫁に失礼なことを言ったからね、殺さなかっただけ有難いと思ってくれ」
ちなみに今は煩いから喋れないように魔法をかけてる、と精霊王が続ける。
「それも重ねて謝罪する。すまなかった」
そう言うと片手を上げ側近を呼び何かを耳打ちする。耳打ちが終わると側近がハーノルドに近付きその身柄を預かる。
「ハーノルドは王位継承権も剥奪し今後一生教会にて幽閉する。そして聖女の名を騙ったイリスという女は打ち首にする」
びくり、とハーノルドの肩が震え父であるエリーセ王を見る。
「それで十分だ」
「これでも寛大な処置だ、ハーノルド。精霊王に感謝することだ」
そうしてハーノルドは拘束されたまま連れ去られていった。
音もなくでも確かにはくはくと動いた唇は「ちちうえ」と呼んでいた。
「嫌なものを見せてすまなかったな」
「いえ……それで今後のことですが」
「ファナは精霊界で過ごすことになるから、もうこの国には戻ることはない」
「わかった」
「わたくしのことは急病で死んだことにでもしてください」
「わかった」
「じゃあよろしく」
精霊王がファナへ差し出した手にファナが自身の手を重ねると二人の姿はパッと消えてしまった。
「神相手にはあれが限界か……」
エリーセ王は他国に対する対応や国民の説明に頭を悩ませるのだった。
4.それから
4-1.
「トゥエさんはどうしてここにいるんですか?」
「悪いことしてな、クーと二人で逃げてきたんだ。クーが王に頼んでくれてここに居られることになったんだが人間のままでは存在できないから半分精霊みたいなもんだ」
ファナの言葉にトゥエが答えるとファナは驚いた表情をする。
「そんな風にみえないですけど……」
「そんなことないぞ? 自分勝手な極悪人だ、でもありがとな」
少し悲しそうに微笑んだトゥエのことが気になったファナだったが何も聞かないことにした。
「トゥエ準備はどうだ?」
「ばっちりだ! 花嫁さんの出来上がりだ」
「よし。なら精霊王を呼んでくる」
そう言って立ち去るクアットを見ながらトゥエが話し始める。
「よく似合ってるから王様驚くんじゃないか?」
「そうでしょうか、正直自信ないです……」
「うーんこればっかりは王様から言葉を貰い続けないと意識は変わんねえか」
しょんぼりと落ち込むファナにトゥエはポリポリと頭をかく。
「でもな、今日のファナは世界で一番可愛いぞ、俺が保証する」
「ありがとうございます! トゥエさん!」
そう話していると目隠しをされた精霊王が連れられてくるが「これ目隠しする必要ある?!」と声が大きい。それに対してクーが「お前がまごついてるからだろう」と言っている。恐らく見るのが緊張するとごねたので目隠しをして無理やり連れてきたのだろう。
「ほら外すぞ」
「あ、ちょ、まっ」
て、と言葉は続かなかった。精霊王の目の前には花嫁衣裳を身に纏い美しく着飾ったファナが居たからだ。精霊王はふらふらとファナの目の前まで行くと肩をがしりと掴む。
「ファナ、すごく綺麗だよ世界で一番綺麗」
「本当ですか?……嬉しい」
「うん、本当だよ。キミが信じてくれるまで何度でも言うよ。世界で一番綺麗だ」
そこで世界樹の花弁が空から降ってくる。
「世界樹も祝福してくれてるみたいだ」
精霊王は世界樹を見上げ手を振る。
「あのね、ずっと名前考えてたんだけれど」
「うん」
「キリュウってどうかな」
上目遣いに精霊王を見上げれば嬉しそうに破顔する。
「! 嬉しい、みんな! 今日から僕の名前はキリュウだ!」
「おうさまおめでとー!」
「キリュウ様おめでとー!」
小さな精霊たちが世界樹の花弁をもってキリュウとファナの頭上に降らせる。
「ありがとうみんな」
ファナが嬉しそうに笑う姿を見てキリュウはこの笑顔を一生守ろうと決めるのだった。
これからファナはトゥエと同じく半精霊になる。精霊と同じ存在になるのだが、精霊とは違い食事を摂る必要がある。その食卓にはきっとキリュウが一緒に座り、幸せそうに笑う姿が見れるだろう。
1-1.
