第3話 ニッター男子は明かしたい
文字数 2,985文字
そこはほかの生徒たちがばんばん通る高校のすぐ近くの歩道だった。こんなところで……?
俺の疑問は、すぐに納得へと変わった。
「あの……お姉さん、紹介してくれない、かな」
「へ……?」
安易に告白と勘違いした自分が恥ずかしい。そうだよな、そんなはずないんだ。
「なんで姉ちゃん……?」
それにしても状況が読めない。一体彼女はどうしていきなりそんなことを言うのか。
すると彼女は「えっと……」と言葉に詰まって恥ずかしそうにその首元の白のマフラーを触った。
「編み物を……教わりたくて」
頭が白くなった。
「え……なんで」
言いながら書店での会話を思い出していた。そうか、そうだった。あの時たしかに編み図本を片手に『姉ちゃんに頼まれて』と俺は言った。
「あのね、あの……なんて言えばいいか、わかんないけど、その、……あれ。そういえば最近マフラーしてないよね、新田くん」
俺は「ああ、うん」と頷いて友達に説明したのと同じようにどこかに置き忘れた、と告げた。
すると彼女はとても残念そうに「そんなあ」と眉をハの字にして言う。
「心当たり、ちゃんと探した? 大事にしないと。あれってすごくいいものだと思うよ? お姉さんも、聞いたらすごく残念がると思う」
このすれ違いコントのような展開をどう打破すればいいのか俺にはわからない。
「うん……」
気まずく答えると、なぜか松浦さんは「あ、ごめん」と小さく萎んでしまった。
そして、話し始めた。
「新田くんは気付いてないと思うけど、あのマフラー、私のこれと同じなの。意味、わかるよね?」
意味はわかる。だけどそれを松浦さんがわかっていたとは思わなかった。
「これってね、指定の毛糸だったら素材がいいから本当に暖かいし、それよりデザインが本当に良くて。ぱっと見は単調なんだけど巻いた時のこと考えられたすごくいいデザインなんだよ」
そうなんだよ! と大声で叫びたかった。そう! まさにそう! 俺が言いたいことの全て。よくわかってんじゃねーの松浦さん。最高かよ! と言いたいのを懸命に堪えていた。そんな俺には気付いていないらしい彼女は、「だけどね」と続ける。
「凝ったデザインが多いから編むのも結構難しくて。私なんか初心者だからほら。ここ見て」
言いながらマフラーをほどいてその一部分を俺に見せようと近づけた。
意図せずいい香りに見舞われ参った。
「あ……本当だ」
たしかに規則的な模様はその箇所だけ不自然に違う形を見せていた。
「ね? 今編もうとしてる帽子も、どうしてもわかんないとこがあって。だから、新田くんのお姉さんに教えてほしいなって思ったの」
マフラーを巻き直しながら「初詣の時さ」と彼女は言う。
「被ってたやつ。すっごく上手に編めてて、感動したんだよね私。新田くんにはわかんないかもだけど、本当に上手だよ、お姉さん。あれって編み物する人の中では有名なtomoyoさんって人のデザインで────」
話を聞きながら俺は、葛藤していた。言いたい。あれは俺が編んだんだって。彼女なら受け入れてくれるんじゃないだろうか。いや、だけど。絶対に大丈夫と言い切れるかと言えば、そうじゃない。
──「普通にキモいから」
編み物男子……。引かれないとも限らない。嫌われたら。誰かに話されたら。下手をすれば俺の学校生活は終わる。
「あ……ごめん私。こんな話、聞いても全然面白くないよね。っていうかお揃いになっちゃうの、嫌だよね、勝手に……。ごめん、本当にごめん。ごめんね新田くん」
途端に恥ずかしそうに顔を赤くして「お姉さんに、これ……」と小さな声で言いながら連絡先のメモを渡してきた。
「や、でも」
俺の言葉は聞かずに走り去ってしまった。どうしたものか……。渡されたメモ紙は女子に人気の可愛いキャラクターのものだった。
自宅にて、しまい込んだマフラーを取り出して松浦さんの顔を思い出していた。
──これってね、デザインが本当に良くて。ぱっと見は単調なんだけど巻いた時のこと考えられたすごくいいデザインなんだよ。
──被ってたやつ。すっごく上手に編めてて、感動したんだよね私。
──本当に上手だよ。
まさか彼女もニッターだったとは。それも俺と同じtomoyoさん推しの。
──今編もうとしてる帽子も、どうしてもわかんないとこがあって。
教えたい。俺になら教えられるのに。姉貴じゃなくて、俺になら。
「なあ、告られた?」
翌朝、教室に着くやいきなり爆弾を投下されてたじろいだ。
「……されてねーわ。なんそれ」
冷静を装って答える。
「見たって奴がめちゃいんの。てかサッカー部全員見たって」
たしかにサッカー部が外周を走っている道でのことだった。面倒なことになったな。
「ああ、わかった。それ松浦さんのことっしょ? あれ告白とかじゃないから」
机の上にカバンを置いてチャックを開く。
「じゃあなに」
「俺の姉ちゃんの話。なんか趣味が同じらしくて」
「はーあ?」
信じてもらえなかろうがそれが事実だ。まあ、一部事実ではないが。
「現実はそんなもんでしょ」
冷め冷めと言いながら教科書とノートをトン、と揃えて机にしまった。
そのまま数日放置していた二月のある日。
「新田くん」
またその声が俺を呼んだ。
「あ……ごめん」
開口一番に謝っていた。姉ちゃんを紹介する、と約束したわけではないが、放置したのは悪かった。
言い訳ができるのなら、俺だって放置したくてしていたわけじゃない。だって架空のニッターの姉をどうやって紹介するって言うんだよ? 俺がなりすましてメッセージを送る、というのも考えなかったわけじゃないが、そんなのってやっぱりダメだ。それに言葉で説明しづらい編み技法を会わずして説明するのは無理がある。女装して姉として会う? そんなことできるわけないだろバカっ!
