第2話
文字数 2,230文字
スマホ向け、パソコン向けの順に
並んでいます。
スマホの方は、このままご覧ください。
パソコンの方は、スクロールしてください。
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人の死ばかり看取っているうちに、
いつしか
「人には生を受けた時
それぞれに持たされた
砂時計のようなものがある」
と感じるようになっていた。
或る人には
大きくてたくさんの砂が入った砂時計。
或る人には
小さくて砂が少ししかはいってない砂時計。
しかし、
今回のようなことはたまにある程度で
勤務医には急変や解剖以外に
日常的な外来・回診・当直・会議など
さまざまな仕事があって多忙極まりない。
そんな慌ただしい毎日を過ごしていた僕は
週に二~三回しか自宅には帰れなかった。
そんな僕にとって唯一の楽しみは
娘に電話することだった。
医局には電話器がなかったので
いつも食堂の横にある赤い公衆電話を使った。
そのころ四歳になったばかりの娘が
直接、電話口にでることもあった。
「もしもし」
「あっ、パパァ」
「うん。パパでしゅよ~。
きょうはなにしてたの」
「エリカちゃんね、
きょうね、となりのゆういちくんとね、
きょうそうして、かったの」
「そう。それはすごいなあ。
男の子に勝つなんてすごいんだねえ。
じゃあ、
きょうはご褒美を買っていってあげよう」
「ワ~イ。ヤッター」
「楽しみにしててね」
「うん。パパもむりしないでね」
おもわず笑ってしまった。
幼いくせに女の子はませた口をきくものだ。
そしてそのあとママに代わった。
「お仕事のほうは忙しいの?」
「いや、今日はとくに忙しくないから
あまり遅くはならないと思うよ」
「夕食に何が食べたい」
「いつものやつがいいなあ。
さいきん気に入ってて」
「ありがと。それじゃ期待して待っててね」
「うん。
じゃあ、医局カンファレンスだから切るよ」
「わかった。それじゃお仕事がんばってね」
そんな感じでほんの二~三分の会話だが
僕にとっては
たまった疲れがいっぺんに吹き飛び
次の仕事にエネルギッシュに
取り掛かることができる。
まさに珠玉の数分なのだ。
ところで、
勤務医には順番に当直がまわってくる。
この病院の場合は週に一回程度だった。
今夜は当直かと思うと
いささか憂鬱になることが多い。
二日間病院から一歩も外に出られないからだ。
俗っぽく言うと
「娑婆の空気を二日間吸えない」
とでもいえるだろう。
しかも、けっこう疲れるものなのだ。
当直室は狭くて殺風景だし
いつコールがあるか分からないので
一晩中緊張状態におかれる。
その日は当直だった。
おまけに土曜の晩の当直だ。
やっと学会が終わったばかりの週末に
当直なんて
くじ運が悪いとしか思えなかった。
しかも重症患者が一人いたので
ひっきりなしに起こされるはめになった。
最悪だった。
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ここからは、パソコン向けです
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人の死ばかり看取っているうちに、僕はいつしか
「人には生を受けた時それぞれに持たされた砂時計のようなものがある」
と感じるようになっていた。
或る人には大きくてたくさんの砂が入った砂時計。
或る人には小さくて砂がほんの少ししかはいってない砂時計。
今回のようなことはたまにある程度で。勤務医には
急変や解剖以外に日常的な外来・回診・当直・会議など
さまざまな仕事があって多忙極まりない。
そんな慌ただしい毎日を過ごしていた僕は
週に二~三回ぐらいしか自宅には帰れなかった。
そんな僕にとって唯一の楽しみは娘に電話することだった。
医局には電話器がなかったのでいつも職員食堂の横にある
赤い公衆電話を使った。
そのころ四歳になったばかりの娘が直接、電話口にでることもあった。
「もしもし」
「あっ、パパァ」
「うん。パパでしゅよ~。きょうはなにしてたの」
「エリカちゃんね、きょうね、となりのゆういちくんとね、
きょうそうして、かったの」と得意そうに言う。
「そう。それはすごいなあ。男の子に勝つなんてすごいんだねえ。
じゃあ、きょうはご褒美を買っていってあげよう」
「ワ~イ。ヤッター」
「楽しみにしててね」
「うん。パパもむりしないでね」
おもわず笑ってしまった。幼いくせに女の子はませた口をきくものだ。
そしてそのあとママに代わった。
「お仕事のほうは忙しいの?」
「いや、今日はとくに忙しくないからあまり遅くはならないと思うよ」
「夕食に何が食べたい」
「いつものやつがいいなあ。さいきん気に入ってて」
「ありがと。それじゃ期待して待っててね」
「うん。じゃあ、そろそろ医局カンファレンスの時間だから切るよ」
「わかった。それじゃお仕事がんばってね」
そんな感じでほんの二~三分の会話だが、僕にとっては
たまった疲れがいっぺんに吹き飛び、次の仕事にエネルギッシュに
取り掛かることができる。まさに珠玉の数分なのだ。
ところで、勤務医には順番に当直がまわってくる。
この病院の場合は週に一回程度だった。
今夜は当直かと思うといささか憂鬱になることが多い。
二日間病院から一歩も外に出られないからだ。
俗っぽく言うと「娑婆の空気を二日間吸えない」とでもいえるだろう。
しかも、けっこう疲れるものなのだ。
当直室は狭くて殺風景だし、いつコールがあるか分からないので
一晩中緊張状態におかれる。
その日は当直だった。
おまけに土曜の晩の当直だ。
やっと学会が終わったばかりの週末に当直なんて