私の名前はファナ・グリット。ここエリーセ国で聖女をやっている。ぴちぴちの十四歳で容姿は赤毛に蜂蜜酒色の瞳にそばかすがチャームポイントだ。この国での聖女の役割は丸太の椅子に座って人々の願いを聞き、神に祈りを捧げて、神からの声を人々に伝える。そうできるのはこの丸太の椅子のお陰であって、私の力ではない。何を隠そうこの丸太の椅子は世界樹の木で作られた椅子なのだ。世界樹はこの世界のどこかにあると言われており、世界の全てを知っているという幻の木だ。その葉は全てを知ることが出来ると言われ、その実はどんな不治の病も癒すと言われている。まあ椅子と言っても木をそのまま切った名前のままの丸太なので長時間座っているとお尻が痛くなってくるのが難点なのだが聖女たるものそうも言っていられない。人々が困っているのなら応えなければならない。
まあ、それも今日までになりそうだけれど。
私は目の前で先ほどからぎゃあぎゃあと騒いでいる男と、その後ろに立っている人形のように愛らしい少女を見つめた。
「聞いているのか! ファナ・グリット!!」
聞いていますとも。聞いていたからこそ意識がぶっ飛んだというか現実逃避したんですよ。
「聞いております、ハーノルド殿下」
男――この国の王子が言うには私は嘘でまかせを言い国民を騙しておりその罪は重く今すぐ聖女の座から下りろということらしかった。
「なら返事をしろ! この私の言葉だぞ!!」
声だけはデカい高圧的な男ってモテるのかしらと場違いなことを考えていると神から「人によると思うけれど僕はモテないと思うよ」と言葉が返ってくるので笑いがもれそうになる。
「んんっ、申し訳ございません。先ほどの国民を騙しているというお言葉ですが、そんなことは一切ございません。私は神からの言葉をそのまま伝えているだけです」
そうハーノルド殿下へと言えば神が「そうだそうだ」と援護をしてくれる。
「第一、王族にもその仕組みを教えないというのはどういうことなんだ!? 不敬だぞ!」
「代々、聖女が交代の際に口伝で伝わった方法です。それは王族であっても伝えてはならないときつく言われております」
殿下は憤慨しているがこればかりは教えられない。代替わりの際にきつく言われ、たとえ王族が命令しても断っても良いと言われているのだ。
「それならば問題ない。ここに居るイリスが次の聖女だ」
「殿下ぁ、本当に私が聖女でいいんですかぁ?」
殿下は背後に立っていた少女の腰を抱いて私の目の前に差し出す。
おお、これはどう見てもデキてるな。べたべたくっつき過ぎだしそもそも王子様あなたの婚約者は私だった筈ですけど。
「あのファナが出来ていたんだ。そんなファナよりも美しいキミが出来ない筈がない」
二人の世界が広がる中、私は列になりつつある悩みを持った人々をさばいていた。
二人の世界になるのは部屋でどうぞ、って話ですよ。
そして丁度、列をさばききったあたりで殿下がまた騒ぎ始める。
「さあ、その丸太の椅子から退いてもらおうか!」
「はあ……」
仕方なく椅子から退くと殿下にエスコートされたイリスがちょこんと丸太の椅子に座る。
「……? 何も聞こえてきません?」
「これでファナの嘘が明らかになったな! そのボロ椅子が世界樹で作られているというのも嘘なんだろう! それに聖女と言うのはもっと華やかな椅子に座るべきだ!!」
ボロ椅子って失礼だなと足先で椅子に触れながら思えば神様が「ボロ椅子はひどいなあ」と同じことを言うので思わず頷くところだった。
そうして運ばれて来た椅子は豪華絢爛な椅子でクッションもふかふかそうなのだけが羨ましかった。
「殿下、この話は陛下に伝わっているのですか」
一応、念の為に、そう言えば殿下から言葉が返ってくる。
「聖女のことに関しては私に一任されているから問題ない! それと婚約も破棄だ! 今日から私の婚約者はイリスだ」
「きゃあ、嬉しいです」
「わかったらさっさと立ち去るんだな!」
「……かしこまりました」
そう言った後に近くに居た衛兵に向かって「おい、そのボロ椅子も処分しておけ!」と命令しているのを聞いて悲しい気持ちになった。
1-2.
