第2話

文字数 1,683文字

 笹は、面接は上手くいった、と思った。
 中山が言った。
「貴方は我々が望んでいる人材だ。次長でなく支店長で迎えたい。そうだ! 取締役になってもらおう」と、横にいる舟橋を見た。
「でも午後に、あと三人と会うことになっています。その後でなければ決定できません」と、舟橋は言った。冷たい言い方だ。
 他の応募者はどんな人が来るのかな、少し不安になった。
「採否については一週間後くらいにご自宅に電話します」舟橋は笹の方を向いて言った。「支店長クラスの採用では、前歴照会など若干の調査をさせていただきます。了解していただけますか?」あくまで事務的だ。
 責任ある地位の採用にはこのくらいしなければならないのだろうな、そう思い「よろしいです」と応えた。むしろ脈があるからこそ調査されるのだろう。かえって安堵した。

 五日後、舟橋から電話がきた。
「貴方に当社で活躍していただきたいと思います。詳しく説明したいので、明日の午前十時にグランドホテルに来てください」
 翌日、笹は躍る心を抑えながらホテルに向かった。
 ホテルに着くと、中山は大きな身振りで迎えた。舟橋は相変わらず無愛想だった。
 舟橋が話し始めた。
「先日も話が出ましたが、役員が一名欠員となっています。そこで、笹さんには取締役M支店長になっていただきます。報酬はとりあえず月額五十万円です」
 中山は横で頷いている。
 舟橋は続けた。
「それで、条件として三百万円の出資をお願いしたいのです」
 中山が横から口を出した。
「これは預かっておくものですよ。当然配当金は出ます。それに報酬だけで六ヶ月もすれば回収できる額です」と、笑顔で話す。
「もちろん、笹さんは断ることも出来ます」舟橋は淡々と話す。
「まあまあ、そう杓子定規に言わんで。やってもらうようお願いしようよ。あ、そうだ。支度金を――」中山はそう言って、舟橋を見た。
「笹さん、これは支店長としての支度金です。十万円あります」
 舟橋は笹に小切手を寄こした。
「M市に支店が開設されるまでの活動費です。報酬の支払いは来月末からになります。その前に、当地の社屋探しや顧客開拓なども笹さんにやってもらうことになると思いますので。もし、足りなくなったら言ってください」
 笹が小切手をみて目をパチクリしていると
「十万円の領収証です。名前を書いて、印鑑を押してください。あと、こちらが同意書。これにも印鑑が必要です」
 舟橋はどんどん進めてくる。結局両方の書面に印鑑を押した。
「出資金の振込みは後ほどでも結構ですが、振り込んだ後でないと活動ができないので、なるべく早くお願いします」
 その後、M支店の方針など説明を受け、用件が終わると中山は
「笹さん、頼むね」と、両手で握手をしてきた。
 おれをかってくれている。今までの求職で相手にされなかったおれを……。
 笹は自信が(みなぎ)ってくるのを感じた。
 帰り、ロビーを歩いていると、本社の工藤を見かけた。そのまま通り過ぎようとしたが、向こうが気づいた。
「あ……、こんにちは。……」
 どうやらおれの名前を思い出せないらしい。こんなんで職の斡旋などできる訳がないだろう。
「どうしてこのホテルに?」おれは訊く。
「今日は常務のお供です。機械の処分の件で」
「いつもここに泊まっているの?」
 ここグランドホテルは平社員が出張で利用できるようなホテルではない。
「いや、常務を迎えに……、僕は近くのビジネスホテルです」
 ふん、そうだろう。笹はなんとなく安心した。
「その後どうしていましたか? ……笹さん」
 名前を思い出したらしい。
「ああ、いい仕事が見つかったよ。前より待遇が良いくらいだ」
「良かったですね。どこの企業ですか?」
「うん、そう、当地に進出する会社だ。来月あたりに新聞に載るのでないか」
 きみも頑張ってよ、と言おうしたが常務が降りてきたらしい。エレベーターに向かって走って行った。常務を知らないし、挨拶する気もないので、そのまま外へ出た。会社の規模は違うだろうが、おれも役員だ。誇らしい気持ちになった。
 三百万円振り込むのは少し躊躇したが、小切手がすぐ換金できたので振り込んだ。
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