くじ運が悪いとしか思えなかった。
しかも重症患者が一人いたので、
夜中はひっきりなしに起こされるはめになった。最悪だった。
並んでいます。
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人の死ばかり看取っているうちに、
いつしか
「人には生を受けた時
それぞれに持たされた
砂時計のようなものがある」
と感じるようになっていた。
或る人には
大きくてたくさんの砂が入った砂時計。
或る人には
小さくて砂が少ししかはいってない砂時計。
しかし、
今回のようなことはたまにある程度で
勤務医には急変や解剖以外に
日常的な外来・回診・当直・会議など
さまざまな仕事があって多忙極まりない。
そんな慌ただしい毎日を過ごしていた僕は
週に二~三回しか自宅には帰れなかった。
そんな僕にとって唯一の楽しみは
娘に電話することだった。
医局には電話器がなかったので
いつも食堂の横にある赤い公衆電話を使った。
そのころ四歳になったばかりの娘が
直接、電話口にでることもあった。
「もしもし」
「あっ、パパァ」
「うん。パパでしゅよ~。
きょうはなにしてたの」
「エリカちゃんね、
きょうね、となりのゆういちくんとね、
きょうそうして、かったの」
「そう。それはすごいなあ。
男の子に勝つなんてすごいんだねえ。
じゃあ、
きょうはご褒美を買っていってあげよう」
「ワ~イ。ヤッター」
「楽しみにしててね」
「うん。パパもむりしないでね」
おもわず笑ってしまった。
幼いくせに女の子はませた口をきくものだ。
そしてそのあとママに代わった。
「お仕事のほうは忙しいの?」
「いや、今日はとくに忙しくないから
あまり遅くはならないと思うよ」
「夕食に何が食べたい」
「いつものやつがいいなあ。
さいきん気に入ってて」
「ありがと。それじゃ期待して待っててね」
「うん。
じゃあ、医局カンファレンスだから切るよ」
「わかった。それじゃお仕事がんばってね」
そんな感じでほんの二~三分の会話だが
僕にとっては
たまった疲れがいっぺんに吹き飛び
次の仕事にエネルギッシュに
取り掛かることができる。
まさに珠玉の数分なのだ。
ところで、
勤務医には順番に当直がまわってくる。
この病院の場合は週に一回程度だった。
今夜は当直かと思うと
いささか憂鬱になることが多い。
二日間病院から一歩も外に出られないからだ。
俗っぽく言うと
「娑婆の空気を二日間吸えない」
とでもいえるだろう。
しかも、けっこう疲れるものなのだ。
当直室は狭くて殺風景だし
いつコールがあるか分からないので
一晩中緊張状態におかれる。
その日は当直だった。
おまけに土曜の晩の当直だ。
やっと学会が終わったばかりの週末に
当直なんて
くじ運が悪いとしか思えなかった。
しかも重症患者が一人いたので
ひっきりなしに起こされるはめになった。
最悪だった。
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人の死ばかり看取っているうちに、僕はいつしか
「人には生を受けた時それぞれに持たされた砂時計のようなものがある」
と感じるようになっていた。
或る人には大きくてたくさんの砂が入った砂時計。
或る人には小さくて砂がほんの少ししかはいってない砂時計。
今回のようなことはたまにある程度で。勤務医には
急変や解剖以外に日常的な外来・回診・当直・会議など
さまざまな仕事があって多忙極まりない。
そんな慌ただしい毎日を過ごしていた僕は
週に二~三回ぐらいしか自宅には帰れなかった。
そんな僕にとって唯一の楽しみは娘に電話することだった。
医局には電話器がなかったのでいつも職員食堂の横にある
赤い公衆電話を使った。
そのころ四歳になったばかりの娘が直接、電話口にでることもあった。
「もしもし」
「あっ、パパァ」
「うん。パパでしゅよ~。きょうはなにしてたの」
「エリカちゃんね、きょうね、となりのゆういちくんとね、
きょうそうして、かったの」と得意そうに言う。
「そう。それはすごいなあ。男の子に勝つなんてすごいんだねえ。
じゃあ、きょうはご褒美を買っていってあげよう」
「ワ~イ。ヤッター」
「楽しみにしててね」
「うん。パパもむりしないでね」
おもわず笑ってしまった。幼いくせに女の子はませた口をきくものだ。
そしてそのあとママに代わった。
「お仕事のほうは忙しいの?」
「いや、今日はとくに忙しくないからあまり遅くはならないと思うよ」
「夕食に何が食べたい」
「いつものやつがいいなあ。さいきん気に入ってて」
「ありがと。それじゃ期待して待っててね」
「うん。じゃあ、そろそろ医局カンファレンスの時間だから切るよ」
「わかった。それじゃお仕事がんばってね」
そんな感じでほんの二~三分の会話だが、僕にとっては
たまった疲れがいっぺんに吹き飛び、次の仕事にエネルギッシュに
取り掛かることができる。まさに珠玉の数分なのだ。
ところで、勤務医には順番に当直がまわってくる。
この病院の場合は週に一回程度だった。
今夜は当直かと思うといささか憂鬱になることが多い。
二日間病院から一歩も外に出られないからだ。
俗っぽく言うと「娑婆の空気を二日間吸えない」とでもいえるだろう。
しかも、けっこう疲れるものなのだ。
当直室は狭くて殺風景だし、いつコールがあるか分からないので
一晩中緊張状態におかれる。
その日は当直だった。
おまけに土曜の晩の当直だ。
やっと学会が終わったばかりの週末に当直なんて
くじ運が悪いとしか思えなかった。
しかも重症患者が一人いたので、
夜中はひっきりなしに起こされるはめになった。最悪だった。