だけど実際、編み棒を手にする度に松浦さんのことを思い出してしまうほど、俺は彼女のことを気にしていた。
帽子を編めずにどうしているだろうか。諦めて別のものを編んでいるのか、もしかしたら何度も挑戦してはほどいて、ということをずっと繰り返して途方に暮れているのではないか。
真実を伝えてしまおうか、そう思ったりもしたが、わざわざ呼び出して言うなんてそんな勇気はやはりなかった。
逃げてしまいたい気持ちを抑えつつ、目の前のその相手と向き合う。彼女は今日も白のマフラーを巻いていた。
そうして、俺がなんとか絞り出した案は。
「あ……姉ちゃんさ、忙しいらしいんだよね、受験? や、試験? とかあるらしくて」
「え、お姉さんって高校生なの?」
「や、えっと……こ、国家試験?」
「なんの?」
まずい。「それよりさ」と方向転換をする。
「お……俺も、少しならできるんだ、編み物。ほ、ほんのちょっとだけだけど。だから、姉ちゃんにさ、聞いてくるから。その、帽子のわかんないところ。それで俺が代わりに教える、……ってのでどう?」
「え……」
当然の反応だと思う。なりゆきでニッターであることをカミングアウトすることになってしまったが仕方ない。
「や。ごめん。迷惑だったら、全然、断って」
「嬉しい!」
「え」
俯いていた顔を上げると、眩しい笑顔があった。
「本当に困ってたから。今からやれば、まだ寒い季節に間に合うよね? 毛糸も編み棒も、全部用意できてるの」
言い出した俺の方が戸惑った。
俺の疑問は、すぐに納得へと変わった。
「あの……お姉さん、紹介してくれない、かな」
「へ……?」
安易に告白と勘違いした自分が恥ずかしい。そうだよな、そんなはずないんだ。
「なんで姉ちゃん……?」
それにしても状況が読めない。一体彼女はどうしていきなりそんなことを言うのか。
すると彼女は「えっと……」と言葉に詰まって恥ずかしそうにその首元の白のマフラーを触った。
「編み物を……教わりたくて」
頭が白くなった。
「え……なんで」
言いながら書店での会話を思い出していた。そうか、そうだった。あの時たしかに編み図本を片手に『姉ちゃんに頼まれて』と俺は言った。
「あのね、あの……なんて言えばいいか、わかんないけど、その、……あれ。そういえば最近マフラーしてないよね、新田くん」
俺は「ああ、うん」と頷いて友達に説明したのと同じようにどこかに置き忘れた、と告げた。
すると彼女はとても残念そうに「そんなあ」と眉をハの字にして言う。
「心当たり、ちゃんと探した? 大事にしないと。あれってすごくいいものだと思うよ? お姉さんも、聞いたらすごく残念がると思う」
このすれ違いコントのような展開をどう打破すればいいのか俺にはわからない。
「うん……」
気まずく答えると、なぜか松浦さんは「あ、ごめん」と小さく萎んでしまった。
そして、話し始めた。
「新田くんは気付いてないと思うけど、あのマフラー、私のこれと同じなの。意味、わかるよね?」
意味はわかる。だけどそれを松浦さんがわかっていたとは思わなかった。
「これってね、指定の毛糸だったら素材がいいから本当に暖かいし、それよりデザインが本当に良くて。ぱっと見は単調なんだけど巻いた時のこと考えられたすごくいいデザインなんだよ」
そうなんだよ! と大声で叫びたかった。そう! まさにそう! 俺が言いたいことの全て。よくわかってんじゃねーの松浦さん。最高かよ! と言いたいのを懸命に堪えていた。そんな俺には気付いていないらしい彼女は、「だけどね」と続ける。
「凝ったデザインが多いから編むのも結構難しくて。私なんか初心者だからほら。ここ見て」
言いながらマフラーをほどいてその一部分を俺に見せようと近づけた。
意図せずいい香りに見舞われ参った。
「あ……本当だ」
たしかに規則的な模様はその箇所だけ不自然に違う形を見せていた。
「ね? 今編もうとしてる帽子も、どうしてもわかんないとこがあって。だから、新田くんのお姉さんに教えてほしいなって思ったの」
マフラーを巻き直しながら「初詣の時さ」と彼女は言う。
「被ってたやつ。すっごく上手に編めてて、感動したんだよね私。新田くんにはわかんないかもだけど、本当に上手だよ、お姉さん。あれって編み物する人の中では有名なtomoyoさんって人のデザインで────」
