前編
文字数 1,153文字
――またか。
パソコンの画面を見ながら、美津子は思った。
SNSでの政治と男女の話題は、炎上を引き起こしやすい。そうして、そんな中には、怒りにまかせて自分の過去のトラウマを開陳する人間が、少なからず存在する。
それらを眺めるのが美津子は好きなのだった。
――悪趣味だよなぁ。
自覚はしているが、他人の不幸は楽しい。
――わざわざ自分からネタを差し出しているのだから消費したって構いやしないだろう。
そう思い、美津子はどんどん画面をスクロールしていく。
ある投稿が目に留まった。
「私は五年間も夫にDVの被害を受けてきました!あなたに何がわかるの?――」その後に続けてどんなことを言われ、され、どれだけ自分が傷ついたが書き連ねられている。ご丁寧に合間あいまに、怒っているマークの絵文字がくっついている。美津子はそれを読んで、フンと鼻で笑った。
そうして、笑いながらも、その投稿に返信した。
「そんなに夫が憎いなら、良い対処方法を教えてあげましょうか?」
ほどなく返信がある。
「あるなら教えてほしいですね!」
また怒っているマーク付きのコメントが投稿された。
美津子は、口元をニヤつかせながらスマホのキーを打って行く。
「一番大切なのは、見つからないこと。見つからなければ、何をしたって罪には問われない。見つからないためには、準備をしっかりすること。
家族が死ねば、真っ先に疑われるのは自分だということを理解した上で、事故としてしか処理できないような殺し方をするの。
一番いいのは、食中毒。どうせクソみたいな夫だから、あなたが具合が悪いと言っても『何か買ってこようか』とか『俺が作る』なんて言葉は言わないんでしょ? そういう家庭なら、作ってあげた料理を、あなた自身が食べなくても自然に見えるわね。
使うのは、自然毒。つまり、キノコとか魚介とかね。
一番お勧めなのは、水仙。見た目がニラに似ているから、たまにあるの。そういう事故が。手に入れやすいしね。
まずは家庭菜園を始めて、ニラと水仙を含むいくつかの植物を育てて。で、春先にニラを収穫した……という体で水仙を食べさせるの。今からだと時間はかかるかもしれないけれど、捕まりたくなければ、準備期間は必要な、いわば経費みたいなものね」
メッセージは、公開される投稿としてではなく、相手だけが見ることのできるメッセージ機能を使った。
そのアカウントからの投稿は止んだ。
半年後、美津子はつけっ放しにしていたテレビのニュース番組に「おや」と思う。
水仙の誤食による食中毒のニュースだったのだ。被害者は40代の男性、発見者は妻。
美津子はSNSのメッセージ機能の画面を開いた。あのアカウントは、まだあった。
「やったわね」
それだけ送った。と、翌日返信が届いた。
(次話へ続く)
パソコンの画面を見ながら、美津子は思った。
SNSでの政治と男女の話題は、炎上を引き起こしやすい。そうして、そんな中には、怒りにまかせて自分の過去のトラウマを開陳する人間が、少なからず存在する。
それらを眺めるのが美津子は好きなのだった。
――悪趣味だよなぁ。
自覚はしているが、他人の不幸は楽しい。
――わざわざ自分からネタを差し出しているのだから消費したって構いやしないだろう。
そう思い、美津子はどんどん画面をスクロールしていく。
ある投稿が目に留まった。
「私は五年間も夫にDVの被害を受けてきました!あなたに何がわかるの?――」その後に続けてどんなことを言われ、され、どれだけ自分が傷ついたが書き連ねられている。ご丁寧に合間あいまに、怒っているマークの絵文字がくっついている。美津子はそれを読んで、フンと鼻で笑った。
そうして、笑いながらも、その投稿に返信した。
「そんなに夫が憎いなら、良い対処方法を教えてあげましょうか?」
ほどなく返信がある。
「あるなら教えてほしいですね!」
また怒っているマーク付きのコメントが投稿された。
美津子は、口元をニヤつかせながらスマホのキーを打って行く。
「一番大切なのは、見つからないこと。見つからなければ、何をしたって罪には問われない。見つからないためには、準備をしっかりすること。
家族が死ねば、真っ先に疑われるのは自分だということを理解した上で、事故としてしか処理できないような殺し方をするの。
一番いいのは、食中毒。どうせクソみたいな夫だから、あなたが具合が悪いと言っても『何か買ってこようか』とか『俺が作る』なんて言葉は言わないんでしょ? そういう家庭なら、作ってあげた料理を、あなた自身が食べなくても自然に見えるわね。
使うのは、自然毒。つまり、キノコとか魚介とかね。
一番お勧めなのは、水仙。見た目がニラに似ているから、たまにあるの。そういう事故が。手に入れやすいしね。
まずは家庭菜園を始めて、ニラと水仙を含むいくつかの植物を育てて。で、春先にニラを収穫した……という体で水仙を食べさせるの。今からだと時間はかかるかもしれないけれど、捕まりたくなければ、準備期間は必要な、いわば経費みたいなものね」
メッセージは、公開される投稿としてではなく、相手だけが見ることのできるメッセージ機能を使った。
そのアカウントからの投稿は止んだ。
半年後、美津子はつけっ放しにしていたテレビのニュース番組に「おや」と思う。
水仙の誤食による食中毒のニュースだったのだ。被害者は40代の男性、発見者は妻。
美津子はSNSのメッセージ機能の画面を開いた。あのアカウントは、まだあった。
「やったわね」
それだけ送った。と、翌日返信が届いた。
(次話へ続く)