第1話 天秤とスマートフォン
文字数 1,990文字
「お願いします!妻を救ってください。」
時刻はちょうど十五時を回った頃、新宿駅西口から都庁に向けて10分ほど離れたところにあるチェーン店のカフェの一席で中年の男性の悲鳴にも近い声がカフェに轟いた。
周りの客も怪訝な顔をしながら視線を向けるがすぐに関心を失い、それぞれの仕事や会話に戻った。
年齢を40代くらいだろうか柔道でもやっていそうな体格の良い男だ、しかしだいぶ追い詰められているのかスーツの皺が目立ち顔も油で光っている何日も風呂に浸かっていないのかもしれない。
それほどまでに男の表情には余裕がなかった。
「ササキさん、頭を上げてください。中野さんからお話は伺いました。奥様が大変な状況だということはお察しします。まず順を追って、奥様の容態を詳しく教えてください、それから順を追って話を進めていきませんか?」
テーブルに頭をこすりつけるように手をついている男、佐々木健次郎は恐る恐ると言わんばかりにゆっくりと顔をあげるが、その顔悲壮感で満ち溢れていた。
その向かいに座るのは20台の後半の美しい男だ。長い茶髪はカツラか地毛か不明だがよく手入れされており、綺麗にウェーブがかかっている。服装は白のカットソー、紺色のスーツというシンプルな格好ではあるが、女性物の服装を平然と着こなしており、声を聞かなければ男性と分らないそれほど完璧な容姿をしていた。
しかし夏場にも関わらず関わらず服は長袖を着ている。肌を焼きたくないから夏でも長袖を着る人はいるが、生地が厚く秋や冬に着る素材のため純粋に暑くないのだろうかと考えてしまう。
「ありがとうございます。タカシロさんを中野から紹介してもらえたことは本当に幸運でした。
どこの病院に連絡しても治せないと断られたので」
女装した男タカシロは会社の同僚から紹介してもらった。
軽く挨拶をした後、渡された【鷹城 燐悟】とだけ書かれていた名刺によりササキはさらに不安が増した。妻のことで後がないにも関わらず身元が分らない女装した男を紹介されたのだ。
「まだ解明されていない新種の病例ですからね、サンプルも少ないですし、ガンのように腫瘍があるわけでもない。対症療法さえないので手の施しようがないんです。」
ササキのどこか余裕のない雰囲気を察しタカシロはゆっくりと柔らかい声色で話をした。そうすることで次第にササキは冷静さを取り戻していった。
「早速なのですが、入院する日程はすぐにでもお願いできるのでしょうか?」
「いえいえ、中野さんからどういうお話を聞いているのか分かりませんが、私は医者ではありません。奥様を治療するのはササキさん貴方自身です。」
ササキ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。もちろん、自分には医師免許はそれどころか、そのような専門知識など学んだことなどない。
「先程も申し上げた通り、順を追って説明します。まずこちらの2つ器具をご覧ください。」
タカシロはそう言って足元の鞄から天秤を取り出した。アンティーク調の悪趣味な意匠を凝らした作りをしている。片方の皿に青い石を置き天秤は静かに傾いた。
「こちらの天秤にあなたの大切だと思う。人の名前をお書きください。大切なご友人、ご兄弟、娘のアヤナ様、山梨にお住まいのお母様でも構いません、ササキさん貴方が【心の底から大切にしている人】の名前を書いてください。そしてこの天秤を掴んで、名前の書かれた紙をお皿に置いてください。私はその方の命をいただきます。」
タカシロから突然オカルトじみた話をされたため、ササキは言葉の意味を理解するの数秒の時間を要した。
「命をいだくとは」
「その言葉の意味そのままに受け取ってください。私はその名前の書かれた方の命を、貴方の指示で貰い受けます。」
なんの言葉も出てこなかった。同僚の中野からは確かに妻の好美を救ってくれるとは聞いていたがこんな宗教じみたような怪しい勧誘をされるとは思っても見なかったからだ。
タカシロという目の前の男に対する怒りよりも藁にでも縋る想いで掴んだ希望が消え失せ再び絶望の泥沼に浸かるような気分になった。
「ササキさん、ササキさん、聞こえてますか、続けてよろしいですか?もし分からないこと気になることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」
普通に考えればこんな怪しい話をされたら誰でも言葉に詰まるだろう。しかしこのタカシロという男はこちらの気持ちを察することはないようだった。
「ああ、失礼ました。まず妻を救うのにどうして他者の命が必要なのですか」
とりあえずササキは最後まで説明を聞くことにした。もはや怒りをぶつける気力も今の佐々木には残されていなかった。
「もし気分が優れなければ遠慮なく仰ってくださいね、もう一つがこちらになります。」
高城はさらに器具を取り出した。
