第12話 約束の話

文字数 3,457文字

今晩は妹からのリクエストで生姜焼きを作る事になっている。豚肉料理が好きな俺は生姜焼きももちろん好きだった。

そんな事もあり普段よりもより丁寧に作る。食材や調味料の準備が終わったので料理を始める。いつもは生姜焼きのタレを使うが、今回はタレが少ないので足りない分は自作のタレで代用する。

用意した肉をタレにつけると、それだけでも美味しそうな見た目だ。


『ジュー』

と音を立てながら肉を焼くと、醤油やらみりんやらの香ばしい匂いが鼻に届くので食欲をそそらされた。しばらくは肉を焼かないといけないのでその間にキャベツを千切りにする。

玉ねぎなども一緒に炒めるとすぐに出来上がった。比較的簡単で美味しく作ることが出来るので光星のお気に入りの一品だ。

とはいえ、今回は久しぶりに作った事と半分近くが自作のタレなので上手に出来ているか少し心配になった。



「うん、上手い」


味見してみると、匂いだけでなく味もちゃんと美味しかった。これなら妹にも満足してもらえそうだ。生姜焼きはフライパンの上で保温にしたので、後はご飯が炊き上がるのを待つだけだ。



『おにぃ出来たぁ?』
「おう、盛り付けすれば食べれるよ」


作り終わってからしばらくすると妹がお風呂から上がってきたので、作った料理を皿に盛り付ける。料理といっても肉と玉ねぎとキャベツしかないのだけど。

最後にしっかりとタレを絡めて皿に盛り付けた。熱々の白飯をご飯茶碗に入れて机に運ぶ。箸やコップ、お茶などは妹が運んできてくれたようだった。



『いただきます』
「いただきます」


きちんと"いただきます"をしてから料理に手をつける。肉を白飯の上で少しバウンドさせてから口に運ぶ。多少濃いめの味付けは、白飯を待っていると言わんばかりに口いっぱいに味が広がる。



『おにぃも料理上手だよね』
「豚肉の料理が好きだからな」
『そうだけど、店に出てても違和感ないくらいに美味しいよ』


料理を振る舞った相手に笑顔で
『美味しい』
と言われるのは素直に嬉しい事だった。



「そう言ってくれると作った甲斐があるよ」
『冗談かと思ってるかもしれないけど、本当に美味しいからね』


妹は俺の作った料理をいつも褒めてくれるので、作った側からしても幸せな気持ちになれる。



『で、何かあったでしょ』
「何故分かる」
『なんかね、早く土日になれっていう感じが溢れ出てる』


妹の観察力には驚かされるが今回も一応相談に乗ってもらったので、一通り話す事にした。



『おにぃやったね』
「あぁ、今回は結構いい感じで言えたぞ」
『前回がおかしいだけで、今回は普通なんだけどね』


痛いところを突かれる。



「ところで勉強しながらどうやって仲良くなればいいんだ?」
『はぁ、、、』


妹はため息をついた後コップに入ったお茶を喉に通す。



『ずっと勉強してるわけじゃないでしょ?たまには休憩とかもあると思うからその時に趣味とか聞いてみるのが無難なんじゃない?』
「なるほどな」
『私もそういう経験があるわけじゃないから当てにはしないでよね』


やっぱり妹は優しいので何やかんや言いつつもアイディアをくれた。



『おにぃはその人の事好きなの?』
「ばっ、馬鹿か!そんな訳ないだろ」
『隠すの下手すぎ、てゆうかこんな事相談されてる時点で分かるから』


"だったら聞くな"と言いたくなったが、それを言うと機嫌を悪くしそうなので口には出さなかった。



『そっかおにぃにもそんな時期が来たんだね』
「何故年下のお前に母親ヅラされてんだよ」


あははと笑う妹、その笑みには年には似合わない趣が感じられた。



「俺は先に部屋に戻るぞ」
『片付けは私がやるよ』
「そうか、悪いな」


そう言い部屋に戻る。部屋に入って電気を付けた後ベットの上に寝転がる。ポケットからスマホを取り出して画面を見てみる。
『一件のメッセージがあります』
と表示されていた。メッセージの送り主は有栖だった。