あそこまで言われてしまえばもうどうにも出来ない。縦社会っていやね。と考えながら急いで荷物をまとめる。恐らくだが私が聖女を辞めさせられた話はまだ陛下に伝わっていない。
陛下に伝わってしまえばまた聖女に逆戻りだ。正直、嫌だ。いや、聖女と言う役職が嫌な訳ではなくあの脳内お花畑ハッピー野郎の婚約者に戻るのが嫌なのだ。だからこの機会に逃げてしまおうという訳だ。
たいしてない荷物をそれでもリュック一つ分に纏め終えて急いで城下をあとにする。
そこで「あ」と丸太の椅子のことを思い出す。もうバラバラになってしまっただろうか。城下の裏側、ゴミを処分するところへ足を運ぶ。そこには斧でズタズタにばらされた丸太の椅子があった。
守ってあげられなくてごめんなさいとそこで祈りを捧げポケットに入りそうな大きさの木くずを手に持ちサッとポケットに仕舞い込む。これくらいはいいよね。
さて逃げると言っても無一文で王城から飛び出して来た訳だがどこに行こうか。出来る限り早く動かないと追手がやってきてしまう。多分だけど。
ポケットに忍ばせた木くずを握り締めながらどこに行こうと聞けば「僕の国においでよ」と声が返ってくる。おお、さすが世界樹。破片だけでも祈りが通じるのか、でも僕の国とは、と悩みそうになる前に森の方向に進んでと声が続いたので外に出る為に正門へと向かう。
正門へと向かうと門兵が「聖女様?!」と驚きの声を出す。
「一体どうされたんですかこんなところで」
「いやあ、ちょっと聖女の仕事をクビになったんです」
「へ?!」
笑いながらそう言えば門兵は驚いた顔を見せる。わかる、私も驚いたから。
「なんですかそれ陛下に言った方が良いですよ!」
「俺もそう思います!」
「そうなんですが、陛下もお忙しい身ですから……それにこれを機に外の世界を見てみようと思いまして」
さっさと会話を切り上げたくてよそ行きモードに変身すると門兵二人は「そうですよね……」「いつでも戻って来てくださいね」と引いてくれた。二度と戻って来ないと思う、とはさすがに言えず微笑んでおいた。
そして門を抜けた。ここからは更にスピード勝負だ、と森の方向へ小走りで進み始めた。
森の中は清らかな気配に満ちており妖精たちが飛び交っていた。
「クスクス」
「可愛いお客様どこへいくの?」
妖精たちの戯言は無視し森の中を進み始める。
一時間ほど進み続けたところで花畑に行きつく。息はもう上がっていた。ポケットの破片を握り締めてどこまで進んだらいいのと問えば花が輪になって咲いてるところがあるからそれを見つけてと返事がある。
輪っか、お花の、と息切れしながら探せばすぐ目の前にあった。
「あった!」
その真ん中に立ってという言葉に従い花を踏まないように真ん中に立つ。
その瞬間に眩い光に包まれる。眩しい、と目を瞑った瞬間に「ようこそファナ」と聞き慣れた声が頭上からかかった。ゆるゆると目を開ければそこには薄緑の髪を三つ編みにした青年が立っていた。
「神様……」
「いっぱい歩かせてごめんね」
ほら、やっぱり神様は居たんだ。じゃあなぜあのイリスという女の子には声が届かなかったのだろうか。
「僕は世界樹の精霊、ファナが神様って呼んでくれる存在だよ」
「名前は、あるんですか」
「うーんないからファナがつけてよ」
「ええ」
クスクスと笑う青年は美しく目を惹く。人並み外れた容姿に透き通るような髪、瞳の色は金色で星が輝いているようだった。
「とりあえず、休憩にしようか。これからのことを話し合おう」
「はい」
二人連れ立って花畑を歩き始めたのだった。
2.世界樹の下で
2-1.