それは黒いなんの変哲もないスマートフォンだった。
時刻はちょうど十五時を回った頃、新宿駅西口から都庁に向けて10分ほど離れたところにあるチェーン店のカフェの一席で中年の男性の悲鳴にも近い声がカフェに轟いた。
周りの客も怪訝な顔をしながら視線を向けるがすぐに関心を失い、それぞれの仕事や会話に戻った。
年齢を40代くらいだろうか柔道でもやっていそうな体格の良い男だ、しかしだいぶ追い詰められているのかスーツの皺が目立ち顔も油で光っている何日も風呂に浸かっていないのかもしれない。
それほどまでに男の表情には余裕がなかった。
「ササキさん、頭を上げてください。中野さんからお話は伺いました。奥様が大変な状況だということはお察しします。まず順を追って、奥様の容態を詳しく教えてください、それから順を追って話を進めていきませんか?」
テーブルに頭をこすりつけるように手をついている男、佐々木健次郎は恐る恐ると言わんばかりにゆっくりと顔をあげるが、その顔悲壮感で満ち溢れていた。
その向かいに座るのは20台の後半の美しい男だ。長い茶髪はカツラか地毛か不明だがよく手入れされており、綺麗にウェーブがかかっている。服装は白のカットソー、紺色のスーツというシンプルな格好ではあるが、女性物の服装を平然と着こなしており、声を聞かなければ男性と分らないそれほど完璧な容姿をしていた。
しかし夏場にも関わらず関わらず服は長袖を着ている。肌を焼きたくないから夏でも長袖を着る人はいるが、生地が厚く秋や冬に着る素材のため純粋に暑くないのだろうかと考えてしまう。
「ありがとうございます。タカシロさんを中野から紹介してもらえたことは本当に幸運でした。
どこの病院に連絡しても治せないと断られたので」
女装した男タカシロは会社の同僚から紹介してもらった。
軽く挨拶をした後、渡された【鷹城 燐悟】とだけ書かれていた名刺によりササキはさらに不安が増した。妻のことで後がないにも関わらず身元が分らない女装した男を紹介されたのだ。
「まだ解明されていない新種の病例ですからね、サンプルも少ないですし、ガンのように腫瘍があるわけでもない。対症療法さえないので手の施しようがないんです。」
ササキのどこか余裕のない雰囲気を察しタカシロはゆっくりと柔らかい声色で話をした。そうすることで次第にササキは冷静さを取り戻していった。
「早速なのですが、入院する日程はすぐにでもお願いできるのでしょうか?」
「いえいえ、中野さんからどういうお話を聞いているのか分かりませんが、私は医者ではありません。奥様を治療するのはササキさん貴方自身です。」
ササキ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。もちろん、自分には医師免許はそれどころか、そのような専門知識など学んだことなどない。
「先程も申し上げた通り、順を追って説明します。まずこちらの2つ器具をご覧ください。」
タカシロはそう言って足元の鞄から天秤を取り出した。アンティーク調の悪趣味な意匠を凝らした作りをしている。片方の皿に青い石を置き天秤は静かに傾いた。
「こちらの天秤にあなたの大切だと思う。人の名前をお書きください。大切なご友人、ご兄弟、娘のアヤナ様、山梨にお住まいのお母様でも構いません、ササキさん貴方が【心の底から大切にしている人】の名前を書いてください。そしてこの天秤を掴んで、名前の書かれた紙をお皿に置いてください。私はその方の命をいただきます。」
タカシロから突然オカルトじみた話をされたため、ササキは言葉の意味を理解するの数秒の時間を要した。
「命をいだくとは」
「その言葉の意味そのままに受け取ってください。私はその名前の書かれた方の命を、貴方の指示で貰い受けます。」
なんの言葉も出てこなかった。同僚の中野からは確かに妻の好美を救ってくれるとは聞いていたがこんな宗教じみたような怪しい勧誘をされるとは思っても見なかったからだ。
タカシロという目の前の男に対する怒りよりも藁にでも縋る想いで掴んだ希望が消え失せ再び絶望の泥沼に浸かるような気分になった。
「ササキさん、ササキさん、聞こえてますか、続けてよろしいですか?もし分からないこと気になることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」
普通に考えればこんな怪しい話をされたら誰でも言葉に詰まるだろう。しかしこのタカシロという男はこちらの気持ちを察することはないようだった。
「ああ、失礼ました。まず妻を救うのにどうして他者の命が必要なのですか」
とりあえずササキは最後まで説明を聞くことにした。もはや怒りをぶつける気力も今の佐々木には残されていなかった。
「もし気分が優れなければ遠慮なく仰ってくださいね、もう一つがこちらになります。」
高城はさらに器具を取り出した。
それは黒いなんの変哲もないスマートフォンだった。