『土曜日に勉強の約束したと思うんですけど、日曜日に変更できませんか?』


そう書かれていた。何か用事があったのかもしれない。急なお願いだったので無理強いするつもりもなく、有栖の都合を優先してあげたい。



「都合が悪いなら無理に変更とかしなくても、中止とかでいいぞ」


そう送ったら、返信はすぐに返ってきた。



『いえ、そういうわけではなくてですね。こちらの手違いで日曜日に入れていたはずの予定が土曜日に変わっていたので、約束の変更をお願いしたいのです』


丁寧に分かりやすい解説までつけてくれた。



「そういう事なら分かった。日曜日によろしく」
『はい、よろしくお願いします』


一日先送りになったが、約束が無くならなくて良かった。そうホッとしているとまたメッセージが届く。



『光星くんって、料理とか出来るんですか?』
「そうだな、人並み程度には出来るぞ」


有栖から話題を振ってくるとは思わなかったが、これももっと仲良くなるためのチャンスかもしれない。



『凄いですね。では今度勉強を教える代わりに私に料理を教えてくれませんか?』


急な提案だったが断る理由もないのでそのお願いを受けることした。



「分かった。俺でいいなら教えるよ」


返事のメッセージを送った途端にぶるぶるっと携帯が震え始めた。なんだと思って画面をよく見ると有栖から電話が来ていた。俺は迷う事なくその電話に出る。



『……もしもし、光星くん?』
「お、おぉどうした?」


俺は女の人と電話など妹と母以外とはしたことがないので、ついテンパってしまう。電話を掛けてきたという事は何か俺に伝える事があるのだろう。



『あの、土曜日の件は本当に申し訳ないです』
「そんな事で謝らなくてもいいぞ。さっきも言ったが無理しなくていいんだぞ?」
『友達との約束ですので破るわけにはいきません』


謝罪のための電話だとしたら有栖はいよいよお人好しすぎる。元々がお人好しなのはあの屋上の時に分かったが、ここまで来ると尊敬に値するレベルだ。




「その事を謝る為に電話してきたのか?」
『それだけじゃないですけど、確かにそれもありますね。迷惑でしたか?』
「迷惑じゃないけど」
『けど?』


少し間を置いてから、俺は口を開く。



「普通そのくらいで電話しないぞ」
『そうなのですか?』


どうやら有栖はそのために電話をかけてきたらしい。



『まあ、他にも用件はありますし』
「なんだ?」


電話をかけてくるほどの用件とはなんだろう。光星には思い当たる節がなかった。



『勉強を教え終わった後に、料理を教えて欲しいです』
「今週の日曜日って事でいいのか?」
『はいお願いしたいです』


どうやらメッセージでやり取りをした、料理を教える事についての詳細を伝えるための電話だったらしい。文面では伝える内容が多いし、長文になると読みにくくなるから電話をしてきたのだろう。

しかし気になる点が一つある。それは場所の問題だ。勉強は図書館でする約束だったので、図書館で料理を教える事は出来ないだろう。そうなると考えられる答えは一つしかなかった。



「場所はどうするんだ?」
『……嫌じゃなければ私の家で、、、』


俺の考えはズバリ的中した。有栖からの誘いで料理の指導。そうなれば考えられる場所は有栖の家しかなかった。



「有栖の両親が許可をしてるなら俺は構わないが」
『私、一人暮らしなので問題ありません』


有栖は一人暮らしをしているらしい。それなのに料理ができない……。深く詮索するのは有栖のプライバシーもあるのでよしておいた。



「だったら尚更危ないだろ」
『え?何故です?』
「一人暮らしの家に男を誘うって事はさ、」


有栖にも複雑な事情があるのだろうけど、とりあえず今の問題はそこではなかった。一人暮らしの家に男を入れるというのはかなり危険な行為だ。



『光星くんはちょっとエッチな人ですけど、根っからそういう人ではない事分かってますので』


俺は何故か信用されているようだった。前に一度パンツを見ているのでそういう信用度は低いと思っていたが、そういう訳でもないらしい。



『それとも何かよからぬ事でも考えてるんですか?』
「そんな訳があるか」


そういう考えが一切ないかと言えば正直言って嘘になるが、行動に移そうとは思わなかった。



『だいたい、人のパンツ見ても興奮しないのに名作の本に興奮するような人にそんな心配はしてません』


有栖は何か誤解している。俺はあの時しっかりと脳裏にその光景を焼き付けている。年頃の男子高校生なら普通の事だろう。



「有栖がいいならいいけどさ」
『分かりました。ではまた明日、おやすみなさい』
「また明日な、おやすみ」

突然始まった電話は用件を伝え終わるとすぐに終了した。俺は日曜日が待ち遠しくて仕方がなかった。
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