後編~パターン2

文字数 1,067文字

「何の話ですか?」

 ――返信にはそれだけあった。しかし、私は確信した。

 本当に身に憶えがなければわざわざ返信はしない。身に憶えがあるから、

返信をしたのだ。

「この手の食中毒の情報は、ご丁寧に市の名前まで新聞やテレビなどのメディアに掲載されるのよ。●●市にお住まいなのね。割と近いわ。いいえ、ご心配なく。警察に言ったりはしないから。ただ、成功してよかったわねって言いたかっただけ」

 ややしばらくして、また返信があった。

「良かったら、お会いできませんか? いろいろ教えていただいたお礼をしたいので」

 私はすぐに返信した。そんな必要はない、と。しかし。

「いえ、あなたのお蔭ですから。保険金も入りましたし」

 食い下がってくる。結局、私は彼女の家で会う約束をしてしまった。どんな家に住む、どんな人なのか、見てみたいという好奇心につられてしまったのだ。

 しかし、全面的に相手を信用したわけではなかった。
 そして、その警戒心は正しいものだったと、床に倒れ込んだ彼女の姿を見て、私は確信した。

 ベランダのプランターに注意を向けさせて、その間に淹れてもらった紅茶のカップを入れ替えたのは正解だったようだ。

 彼女は、口から紅茶を吐き戻して痙攣している。ダイニングテーブルの上には倒れたティーカップ。こぼれた紅茶は、床にまでぽたぽたと滴り落ちている。せっかく、客が来るからと綺麗に掃除したであろうリビングダイニングが台無しだ。
 ベランダへと続く大きな窓から差し込む午後の日射しを浴びながら、彼女はこと切れた。

 何故、警戒すべきだと思ったのか? 私自身も同じことをしたからだ。私の場合は、夫ではなく実母だったが。そうして、二人目のターゲットは、ネットで知り合った名も知らぬ他人ではなく近所の顔見知りの主婦だったが。

 私は、静かになった部屋の中で、以前やったのと同じように、バッグから念のためにと用意してあった遺書を取り出してリビングのテーブルの上に置き、私の分のカップを洗って、カップボードにしまった。指紋を残さぬように気をつけながら。そうして、彼女の携帯から私とのやりとりの履歴を消し、自分が触った箇所をハンケチで拭いた。

 ひと目につかぬように部屋を出て、大通りについてから、息をついた。

 本当は、私は、自分自身の罪の意識を拭うのに彼女を利用させてもらうつもりだったのだ。
 私だけじゃない、同じことをやっている人はたくさんいる――そう思って罪悪感を薄めようとして、半分はそれは成功していた。
 けれども……私はどうも、恩を仇で返す人間のようだ。
(了)
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