少し歩いて移動した場所には机と椅子が置いてあり、その机の上にはお菓子と紅茶が置いてあった。確か精霊はあまり食事を好まないと聞いていたけれど種類によって違うのかな。
「はい、お嬢ちゃんの分」
いかついというか筋肉質の男の人がカップに紅茶を注いでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「おい、精霊王。トゥエは召使じゃないって何度も言ってるだろう」
「まあまあクー。人間のお客さんには合ったものを出してやらないと。それに俺も久しぶりで楽しかったしな」
「それならいいが……」
「そうだよ、それに君たちを匿っているのは僕なんだからね。クアットも少しは働きなよ」
クーと呼ばれた人(クアットが本当の名前みたい)も美しい容姿をもっていた。精霊ってみんな美人なんだなあと場違いな自分が少し恥ずかしくなった。
「これだから主人を得た護衛獣はいやなんだよ」
大本の主人は僕なのに、と精霊王と呼ばれた神様が肩を竦めてから椅子を引いてくれる。
「さあ、座ってファナ」
「ありがとうございます」
慣れないエスコートにどぎまぎしている間にトゥエさんとクーさんはどこかに行ってしまったようだった。
「さてじゃあまずは改めて自己紹介をしようか」
「は、はい」
「僕は世界樹の精霊、精霊王と呼ばれる存在だよ。きみは間違いなく僕の声を聞ける聖女の一人だった。そしてここは世界樹の下、精霊達が生まれ行く精霊界だよ」
あんなでたらめに心を痛めずに誇って欲しいと言われ涙が零れた。
嘘じゃなかったんだ、私は確かに神様の声を聞いて国民の悩みを解消していたんだ。
「じゃああのイリスという人に聞こえなかったのはなんでなんですか」
涙を拭いながらそう言えば精霊王は渋い顔をする。
「うーん……あんまりファナの前で言いたくないけど、乙女じゃなかったからだよ」
「乙女じゃないから……」
そこで理由に察しがつき頬に熱がさす。パタパタと頬に向かって手を扇ぎ、あの馬鹿王子のことを胸中で罵っておく。
「あの、どうして私をここに連れてきてくれたんですか」
スコーンにジャムをのせて食べる精霊王に向かって聞けば「ああ」と頷いてくれる。
「丸太の椅子に宿った精霊がいち早く飛んできてね、教えてくれたんだよ」
「精霊が……」
「追手から上手く逃げ切れただろう?それは精霊のおかげだよ」
「やはり追手が来てたんですね……」
その精霊にお礼は言えますか、と精霊王に問えば勿論と言う。
「出ておいで」
そうして精霊王が世界樹の方向に向かって手を差し出すと一つの光の塊が飛んでくる。
「さあ、きみが助けたファナだよ」
「ふぁな! たすかってよかった!」
その精霊は少し舌ったらずの言葉でファナに向かって言葉を言う。
「あなたが助けてくれたのね、ありがとう。おかげでここに来れることが出来たわ」
「ふぁな、せかいじゅのいす、たいせつにしてくれた、うれしい」
「ええ、それは勿論だわ。私にとっても大切な椅子だったもの」
ぴかぴかと光が点滅し、喜びを表現する精霊が可愛くてファナは自然と笑顔になっていた。
「うん、やっぱりファナは笑顔の方がいいよ。国民たちに言葉を伝える時にも優しい表情をしていた」
精霊を世界樹の方向に向かって飛ばしながら精霊王がそんなことを言う。
「声だけじゃなくて姿も見れるんですか?!」
「たまーにだけどね」
「恥ずかしい……」
あれ、国民の人たちは嬉しかったと思うよと告げ足されるが本当だろうか。
「そうでしょうか、それならいいんですけれど」
「もちろんだよ、僕が保証する」
「ありがとうございます」
「それでこれからのことなんだけれど」
精霊王がこれからのことを言おうとしたので私は被せるように言葉を発する。
「あ。私としてはほとぼりが冷めるまで置いてもらえたら」
「ここにずっといない?」
「え」
予想しない言葉にファナは間抜けな声を出してしまった。
2-2.
唐突な申し出にファナは驚き間抜けな声を出して、そんなファナを精霊王は嬉しそうに眺めている。
「僕のお嫁さんになって欲しいなって」
「へっ」
「どう?嫌?」
「嫌も何もまだ会ったばかりで」
「毎日会ってたじゃない、声だけだけど」
「私は野暮ったいし性格も悪いですよ」
「そのままのキミが好きなんだよ」
「あの、なんで、そんなに好いてくれるんですか」
どんな言葉を伝えても精霊王は言葉を返してくれる。ファナはそれが嬉しくて恐ろしかった。
「そうだね」
精霊王はうーんと声を出し「あ」と思いついたように言葉を続ける。
「キミに世代交代した日、まだキミは小さくて緊張していたよね。その時に緊張してる?って聞いた時に『私は聖女だからがんばらなきゃならないんです』って言ったんだよ。思えばその時からキミのことが気になっていたのかな。日々成長していくキミは聖女という重荷を背負ってもまっすぐ曲がることなく成長して美しくなった」
「あの、もう、いいです。恥ずかしい」
「まだまだ言えるよ?」
クスクスと笑う精霊王はとても楽しそうだ。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
「じゃあ」
「よろしくお願いします」
そうファナが言った瞬間に「おめでとー!」「せいれいおうおめでとう!」「ふぁなこれからよろしくー!」と精霊たちが口々に言葉を投げ掛けフラワーシャワーを降らせる。
「すごい、綺麗ですね、神様」
「ファナが喜んでくれて僕も嬉しいよ」
そう精霊王が言ったかと思うと立ち上がりファナの前に膝をつく。そして左手を手に取ったかと思うと薬指に口付けを落とした。口付けを落とした所から光がもれくるりと一周して指輪の形になった。精霊王の瞳の色と同じ宝石が真ん中についた指輪は美しかった。
「おそろい。人間たちはこうするんだよね」
「はい、嬉しいです」
ファナは微笑みながら指輪を嵌めた薬指を空に掲げて遊んでいる。
年相応な様子に精霊王は微笑み鏡を取り出し外界の様子を眺めるのだった。
3.その頃
3-1.