話を聞きながら俺は、葛藤していた。言いたい。あれは俺が編んだんだって。彼女なら受け入れてくれるんじゃないだろうか。いや、だけど。絶対に大丈夫と言い切れるかと言えば、そうじゃない。
──「普通にキモいから」
編み物男子……。引かれないとも限らない。嫌われたら。誰かに話されたら。下手をすれば俺の学校生活は終わる。
「あ……ごめん私。こんな話、聞いても全然面白くないよね。っていうかお揃いになっちゃうの、嫌だよね、勝手に……。ごめん、本当にごめん。ごめんね新田くん」
途端に恥ずかしそうに顔を赤くして「お姉さんに、これ……」と小さな声で言いながら連絡先のメモを渡してきた。
「や、でも」
俺の言葉は聞かずに走り去ってしまった。どうしたものか……。渡されたメモ紙は女子に人気の可愛いキャラクターのものだった。
自宅にて、しまい込んだマフラーを取り出して松浦さんの顔を思い出していた。
──これってね、デザインが本当に良くて。ぱっと見は単調なんだけど巻いた時のこと考えられたすごくいいデザインなんだよ。
──被ってたやつ。すっごく上手に編めてて、感動したんだよね私。
──本当に上手だよ。
まさか彼女もニッターだったとは。それも俺と同じtomoyoさん推しの。
──今編もうとしてる帽子も、どうしてもわかんないとこがあって。
教えたい。俺になら教えられるのに。姉貴じゃなくて、俺になら。
「なあ、告られた?」
翌朝、教室に着くやいきなり爆弾を投下されてたじろいだ。
「……されてねーわ。なんそれ」
冷静を装って答える。
「見たって奴がめちゃいんの。てかサッカー部全員見たって」
たしかにサッカー部が外周を走っている道でのことだった。面倒なことになったな。
「ああ、わかった。それ松浦さんのことっしょ? あれ告白とかじゃないから」
机の上にカバンを置いてチャックを開く。
「じゃあなに」
「俺の姉ちゃんの話。なんか趣味が同じらしくて」
「はーあ?」
信じてもらえなかろうがそれが事実だ。まあ、一部事実ではないが。
「現実はそんなもんでしょ」
冷め冷めと言いながら教科書とノートをトン、と揃えて机にしまった。
そのまま数日放置していた二月のある日。
「新田くん」
またその声が俺を呼んだ。
「あ……ごめん」
開口一番に謝っていた。姉ちゃんを紹介する、と約束したわけではないが、放置したのは悪かった。
言い訳ができるのなら、俺だって放置したくてしていたわけじゃない。だって架空のニッターの姉をどうやって紹介するって言うんだよ? 俺がなりすましてメッセージを送る、というのも考えなかったわけじゃないが、そんなのってやっぱりダメだ。それに言葉で説明しづらい編み技法を会わずして説明するのは無理がある。女装して姉として会う? そんなことできるわけないだろバカっ!
だけど実際、編み棒を手にする度に松浦さんのことを思い出してしまうほど、俺は彼女のことを気にしていた。
帽子を編めずにどうしているだろうか。諦めて別のものを編んでいるのか、もしかしたら何度も挑戦してはほどいて、ということをずっと繰り返して途方に暮れているのではないか。
真実を伝えてしまおうか、そう思ったりもしたが、わざわざ呼び出して言うなんてそんな勇気はやはりなかった。
逃げてしまいたい気持ちを抑えつつ、目の前のその相手と向き合う。彼女は今日も白のマフラーを巻いていた。
そうして、俺がなんとか絞り出した案は。
「あ……姉ちゃんさ、忙しいらしいんだよね、受験? や、試験? とかあるらしくて」
「え、お姉さんって高校生なの?」
「や、えっと……こ、国家試験?」
「なんの?」
まずい。「それよりさ」と方向転換をする。
「お……俺も、少しならできるんだ、編み物。ほ、ほんのちょっとだけだけど。だから、姉ちゃんにさ、聞いてくるから。その、帽子のわかんないところ。それで俺が代わりに教える、……ってのでどう?」
「え……」
当然の反応だと思う。なりゆきでニッターであることをカミングアウトすることになってしまったが仕方ない。
「や。ごめん。迷惑だったら、全然、断って」
「嬉しい!」
「え」
俯いていた顔を上げると、眩しい笑顔があった。
「本当に困ってたから。今からやれば、まだ寒い季節に間に合うよね? 毛糸も編み棒も、全部用意できてるの」
言い出した俺の方が戸惑った。