第7話 彼女の過去①(前編)

文字数 3,434文字

彼女からの通知を見てみる。


『すみません。ご迷惑をかけました。明日の朝ですね、分かりました。貴方は遅刻しないようにですよ』

そう通知が来ていた。彼女は、少し俺に心を開いてくれたのかもしれない。

最後の文で少しイジられたが、彼女から言われると自然と頬が緩んでしまう。


「そこまで謝らなくてもいいよ。それと、別に遅刻したくてしたわけじゃないぞー」

そう何度も確認した後に送った。メッセージでは、誤解などを招く事が多いので、俺は念入りにチェックした。


『それは分かってますよ』

そう返事が来た。この文にはどう返信すればいいか分からなかったが、既読したまま放置するわけにもいかないので、とりあえずメッセージを送った。


「そうだよな。見ててくれたんだもんな」

少し素っ気ない返事だったかもしれないが、これ以外に送る文が思いつかなかった。
 

『はい見てました。では、私は用事があるのでまた明日』

僅か五文で会話が終わった。今更になって自分のコミュニケーション能力のなさを恨んだ。  

その後何か送ることもなく、その日はご飯を食べて、妹と少し会話をした後に明日遅刻しないように早く寝た。我ながら小学生みたいな生活と考え方だと思ってしまった。


次の日の朝、目が覚めると時刻は5時だった。もう一度寝るには短いし、起きておくには長いようなそんな時間に目が覚めてしまった。なので少し眠いのを我慢した。

とりあえず、二階にある自室から出てリビングに行った。リビングに行くと父がいた。


「父さん、おはよう」
『お、光星早いなぁ、おはよう』

父は、自宅から仕事場まで少し距離があるので起きるのはいつも5時くらいだそうだ。こうして朝会うのは久しぶりだが、一切の眠気のなさそうな健康的な顔をしていた。


「何か朝ごはん用意してある?」
『母さんは僕のをさっき準備してくれたけど、その後また寝室に向かったからなぁ。……仕方ない僕が作ろうか?』
「本当に?」

父の料理は、母とは違った美味しさがあるため、たまに作ってくれる時に結構嬉しかったりする。父と母は共働きをしているため、俺と妹も実は割と料理が出来たりする。


『光星、何かリクエストはあるか?』
「作ってもらってる立場だし、父さんが楽なやつでいいよ」
『そう言ってくれると助かるよ』

そう言い、冷蔵庫から卵とソーセージを取り出す。どうやら目玉焼きとソーセージという、無難かつ美味しい朝ごはんに決まりそうだ。

『ジュージュー』

と、朝から食欲のそそられる匂いと音が聞こえて来る。

『よしっ』

という声と共に皿に盛り付けられた、目玉焼きとソーセージと野菜、茶碗に入った白米をテーブルの上に置いてくれた。


『半熟だけどよかったか?』
「俺は、半熟の方が好きだから嬉しい」
『だったら良かった。一応醤油も置いとくぞ』

出来すぎる妹には、確実に父の血が多く流れているだろう。父は仕事で忙しいのに、母さんの手伝いをよくしていた。出来すぎる父と妹。

それは、どちらも光星の立場を狭めるものだった。


「やっぱり、父さんの飯は美味しいな」
『嬉しい事を言ってくれるねぇ』

素直に美味しかった。目玉焼きの半熟具合もソーセージの味付けも絶妙で、朝から白米が進んだ。


「父さんは、器用だし完璧だよな」
『光星だって、光星なりの良さがあると思うよ』 

父に直接そう言われると嬉しかったが、素直に受け取れない自分もいた。

父は性格が完璧なだけでなく、外面も悪くなかった。現在40代だが、30代前半といってもバレないくらいの顔立ちだった。

そんな父に、言われる言葉はやはり素直に受け取れなかったが、父として尊敬してるしそうなりたいとも思った。小さい頃から父は憧れだった。


『新しい学校生活はどうだ?』
「まだ入学してすぐだけど、楽しくなりそうだよ」

父としては、息子の学校事情を知りたいのかもしれない。しかし父には一目惚れした事は絶対に言わない方がいいだろう。 父からは小さい頃から

『顔だけでなく、中身もみなさい』

と言われているので、一目惚れしたことについて教えると、多少のお叱りを受けそうだ。

そして、しばらくは黙々とご飯を口に運んでいた。


『折角光星が早く起きてきたけど、僕はそろそろ行くよ。』
「おう、気をつけて」

父はそういい、玄関に向かった。

『ぎぃー、バタン』

