第4話

文字数 1,042文字


 最初の客は自称53歳会社役員だった。仕立ての良さげなスーツをまとっていた。天王寺駅の裏通りのコンビニの前で待ち合わせた。それが本当の名だかどうかわからぬ大川と名乗るその男は、初対面から砕けた雰囲気を撒き散らしていた。人目(はばか)らず夢子の手を握り、当たり前とばかり彼女の肩を抱いて身体を密着させてきた。
「いこか」
 夢子は黙って頷いた。刑場に連行される気分だった。
 大川と入ったホテルはコンビニのおでんの匂いが届くほどの場所にあった。いつも遊んでいた界隈にこんな湿り気のある一角が存在したとは、まるでどこか違う国に来たみたいだった。昼下がりのラブホテルはなんだか薄暗かった。その暗さが夢子の気持ちをまた陰鬱にした。
「いくつ?」
 大川は差し当たり思いつく陳腐な質問からした。
「はたち、です」
「ほんまに?」
 どう返答すればいいか迷った。この男は自分が18だと分かっているのか。そのあいだにも大川は身体の距離を詰めてくる。
「ええけどな、いくつでも。かわいいし」
 こう言ったあと、大川は夢子をベッドに押し倒した。実体のなかった年齢の問答は薄暗い部屋で煙のように消えた。
 もう大川はそれ以上、意味のある会話をしなかった。いや最初から意味などない。彼は若い芳香な肉体を(むさぼ)りたいだけだ。事が済むまではおそらく秩序だった会話もなければ関心もない。夢子は未知なるものへの凝り固まった緊張が緩むのを感じた。このことだけが二人の間の意思の往来ならば、もはや何も考える必要がない。
 大川の求めに応じて身体を入れ替えたり、脚を広げたりする間、こんなことなら自分にもできそうだと、まだ緊張の残滓(ざんし)を留める自分の体に、初習いの小さな克己(こっき)に近いものを覚えたりした。
 それがより確かになったのはホテルを出た後だった。実働2時間で諭吉2枚を財布に入れた。
 初仕事は大成功と言ってよい。
 くすぐったい発芽なる成果を心美に報告すると、朋輩には殊の外思いやりのあるこの先達(せんだち)は自分の経綸(けいりん)を評価してくれる廉直(れんちょく)追蹤者(ついしょうしゃ)の初陣に、初当選の議員を喜色で迎える党首と同じく両手でがっちりと握手した。
「な、どうってことなかったやろ」
(ほんまやな)と心の中で呟いたが、まだ幾許かのわだかまりみたいなものを感じて無言で頷いた。
「うちの上得意客も紹介したるわ。どうせうちひとりで野郎らの性欲満たせへん。催促も減ってちょうどええ」
 そう言うと心美は自分のスマホから何人かの男性のリストを見せてくれた。それらを夢子は目に入れたが覚える気などさらさらなかった。
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