「馬鹿者!」
バキリと大きな音と立てて私は殴られた。
相手は父上だ。なぜ殴られたのかは分からない。
「なぜ殴られたかわからないという顔をしているな、お前が丸太の聖女を勝手に追放したからだ。あまつさえどこの馬の骨とも分からない女を聖女の座に座らせるなど言語道断!」
バキリともう一度頬を打たれる。
二度も打たれたというのに私はまだ理由に納得がいっていなかった。
「あんなもの適当に言っているだけですよ、父上も信じていたんですか。ファナより見目も麗しいイリスが聖女にピッタリです」
「……そのイリスというのは神の声を聞くことが出来るのか」
「いやですから」
「丸太の椅子はなぜ壊した」
「あんなボロ椅子イリスには相応しくないからです」
そう私が言うと父上は盛大な溜め息を吐いた。
「……はあ、せめて丸太の椅子が残っていれば神の声を聞けるものを探せたかもしれないと言うのに」
「父上?」
そこではじめて父上の様子がおかしいことに気が付く。
「お前がしでかしてくれたことはとんでもないことだ。神の声は聖女しか聞くことが出来ず、それは世界樹の木で作られた丸太の椅子を通してでしか聞くことは出来ない。聖女が嘘を騙ったなんてことは一つもない」
「そんな! じゃあファナは本当に神の声を聞いていたということですか!? それにどうして父上が知っているんですか」
「先代の聖女から聞いたからだ。分かるな? お前の母親のジョセフィーヌだ。ファナを見つけてこい、なんとしてもだ。彼女だけでも神の声を聞くことが出来るかもしれない」
どんな方法を使っても構わんという父上の声は冷たく恐ろしかった。
クソ、なぜ私があんな女を探さなければならないんだ。イリスが居ればそれで良いじゃないか。
父上の命令を聞く前にイリスに会って行こうと聖女の間を覗くとそこは長蛇の列が出来ていた。なんだ、イリスでも人気なんじゃないか、と思った考えは一瞬で消え失せた。
「丸太の聖女様はどこなの?!」
「あの人が居ないと神様のお声を聞けないんでしょう!」
「追放した? なんてことを!」
なぜだ、なぜ国民はあんなにも怒っているんだ、イリスが居れば満足だろう。ファナよりも何倍もいい。
そこで群衆の中の一人と私の目が合う。
「ハーノルド殿下だ! 殿下どうして聖女様を追放なんてしたんですか!」
「そうですよ! 神様の声が聞けないじゃないか!」
「ええい、うるさい! ファナは今から迎えに行くから問題ないだろう!」
思わず怒鳴ってしまったが仕方ないだろう。怒鳴らなければ声が通らないんだ。
「早く迎えに行ってください!」
「はやく!」
「はやく神様の声を聞かせて下さい!」
「わかっている!」
しかし、王族である私に怒鳴るとはどういう了見だ。不敬罪で殺されないだけ有難いと思え!
ファナの目撃情報を辿っているとどうやら正門から出て、森の方向へと行ったことが分かった。その情報を信じて森へと侵入する。魔物などは出ないが妖精が飛び交う清らかな森だった。ここにイリスを連れてきたらきっと喜んでくれるだろう。
「クスクス」
「頭の悪そうな人間さんどこに行くの?」
「クスクス」
誰の頭が悪いだと、と剣で切りかかろうとして柄に手を添えた瞬間に名案が思いつく。
「お前たちここを女が通って行かなかったか?」
「女?」
「可愛いお客様のこと?」
「それなら通って行ったよ」
妖精たちはそう答え「アッチの方向に行ったよ」と森の奥を指差す。
「そうか」
「お礼をちょうだい」
「金貨がいいな」
その言い草に思わず舌打ちをする。王族から金貨を強請るとはなにごとだ!