扉の音が聞こえたので、もう家から出たのだろう。
俺もちょうど朝ごはんを食べ終わった。


「ごちそうさまでした」

きちんとそう言って、皿を片付ける。

現在の時刻は5時45分だった。家で特にする事もないので、学校に行く準備をした。すでに部活動生は朝練が始まっているので、今の時間でも門は開いているだろう。


「一度は、屋上で一人で寝っ転がってみたいし。行くか」

準備を済ませて、6時に家を出た。荷物の中に彼女のマフラーが入っているかをきちんと確認した。きちんとあった。これの他に忘れ物もない。

ゆっくりと歩いていき、6時25分に学校に着いた。教室にはもちろん誰もいなかった。俺は、荷物を置いて屋上に向かう。俺の教室は三階にあり、屋上には五階まで行かないといけない。

入学式の一人で校内を回っている時もそうだったが、屋上の鍵は空いていた。扉を開けると想像していなかった人がそこにいた。

最早、寝そべっていた。綺麗な鼻歌を歌いながら屋上に寝そべっているのは、黒崎有栖だった。

屋上の扉を開いても、彼女は俺に気付いていないようだった。俺は彼女を見つめていたが、意外と山のあるその膨らみを見つめてしまうも、なんだか居心地が悪くなってすぐに目を逸らす。

聞こえて来る鼻歌は、どこか寂しさを感じた。寝転んでいる彼女に話しかけようか迷うが、ここは話しかけるべきだろう。そう思い彼女に近づく。


「やっぱり綺麗な歌声だよね、黒崎さん」
『え?宮地さん?え?』

彼女は困惑している様子だった。その表情はなんだか新鮮だった。


「おはよう」
『………おはようございます』

挨拶をしてみるも、まだ困惑しているようだった。困惑しているのは俺も同じだけど、彼女は俺以上に今ある状況を読み込めていなかった。


『……え、宮地さんがなんでここに?』

出会った頃にも聞いたことのある、その台詞をもう一度聞くこととなる。


「昨日遅刻したから今日は早く行けって、この時間に投げ出された」
『あぁ……そうなんですね。パワフルな親御さんですね』

ニコッと笑う彼女は、やはりどこか寂しさを感じた。


「あ、嘘。本当は早く起きすぎてする事ないから、早く来ただけ」
『はぁ……そんな嘘ついて誰が得するんですか?』

朝から、彼女の冷たい言葉が胸に刺さる。言われてみればその通りだったが、自分でもなんでついたのかよく分からない嘘だった。


「それはまぁ、誰か一人くらいは」
『私が、得をしました』
「え?」

予想外の答えが彼女から聞こえて来る。


「なんで黒崎さんが得をしたの」
『嘘です。以前貴方に"冷たい"と言われたので、貴方の言葉にフォローを入れてみました』

寝そべりながら笑顔をする彼女は、いつもとは違う見え方をしていた。それがまた可愛かった。


「あ、マフラー教室のカバンに入れっぱなしだ。とってくるよ」
『……ありがとうございます』

駆け足で屋上から出た。
(あの笑顔は反則だろ)
心臓の音を隠しながら、廊下を歩く。来る時は長く感じた廊下は、今はやけに短く感じる。

教室についた時には平常心に戻っていたが、あの時はつい撫でてしまいたくなった。そのくらいに光星の心を揺さぶったのだ。

ひとまずマフラーを手にする。そしてまた屋上に持っていく。扉を開くと彼女は立ち上がっていた。


『さっきは、ダラシない所を見せてしまい申し訳ないです』

寝っ転がったまま俺と会話した事を言っているんであろう。

「別にあれくらいダラけて接してくれる方が、こっちも気が楽だからいいんだけどな」

彼女は不思議そうな顔をした。


『ダラシない方が気が楽なんですか?』
「そうだけど……別に無理にそうしろと言ってるわけじゃないぞ」
『それは分かってます』

彼女は、『そうなんだ…』と一人呟く。


「俺は、黒崎さんがやりたいようにすればいいと思う。色々とあるんだろうけどさ」
『私のやりたいように……』

その途端、彼女が怯えるような表情をした。多分、過去のトラウマを思い出したのだろう。


「黒崎さん、大丈夫。落ち着いて」
『私は、私のやりたいようには出来ない』  

彼女の目には涙が浮かんでいた。


『助けて、宮地さん……』

その姿は、捨てられた猫のようにぶるぶると体を震わせて、誰かの助けを待っているようにも見えた。
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