第3話 2ヶ月前 妻の狂気

文字数 2,055文字


 妻の、好美の様子がおかしいと感じたのはこのころだ。
「あなた、今日の夕飯はグラタンよ。」

「いや、昨日もグラタンだっただろ?」

「そうだったかしら?」
 少し天然な性格をしている妻ではあるが、こういう間違いはなかった。
「わかったわ、それっじゃあまた考えるわね。アヤナ~起きなさ~い」
 好美は2階でまだ眠っている娘に向けて大きな声で呼ぶ。時間は7時30分そろそろ学校へ行く準備をしないと遅刻する時間だ。最近テストが近いからと夜遅くまで勉強してるからだろう。我が娘ながら努力家だ。
 呼んでも反応のない娘に対して好美は娘をお越しに部屋へむかった。
 思えばあのときが最初の変化だったのだろうか。
 
 それから物忘れや、整理整頓ができなくなるなど、日々の生活の支障がでるようになった。
「最近、調子でも悪いのか?」
 仕事から帰宅し、冷蔵庫からボトルに入っているお茶を取り出す、コップを2つ用意しテーブルに座る。好美も向かいに座るが頭を抱えるように疲れていた。

「最近なんか調子がわるくて、物忘れも多いし、掃除も上手くできないのよ。」
「おいおい、痴呆症にはまだ早いだろ」
 冗談を言ってみたが、好美は本当に辛そうだ。
「一度病院にいってみたらどうだ?」
「そうね、早速明日行ってみるわ。本当に痴呆症とかっだったらどうしよう」
「もしそうだとしても、今考えるのはやめて。とりあえず今日はもう寝よう。」
 次の日、好美は病院に向かった、家から電車で隣の駅なので特に心配はしていなかったが17時頃に娘のアヤナからスマホに連絡があり、家に好美がいないと言う。すぐに病院に連絡を入れてみたが午前中のうちに精算を終えて退院したとの返答だった。その後、知り合いやパート先へ連絡をしてみたが姿は見ていないという。翌日警察に捜索願いを出しひたすら待つことにした。
 だが、さらに翌日好美は帰宅したのであった。
 多少の疲労はあるものの好美はどこか近所に買い物をしてきたと言わんばかりに、当たり前に帰宅してきたのだ。病院にも行ってはいないという。
 「好美、今までどこに行っていたんだ。病院に行ってからもう3日だぞ」
 ササキが声を荒げて聞くと好美も驚いたように目を丸くして言葉を失う。3日も経っていたということに失踪していた本人がどうやら気がついていなかったようだ。
 「ああ……」
 好美は玄関で膝崩れ落ち両手で顔を覆い悲鳴をあげて号泣した。
 次の日、好美に付き添い病院の検査を受けさせた。結果はグレイヴヤード因子というものに感染していることが分かった。聞いたこともない病名だが医療業界では密かに問題になっているのだとか。混乱を避けるために政府が報道規制をかけており感染している本人と親族にしか伝えておらず、行政や医療関係者には箝口令が敷かれているとのことだ。
 日本全国でこの病気が広まっており、特設された隔離施設はすでに満員であり、現在の医療では治す方法がなく自宅療養を余儀なくされている。
 好美は症状の進行具合としてはステージ2であり、症状として記憶障害や味覚の異常だという。
 好美が検査を終えて別室で待機している中、ササキは診察室に通された。好美とは別に話があるそうだ。
 「奥様の記憶障害が送り始めたのは大体いつ頃からですか?」
 医師の中野はあくまで事務的にだがどこか同情を禁じ得ない表情しながら話を切り出した。
 「大体、三週間くらい前でしょうか、物忘れが多くなったと」
 中野はそれを聞いてから六つのカルテを見せてくれた。
 「そうですか、単刀直入に申し上げますと奥様の病気の侵食具合は非常に早いです。何も対策を取らなければ今月中にステージ3に到達するかと思われます。早急に対策が必要かと」
 「でも病床は全て埋まっているのですよね、入院もできないこの状況でどうすれば」
 「ええ、ご存知の通り病床は全て埋まっております。今ササキさんが出来る手段としては自宅での隔離を1番有効かもしれません。ご家庭によっては監禁をしているそうです。」
 「ステージ3は確か、人を襲う危険があるんですよね!?自宅療養はあまりにも危険すぎるのではないでしょうか、娘もいますし」
 「ササキさん、お気持ちはわかりますが、この病名も症状も結果だけしか分かっていないんですよ、どうして、この症状がでるかも分かっている医師は非常に少ないんです。」
 「何とかならないのでのでしょうか。」
「申し訳ありませんが」
 医師はそれ以上は何も言えなかった。
 ササキは中野の腕をいつの間にか強く掴んでいおり詰め寄るような位置にいた。慌てて腕を離し、「すみません。」と一言残し診察室を後にした。
 ササキは診察室をでて好美とともに車で帰宅する道中、運転に集中した。現状から逃げ出したいという胸中と頭の中ではなんとかしなくてはという思考から逃げるように。
 好美は先程から一言も話さなかった。ずっと後部座席で窓の外を除いている。その目には怒りも悲しみも映し出しておらず心ここにあらずという状態だった。
「悩んでいても仕方ない。」
 
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