第6話

文字数 827文字


 夢子の合格を勇作が知ったのは、他の郵便物とは明らかに違う厚さの封書を見つけた時だった。忌々しい挑戦状を突きつけられたかのように感じた。差出人を見るや否や引き裂いた。中の封入物が床に飛び散った。ゴム長靴に縋り付いた一枚を見下ろすと、それは「合格通知書」と書いてあった。
「あのぼけえ」
 合格通知書を踏みつけた。
 間が悪くそこに夢子が帰ってきた。昨日までなら勇作の顔も見ずに自分の部屋へ一直線だったが、父の足元に散乱している書類を見て夢子は怒鳴った。
「なにしてくれてんねん!」
 先に点火していた勇作は夢子以上に怒鳴り声を上げた。
「なにがじゃ! 勝手なことしよって」
「勝手なこと? うちの好きなようするゆうたやろ」
「誰がしてええゆうた!?」
「おとんの助けは借りんゆうたやろが。うちが自分で大学行くのにつべこべいわれとうないわ」
 そう言うと夢子は学生鞄を勇作目掛けて放り投げた。
「まず、その汚い足どけんか!」
 鞄は勇作を逸れて客席の下に滑り込んだ。
「こんなんが欲しいんか!」
 勇作はゴム長靴の下の書類をぬめった地面に擦り付けるようにして蹴り上げた。靴底の湿った突起と床の油に挟まれた書類は軽業師のように2回ほど廻って夢子の前にひらりと落ちた。
 合格の2文字が靴底の油で消えかかっている。
「上等やんけ」
 夢子は我慢ならず勇作に飛びかかった。前回の喧嘩と同様拳を繰り出すがまたもかわされた。バランスを失ったところを勇作に背後から頭を2回叩かれた。夢子は振り返り勇作の股間目がけて蹴りを入れようとしたが、前回不覚をとった勇作はお玉(・・)で急所を防いだ。夢子の蹴りはお玉(・・)で阻まれ反対に向こうずねに金属音が鈍く響く。
「っってえー!」
 すねを抱え片足立ちする夢子。勇作はその隙に店の外へ。
「俺は認めん。大学に行くやなんて認めんで」
 そう叫ぶや逃げるように出て行った。
 残された夢子は奥歯を(きし)ませ怒りを嚙み殺していたが、それが緩むにつれて瞳は潤み、やがて鼻水を垂らして泣きわめいた。
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