「金貨を渡すのは女を見つけてからだ」
「じゃあ案内してあげる」
「クスクス」
妖精に案内されるまま歩き続けるとそこには花畑が広がっていた。
「そこの輪っかの中に入ったら行けるよ」
「はやく金貨をちょうだい」
「はやくはやく」
「仕方ないな」
金貨を三枚妖精たちに渡すとケラケラと笑いながら飛び去って行った。まったく不気味な奴らだ。
一呼吸つき、花の輪のなかに足を入れると眩い光が身体を包む。
あまりの眩しさに目を瞑り、再び目を開けた時に広がる世界は花畑と剣先を鼻先に突き付けてくる男だった。
3-2.
花弁が散る中私は剣先を突き付けられていた。
「何者だ」
「わ、私はセリーセ国の王子ハーノルドだ。ここにファナという女が居る筈だ、彼女を迎えに来た」
「と言っているけれど、どうなんですか王」
男は誰かに向かって話しかける。
「困るんだよねえ、今更来られても。帰ってもらおうか」
私の後ろからもう一人男が出てくる、王と言われていたな。それなら交渉の余地がある筈だ。
私は冴えている!
「待ってくれ、ファナを渡してくれれば何だって叶えよう。金か? 名誉か? 何だって用意する!」
その瞬間、突き付けられていた剣がグ、と皮膚に食い込む。
「や、やめてくれ。何が不満なんだ」
「全部だとよ。王の逆鱗に触れたんだ命はないと思え」
「いや、ちょっと待った」
命がなくなる恐ろしさに足が震え始めたところで、王と呼ばれる男が制止をかける。
「今後同じようなのが来られても困る。交渉材料にしよう。ファナ、それでもいいかい」
「はい」
「ファナ! お前のせいで私は散々な目に合ったんだ! 国に戻ったら覚えておけよ!」
そう叫ぶ私のことを男は「馬鹿は死んでも治らないって本当か試しますか」と言うので王の方を見つめるが王は「どうしようかな、面倒になってきた」と言っている。不敬だぞ!
「あの馬鹿者はまだ戻らないのか」
玉座の間でエリーセ王は苛立ち交じりに側近に言葉を零す。
「森の中に入った所までは追えていたようですが、忽然と姿を消したそうですね」
「まさか妖精に誑かされて居ないだろうな」
「それはなんとも……」
はあとエリーセ王が溜め息を吐いたところで玉座の間に丸い光が現れる。
「なんだ?!」
「王はおさがりを!」
側近がエリーセ王の前に出た所で光は収縮し中から精霊王、ファナ、ハーノルドが現れる。ハーノルドはなぜか後ろ手に縄で縛られているが恐らく何かをしたのだろうとエリーセ王は頭が痛くなる。
「下がって良い」
エリーセ王が側近に向かってそう言うと側近は素直に下がる。そうして「さて」と言葉を続ける。
「久しいなファナ」
「お久しぶりです陛下」
「そちらの方を紹介してもらっても良いだろうか」
「はい」
そちらの方というのは精霊王のことだ。ファナは精霊王の前で跪くと頭を垂れる。
「わたくしたちが神と呼ぶ存在、世界樹の精霊である精霊王様です」
「おお、あなた様が」
エリーセ王も同じく頭を垂れるので、精霊王は少し困った。こういうのがしたい訳ではないのだ。
「二人とも頭を上げて楽にしてくれて構わない、それにファナは僕の伴侶なんだからそういうのしなくていいんだよ」
「すみません」
「怒ってないからいいよ」
二人の微笑ましい光景にエリーセ王は目元を緩めると「ファナは戻って来てくれた訳ではないのだな」と呟く。
「はい、陛下。本日はお別れの挨拶に参りました」
「そうか……」
「この馬鹿王子と違って父親は賢いみたいだね」
そう精霊王が言えばハーノルドは睨みつける。あれだけ痛めつけたのにまだ反抗的だしと続いた言葉にエリーセ王が頭を下げる。
「すまなかった、余計な手間をかけさせたようだ」
「いいよ、これで見切りがついたようなものだから」
「というと……?」
「僕の花嫁に失礼なことを言ったからね、殺さなかっただけ有難いと思ってくれ」
