第17話 薄情で冷淡で寂しいやつ
文字数 1,579文字
まともに顔を突き合わせたのは、半年ぶりだった。学校で見かけることはあったし、お互いに視線がぶつかることもあった。その度にどちらともなく目を逸らして、気づかなかったふりを続けてきたのだ。円満とは言い難い破局をしたのだから、そんなものである。
「千夜も受験、終わったんだよな」
「うん」
「S校受かったんだったな」
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう。彰午 くんも推薦だったよね。そっちは……」
「T校だよ」
「第一望校受かったんだ。おめでとう」
「どうも」
まだ付き合っていた頃。たった二ヶ月だけだったが、毎日一緒だったこともあり、それなりに濃度は濃かったのだと千夜は思い当たっていた。
進路について話をし、図書館で一緒に勉強をした日もあった。
『同じ高校に行けたら良いね。俺、千夜と同じS校にする』
提案した彰午に対して、
『自分が行きたいと思う学校にするべきだよ。彰午くんは、本当はバスケの強いT校に行きたいんでしょ』
と返したことを覚えている。
『うん……じゃあ、千夜もT校……』
『私はS校って決めてるから』
『そう……』
間違ったことを言っただろうか? そんなはずはないと確信がある一方、もっと言い方は工夫できたのではないかと振り返る。この会話の時、千夜は手元の数学のノートにばかり集中して、彰午の目すら見ていなかった。
「本当にチョコが好きだな」
過去から意識を引き戻したのは、彰午の声だった。眉根を下げて笑う彼の顔を、久しぶりに見た。
「うん……。彰午くんは」
――好きだったっけ……? あぁ、私、彰午くんがチョコを好きなのかさえ、知らなかったんだ
自分の薄情っぷりに改めて愕然とした。千夜が会話の続きを気まずそうに飲みこんだ様子を見ても、彰午の表情は揺るがなかった。付き合っていた頃は、こんな時には決まって彼は顔を不満げに歪めたものだ。
「俺、今日は彼女と来てるんだ」
「そっか」
千夜が何かを考え出す前に、彰午の名を呼ぶ高い声が聞こえた。後方から彼の腕に腕を絡ませたのは、千夜の知らない人だった。
「誰? この子。知り合い?」
千夜を観察して、あからさまに気に入らなさそうな声を出している。華やかな容貌の少女だった。
「私、中学の同級生で……」
「元カノだよ」
無難な説明を述べようとした千夜の言葉を遮ったのは、故意にだろうか。
ぎょっとして怪訝な顔を向けた千夜の方は見ずに、彰午は隣の恋人に説明を続けた。
「話したことあっただろ。薄情で冷たいやつだって」
自分を指した言葉に、凍りつく。
「ふーん。この子なんだ。人は見た目によらないね?」
「だろ。こんな人畜無害そうな顔して、めっちゃ冷淡なの。そのくせチョコレートバカでさ、チョコの話してる時だけ別人みたいに楽しそうなんだ。ついていけないよなぁ」
「ふふっ。なにそれ」
完全に二人だけの世界に入っているが、話題にされているのは千夜である。しかも貶 されている。嘲 るような、歪んだ優越感に満ちた視線が度々送られてきた。
「私、もう行くね」
千夜が留まる理由はなかった。立ち去ろうとした時、彰午が鼻で笑いながらこんな言葉を投げてよこした。
「一人で来たんだろ? ここで物色したチョコ、どうせ持ち帰って一人で食うんだよな。人よりもチョコに夢中なチョコバカだもんな。寂しいやつ」
腹が立ったのは、貶されたからではない。こんなに腐った本性を持った男のことを、真剣に好きになろうとしていた過去が、恥ずかしくなったからだった。
「お前と別れて良かったよ。志望校にも受かったし、新しい彼女もできて楽しいし」
