第2話 ニッター男子は翻弄される
文字数 1,856文字
家に着いて、冷静になる。
松浦さんが着ていたからと言って、それを彼女が編んだとは限らない。
母親が編んだのかもしれないし、ほかの家族や親戚かもしれない。
そうだよ。もし彼女が編んだのだとしたら、あの時俺が持っていたtomoyoさんの新刊にもっと反応を示したはずだ。
──「そうなんだ」
あの淡白さ。それはつまりは、『興味なし』を意味する。
そうだよな。編み物なんて、今どきの女子高生はやらないんだ。SNSで繋がっている編み仲間も子育て中の母親や悠々自適な奥様ばかり。なんだか無駄に興奮してしまった自分が虚しくなった。
月日が経って、木枯らしが吹き始めた。
ニッターであることを隠す以上、編んだ作品を身につけて学校に行くのには危険が伴った。
手編みだとバレてしまったら、たとえ自作でないと弁解したとしても「では誰が」「彼女?」「マザコン?」と煩わしくはやし立てられるに決まっている。
けれどだからと言って、せっかく編んだものを身につけずにいるのもつらい。一歩外へ出て寒さに身を縮め「あれがあればな……」と毛糸の温もりを恋しく妄想するのはひもじく悲しい。
そんな葛藤が、毎年ある。
今年はどうしようか──。
シンプルな色とデザインならバレまい、と結局自作の黒のマフラーを巻いて登校した。暖かい。この暖かさはほかでは手にできない。
そして秘密はバレることなく、冬休みを迎えた。俺は編み物を楽しみつつ、アルバイトに、勉強にと忙しく過ごしていた。
冬休みとあって服装の自由度は上がっていた。ニット帽、マフラー、セーター。寒さが厳しい日には靴下だって毛糸で編んだものを履いていた。
そんな俺に彼女が声を掛けてきたのは初詣に出かけた元日、近所の神社でのことだった。
「新田くんって」
「……わっ!」
挨拶もなしに背後から声を掛けられて飛び上がった。そこにはあの日、書店で会ったクラスの女子、松浦さんの姿があった。
「お姉さんとめっちゃ仲良いの?」
偶然の遭遇だけでも驚いているというのに、その上で意味不明な質問をされて参った。ちなみに姉弟仲は知っての通りさほど良くはない。
「な、なに、いきなり。つーかあけましておめでとう」
相手は「うん。おめでと」と淡白に返してちらちらと俺の姿を眺める。今日の俺はニット帽にマフラー、上着のファスナーの間から少ししか見えないが中も自作のセーターを着ていた。全てtomoyoさんの本を見て編んだものだ。
まさか俺が編んだとはバレない、とは思いながら、それでも落ち着かなかった。
「あ……友達来たから、じゃあ」
逃げるようにその場を離れた。
数日後、冬休み明けの教室に登校して来た彼女は、真新しい白のマフラーを巻いていた。
その姿を見た俺は、あ、まずい。と直感的に思う。
あれは俺のマフラーと同じ編み図の作品に違いない。色や巻き方が違うからぱっと見は別物だけど、俺にはわかる。あの模様編み。あれは絶対にそうだ。
声を掛けようとは思わなかった。そんな墓穴を掘るような真似、俺は絶対にしない。これまでの彼女の態度からしても、彼女がニッターである可能性は低い。あのマフラーもきっと誰かからのプレゼントなんだろう。
そして俺が毎日巻いているものとまさか色違いだなんて気付きもしないで巻いて来たんだ。
だとしたら色違いだということがバレて彼女と俺に変な噂が立つ前に手を打った方がいい。
俺は次の日からマフラーを巻くことをやめた。
友達には不思議がられたが「どこかに置き忘れた」とごまかした。ああ。寒さが身にしみる。マフラーさえあればこんな思いしなくて済むのに。
だけど仕方ないんだ。松浦さんに嫌な思いをさせるわけにはいかない。
松浦さんはそれから毎日マフラーを巻いてきた。友達に「それかわいいよね」と言われて「ありがとう」とはにかむ姿も見た。
たしかによく似合っていた。というか、tomoyoさんの作品は彼女にはどれも似合いそうだ。……って、なにを考えてんだ俺は。いよいよ本当にキモいな。
寒さのせいとは違う身震いをしつつ下校した。しかしやはり寒さが身にしみる。代わりのマフラーを買うか、編むか、在庫から探すか、と考えていると背後から声を掛けられた。
「新田くん……!」
いつの間に声だけでわかるようになったのだろう。松浦さんがそこにいた。
「あの……ごめん。その、……今、ちょっといい?」
照れた様子の彼女を前にどきん、と心臓が跳ねた。まさか。でもなんでいきなり。いや、いきなりなのか、こういうことは。いや、でも。