ちなみに今は煩いから喋れないように魔法をかけてる、と精霊王が続ける。
「それも重ねて謝罪する。すまなかった」
そう言うと片手を上げ側近を呼び何かを耳打ちする。耳打ちが終わると側近がハーノルドに近付きその身柄を預かる。
「ハーノルドは王位継承権も剥奪し今後一生教会にて幽閉する。そして聖女の名を騙ったイリスという女は打ち首にする」
びくり、とハーノルドの肩が震え父であるエリーセ王を見る。
「それで十分だ」
「これでも寛大な処置だ、ハーノルド。精霊王に感謝することだ」
そうしてハーノルドは拘束されたまま連れ去られていった。
音もなくでも確かにはくはくと動いた唇は「ちちうえ」と呼んでいた。
「嫌なものを見せてすまなかったな」
「いえ……それで今後のことですが」
「ファナは精霊界で過ごすことになるから、もうこの国には戻ることはない」
「わかった」
「わたくしのことは急病で死んだことにでもしてください」
「わかった」
「じゃあよろしく」
精霊王がファナへ差し出した手にファナが自身の手を重ねると二人の姿はパッと消えてしまった。
「神相手にはあれが限界か……」
エリーセ王は他国に対する対応や国民の説明に頭を悩ませるのだった。
4.それから
4-1.
「トゥエさんはどうしてここにいるんですか?」
「悪いことしてな、クーと二人で逃げてきたんだ。クーが王に頼んでくれてここに居られることになったんだが人間のままでは存在できないから半分精霊みたいなもんだ」
ファナの言葉にトゥエが答えるとファナは驚いた表情をする。
「そんな風にみえないですけど……」
「そんなことないぞ? 自分勝手な極悪人だ、でもありがとな」
少し悲しそうに微笑んだトゥエのことが気になったファナだったが何も聞かないことにした。
「トゥエ準備はどうだ?」
「ばっちりだ! 花嫁さんの出来上がりだ」
「よし。なら精霊王を呼んでくる」
そう言って立ち去るクアットを見ながらトゥエが話し始める。
「よく似合ってるから王様驚くんじゃないか?」
「そうでしょうか、正直自信ないです……」
「うーんこればっかりは王様から言葉を貰い続けないと意識は変わんねえか」
しょんぼりと落ち込むファナにトゥエはポリポリと頭をかく。
「でもな、今日のファナは世界で一番可愛いぞ、俺が保証する」
「ありがとうございます! トゥエさん!」
そう話していると目隠しをされた精霊王が連れられてくるが「これ目隠しする必要ある?!」と声が大きい。それに対してクーが「お前がまごついてるからだろう」と言っている。恐らく見るのが緊張するとごねたので目隠しをして無理やり連れてきたのだろう。
「ほら外すぞ」
「あ、ちょ、まっ」
て、と言葉は続かなかった。精霊王の目の前には花嫁衣裳を身に纏い美しく着飾ったファナが居たからだ。精霊王はふらふらとファナの目の前まで行くと肩をがしりと掴む。
「ファナ、すごく綺麗だよ世界で一番綺麗」
「本当ですか?……嬉しい」
「うん、本当だよ。キミが信じてくれるまで何度でも言うよ。世界で一番綺麗だ」
そこで世界樹の花弁が空から降ってくる。
「世界樹も祝福してくれてるみたいだ」
精霊王は世界樹を見上げ手を振る。
「あのね、ずっと名前考えてたんだけれど」
「うん」
「キリュウってどうかな」
上目遣いに精霊王を見上げれば嬉しそうに破顔する。
「! 嬉しい、みんな! 今日から僕の名前はキリュウだ!」
「おうさまおめでとー!」
「キリュウ様おめでとー!」
小さな精霊たちが世界樹の花弁をもってキリュウとファナの頭上に降らせる。
「ありがとうみんな」
ファナが嬉しそうに笑う姿を見てキリュウはこの笑顔を一生守ろうと決めるのだった。
これからファナはトゥエと同じく半精霊になる。精霊と同じ存在になるのだが、精霊とは違い食事を摂る必要がある。その食卓にはきっとキリュウが一緒に座り、幸せそうに笑う姿が見れるだろう。