第1話

文字数 1,546文字

 一枚のチラシが笹の目に留まった。

M市に支店開設の為、人材募集
「若い力を発揮したい方」
 -営業企画社員 給与月18~25万円-
「人の上に立ち経験をフルに活用したい方」
 -支店次長、支店長 給与月35~45万円-

 というものだ。人の上に立ち経験をフルに活用したい方、のフレーズが目に付いた。
 笹は七ヶ月前まで、このM市に工場があった電気部品工場の総務部長だった。だが、本社は事業縮小のためM市の工場を閉鎖した。現地採用者は全員解雇となった。相応の退職金は貰った。

 本社は仕事の斡旋はしてくれた。それはほとんど単純作業や臨時工で、今まで部下を使ってきた笹は応募する気にはなれかった。
 解雇から二ヶ月くらいたったある日、整理のため本社から来ている社員から、適任の仕事がある、と電話があり工場へ行ってみた。
「この工場は閉鎖したが、建物はしばらくこのままだ。このことは笹さんも知っているよね」
 と、工藤は言った。何度か会ったが、まだ三十歳そこそこのくせに生意気な社員だ。「解体するにしても、売却するにしても数年はこのまま残しておくことになる」
 何を勿体ぶっているんだ。それに丁寧語くらいつかえよ。と、思ったが、ハイと応えてそのまま話を聞く。
「それまで無人にしておく訳にいかない」
 ん? 再雇用しておれに管理を任せるということか。
「それで、警備会社に委託して管理をしてもらうことにした」
「……」
「警備会社と契約する際、警備員として僕が推薦する人を雇用するように持ち掛けたんだ。その一人に笹さんも入れておいた」
 どうだ、と言わんばかりに笹を見る。
「私に警備員になれと……」
「うん、笹さんなら内部を知っているので、先方もいいだろうし……。楽な仕事だよ」
 バカ、おれは楽な仕事を求めているんじゃない。
 夜警もしなければならないらしいけど、と言う工藤に、笹は即答で断った。
 本社からの斡旋は諦めて、ハローワークに通った。だが、笹が求めるような職種はなかなか無い。あっても採用どころか面接すらしてくれない。
 能力をみて採用する会社はないのか。笹は妻に愚痴を言う。

 そんな時にチラシを見たのだ。笹は妻に訊いてみた。
「おまえこのR産業って会社、聞いたことあるか? A市が本社だって」
 A市は隣のA県の県庁所在地だ。
「ないけど……。建築資材の加工・販売の会社? 応募するの?」妻も仕事を探すのに懸命になってくれる。
「新しい支店の開設なので、管理職も募集しているようだよ」
「希望する職種を記入のうえ本社へ履歴書送付のこと、って書いてあるわ。出してみたら」
 笹は希望の職種を支店次長として履歴書を送った。

 一週間後、若い男の声で
「明後日の午前十時、グランドホテルに行ってください。社長と人事担当がそちらにおります」と電話があった。
 当日、笹はグランドホテルに行った。
 面接会場である会議室に案内されると恰幅のいい男と中年の女が打ち合わせをしていた。男は笹を見ると立ち上がって迎えた。
「ああ、笹さんですね。お待ちしていました」
 丁寧に名刺までくれた。それには『株式会社R産業 取締役社長 中山勝』と印刷してあった。女も名刺をくれた。同じく『取締役統括部長 舟橋夕子』と印刷してあった。笹は「笹敏夫です」と口頭で挨拶をした。
 中山はにこにこ笑って椅子をすすめてくれた。座るとすぐに会社の好調な業績のことを話し始めた。笹は中山のフランクな態度に好感を持った。
 面接の質問は主に舟橋がした。前の業務についての他、家族構成など結構細かなことまで訊かれた。笹が答えると中山はいちいち感心した。本社から工場を解雇された話になると
「勿体ない人を放したものだ」と怒った。「でもそのおかげで私どもとご縁ができたのだから、いいのか」ハハハと笑う。
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