第4話  おばあちゃんのお伽噺

文字数 2,248文字

むかーし

むかーし

あるところに花のように美しく珍しい紅の瞳を持つ姫様がいたそうな。



姫様は心優しき、お方で身分など関係なく村人達に接し、けして多くない食物を分け隔てなく与えておられた。



姫様には父上様や母上様がおらんかった

数少ない数人の家臣を引き連れて人里離れた深い森の奥にある小さな村【華月郷】に、やって来たのだという。



突如として現れた紅い甲冑を身に纏いし武士達。

その威圧感に村人達は恐怖し幼子は泣き出し、言い様のない不安に戸惑う村人も多かった。



「籠を下ろしてください」



籠の中なら鈴の音のような凜とした声が響き、辺りはシンッと静まり返った。

家臣の一人が籠へ歩み寄り二言三言、交わした後、籠は地べたへ降ろされた。



暫くすると、ゆるりと籠扉が開き中から姿を現したのは淡い藤色の着物を身に纏い、絹糸のように艶やかで長い黒髪に陶器のように白い肌。そして村人達が目を奪われたのが紅色の妖しく光る2つの眼。

異質なまでに美しく身震いするほどの色香



少女とは思えぬ立ち振舞いが村人達の目には少女の姿を借りた天女だと深いため息が漏れた。



「‥なんと美しい‥天女様の降臨じゃ‥」



村人達は皆、各々が膝をつき頭を下げた。



その日を境に少女は【華月郷】の姫巫女として村人達から崇め奉られることとなる。



しかし姫様には人知れず抱えた深い悲しみと隠し通さねばならなぬ秘密があった。



夜な夜な枕を濡らし

ひっそりと我が呪われし運命に抗い足掻き

懸命に生きようとしておったのじゃ‥。



しかし運命とは時に残酷である。



姫様の小さな安らぎも 桜の花びらが、ひらり、ひらりと舞い散るように刻一刻と儚さを残し流れていく。



姫様が華月郷を訪れてから半月ほどたった頃じゃった。

ひとりの若者が現れた。

話を聞くと親の仇を探しておるという。



「俺は【鬼】を見た!この目でしかとな!一年ほど前、突如として姿を現した【鬼】に両親‥妹‥そして仲間も‥殺され俺は独りになった。怒号飛び交う暗闇の中【鬼】から逃げ惑う人々の怒りや恐怖が、さらなる災いを引き寄せ、一夜にして村は烈火の如き炎に包まれ辺り一面、炭とかし死体すら跡形もなく残らず、悲惨な‥そう‥例えるなら、まさに地獄絵図‥さながらの光景だった」



若者の言葉には緊迫感と臨場感があり

本当に恐怖と苦痛を味わったのであろう

瞳の中には怒りの焔と絶望の色が揺れ動き溢れんばかりの悲しみが秘められておった。



【鬼】と言う言葉を信じる者は数少ない

その存在はお伽話の中でのみ登場し実際となると夢物語にすぎないのだ。



村人の誰もが若者の話を半信半疑に聞いておった。

すると奥から一人の老人が姿を現し若者に近付くと場の空気が一変しガヤガヤと村人達が騒ぎだした。

皆、口々に『長老様が直々にお会いするなんて』『長老様が口火を切られた』など思い思いに騒ぎ立てる。



「お若いの‥聞かせてくれんかの

おまえさんは本当に【鬼】の姿をを見たのかい?」



長老と呼ばれた老人は真っ直ぐ若者を見つめ鋭い眼光を放ち、そして持っていた杖を若者の喉元へと突き立てた。



一瞬にして、ざわつきが静寂へと変わり氷のような冷たさに誰もが呼吸すら忘れ凍りつき、長老の冷やかな目線だけが周囲を射ぬく。



「【鬼】とは古来より存在しておる。しかし本来【鬼】は人の邪気と弱気、心の奥に潜み自らの精を蓄え少しづつ姿形を変え人へ侵食していくモノと記されておる。勿論、その中にも例外も存在す。純血種を除いてじゃがな‥【鬼】は元を辿れば人なのじゃよ‥優しく賢く尊い存在だ。じゃが【鬼】は、いつの世も人々から忌み嫌われ禍々しいモノとされてきた。【鬼】は人々を傷つけまいと身を潜め、己の存在をも隠し暮らしておるそうな‥そして何より【鬼】の血族は少なく、その血を受け継ぐ者は特別な力を持ち人々を幸福へと誘うという。だか、しかし、おまえさん本当に【鬼】を見たのかい?もし、おまえさんが真の【鬼】の姿を見たのであれば‥そうさのぉ生きて此処に居ることは不可能じゃ‥」



老人は不適な笑みを浮かべ若者へと距離をつめ耳元で囁いた‥声音を変え若者にしか聞こえぬ静かな、地を這うような低い声で‥。



「純血種の【鬼】の存在は限られた者しか知りえぬ国家機密。その余りに秤知れぬ情報故に、その姿形は今だかつて誰も見て居らぬのだよ。このワシでさえもな‥おまえは何故、ここにおる?そして目的はなんだ?誰かの差し金か?」



ゾクリと身震いし若者の顔色は、見る見るうちに蒼白となり言葉をなくし立つ尽くす



「事と次第によっては生きては帰れんと思うがよい」



ポンと肩を一叩きされ若者は、その場へ崩れ墜ちた。

長老は踵を返し村人達へ言葉を投げた。



「さぁさぁお開きじゃ皆、案ずることはない。余所者の戯れ言に惑わされるでない!

この村には姫巫女様がおるでの。何かあれば必ずや姫巫女様が守ってくれるであろう」



長老は若者を蔑むような眼差しで見据え密に心の中で囁く。



『鬼の存在を確かなものとするならば、あの少女はまさに神が与えし国の宝‥姫巫女と称えつつ愛でて育て何れは我のモノに‥』



その様子を物陰に隠れ密に見守る小さき姿があろうとは誰もが知るよしもなかった。
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