悪意を含んだ笑い声が、周囲の喧騒から浮かび出てきて千夜の耳にまとわりつく。不愉快なのに、振り切れない。
――早くここを離れなきゃ
千夜が踵 を返そうとした時だった。
「よかった! やっと見つけた」
人混みの中から伸びてきた大きな手に、千夜の手が絡め取られていた。
「千夜も受験、終わったんだよな」
「うん」
「S校受かったんだったな」
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう。
「T校だよ」
「第一望校受かったんだ。おめでとう」
「どうも」
まだ付き合っていた頃。たった二ヶ月だけだったが、毎日一緒だったこともあり、それなりに濃度は濃かったのだと千夜は思い当たっていた。
進路について話をし、図書館で一緒に勉強をした日もあった。
『同じ高校に行けたら良いね。俺、千夜と同じS校にする』
提案した彰午に対して、
『自分が行きたいと思う学校にするべきだよ。彰午くんは、本当はバスケの強いT校に行きたいんでしょ』
と返したことを覚えている。
『うん……じゃあ、千夜もT校……』
『私はS校って決めてるから』
『そう……』
間違ったことを言っただろうか? そんなはずはないと確信がある一方、もっと言い方は工夫できたのではないかと振り返る。この会話の時、千夜は手元の数学のノートにばかり集中して、彰午の目すら見ていなかった。
「本当にチョコが好きだな」
過去から意識を引き戻したのは、彰午の声だった。眉根を下げて笑う彼の顔を、久しぶりに見た。
「うん……。彰午くんは」
――好きだったっけ……? あぁ、私、彰午くんがチョコを好きなのかさえ、知らなかったんだ
自分の薄情っぷりに改めて愕然とした。千夜が会話の続きを気まずそうに飲みこんだ様子を見ても、彰午の表情は揺るがなかった。付き合っていた頃は、こんな時には決まって彼は顔を不満げに歪めたものだ。
「俺、今日は彼女と来てるんだ」
「そっか」
千夜が何かを考え出す前に、彰午の名を呼ぶ高い声が聞こえた。後方から彼の腕に腕を絡ませたのは、千夜の知らない人だった。
「誰? この子。知り合い?」
千夜を観察して、あからさまに気に入らなさそうな声を出している。華やかな容貌の少女だった。
「私、中学の同級生で……」
「元カノだよ」
無難な説明を述べようとした千夜の言葉を遮ったのは、故意にだろうか。
ぎょっとして怪訝な顔を向けた千夜の方は見ずに、彰午は隣の恋人に説明を続けた。
「話したことあっただろ。薄情で冷たいやつだって」
自分を指した言葉に、凍りつく。
「ふーん。この子なんだ。人は見た目によらないね?」
「だろ。こんな人畜無害そうな顔して、めっちゃ冷淡なの。そのくせチョコレートバカでさ、チョコの話してる時だけ別人みたいに楽しそうなんだ。ついていけないよなぁ」
「ふふっ。なにそれ」
完全に二人だけの世界に入っているが、話題にされているのは千夜である。しかも
「私、もう行くね」
千夜が留まる理由はなかった。立ち去ろうとした時、彰午が鼻で笑いながらこんな言葉を投げてよこした。
「一人で来たんだろ? ここで物色したチョコ、どうせ持ち帰って一人で食うんだよな。人よりもチョコに夢中なチョコバカだもんな。寂しいやつ」
腹が立ったのは、貶されたからではない。こんなに腐った本性を持った男のことを、真剣に好きになろうとしていた過去が、恥ずかしくなったからだった。
「お前と別れて良かったよ。志望校にも受かったし、新しい彼女もできて楽しいし」
悪意を含んだ笑い声が、周囲の喧騒から浮かび出てきて千夜の耳にまとわりつく。不愉快なのに、振り切れない。
――早くここを離れなきゃ
千夜が
「よかった! やっと見つけた」
人混みの中から伸びてきた大きな手に、千夜の手が絡め取られていた。