第2話 目覚めと現実

文字数 3,729文字

 繰り返す悪夢の中、何が現実で何が夢なのか曖昧なボクは時々聞こえる優しい声に精神を繋ぎ止めていた。

 現実とは違う夢で部分的な考えを巡らせることは出来ても次の夢に向かう際曖昧な感覚と共に忘れてしまう。

 意味のない考えも忘れたことすら分からず、理解するより先に出口を探し光に向かう。

 爽やかな風と朝の日差し、小鳥の囀りにゆっくり目を覚ました。

「ここは…ボク生きている?」

 目を覚ました時には既に夢で見た内容は夢の中に置いてきたようで、久しぶりに見える眩い現実に天井を見上げて涙を流していた。

 身体は至る所がズキズキと疼き、それは現実と理解させ、あの状況から生きていた事への喜びと痛みに涙が出ていたのだ。

 ガチャ!

 扉が開いたようだが、身体を起こす事も視線を向ける事も今は難しく、力を振り絞り声を発する事で意思疎通を図ろうと考えた。

「ありがとう」

 ボク自身に対しての記憶がないのに一般的な知識がある違和感、それを感じるより先に感謝を言葉に出した。

「目が覚めたのですね…よかった…本当に」

 ボクの声に驚いた様子で駆け寄ると姿勢を落として喜びを声に出し途中から涙声に変わる。

 この声、聞き覚えがある。
 何度も何度も声をかけてくれた子、夢で意識が死に消えそうな時も呼びかけてくれた子の声だ。

 そう、ボクは聞き間違えない自信があるほど、意識せずとも聞こえてきた澄んだ声だった。

「君が、呼びかけてくれたんだね」

 ボクは声を振り絞りそう伝えた後、顔を見せて欲しいと頼むが「い、今はダメです!」と照れているように言葉が返ってきた。

「目が赤くなっているので、またの機会にお披露目させてください!」

 勢いよく照れ隠しのように続けて言ったのだ。

 涙で目が腫れるよりボクは悲惨な状態だと思ったが、これ以上は言葉を発するのが辛くなり「わかった」と一言だけ返すと意識が沈む。

 明るい視界が暗く染まる前、驚いたのか「え!?ど、どうしよ!お父様!」と慌てたそぶりで扉を勢いよく開き駆け出した。

 可愛い子だな…姿見てないけど…

 直感でそう感じつつ眠りについたのだ。

 現実と認識して目を覚ました事は良い兆しのようで悪夢を見る前に目を覚ませた。

 二日目?多分…
 なにぶん曖昧な感覚で自身がない、それでも窓より差し込む光と小鳥の囀りは一日もしくは数日経過した朝だと知らせる。

 前回よりもハッキリと周囲が見え、首も動かせる状態だと分かる。

 天井は白く中央に金色の装飾具が付いている。壁にも数個見える範囲で取り付けられ、長い間寝ていても背中の痛みを感じにくいベッドはふかふかの相当な高級品だと分かる。質素な部屋に一見見えるが、一つ一つが高そうで、思い返すと声をかけてくれる子も上品そうな知識で言うなら貴族?貴族でいいはずだと、ボク自身考え心の中で頷くのだ。

ガチャ!

 扉が開き、気配を感じる。

「おはよう、昨日はごめんね」

 ボクは考えた言葉を口にすると思いのほかスラスラと力強く声が出た事に驚き満足する。

「目を覚ましてくれてよかった…って!私ったら!先に挨拶だよね!おゃ…お、おはようございます!」

 声に安心感と時折見せる恥ずかしさ、自ら訂正するように声を発すると、軽く咳払いをした後朝の挨拶を若干噛みつつ言ったのだ。

 噛んだ…

 ボクはニヤニヤしてしまいそうな自分を戒めるようにキリッと表情を正すと横を見る。

「やっと顔が見えたよ」

 横向きに笑みを浮かべるのは中々難しく、少しぎこちなくなるが、それ以上に住む世界が違うようなお姫様が扉から少し歩いた場所に立っていたのだ。

 薄い赤色の束ねられた髪、目も同色の赤…いや緋色と言うべきだろう、声や話し方で理解していたが服も知識の中で似た模様はなく、飾り縫いなどはないが上質な作りでスカートは丁寧な模様が縫われ窓より入る風で靡いていた。

 声だけで想像していた姿に殆ど似ている少女、身長はおそらくボクより高いと正確には分からないが直感でそう感じた。

「いつも声をかけてくれてありがと、凄く可愛いね…」

 思ったまま声に出し、言い切ったあたりでボクは何を言っているんだと和かな顔はピクピク引き攣り、汗が溢れるような訂正したい過ちだ。

「あ、ははは…」

 ボクは笑うしかできなかった。

「か、可愛いって…もう!揶揄わないで!」

 ボクに近寄ると頬を膨らませ態とらしく少女はそう言った後にボクと同じく笑って誤魔化した。

 変な空気に一旦変わったが、問題なさそうで一安心する。

 知識があるのに記憶がない弊害なのか、考えが言葉に出るのは注意しなければ危険だ。

 少女は部屋の隅に片付けられている椅子を手に取りベッド横に置くと丁寧な仕草で座る。

「お話し大丈夫そう?」

 前回の事もあり、心配するように確認する。

「うん、今の所は大丈夫、突然意識が途切れるかもだから、その時は驚かないでね」

「昨日既に驚いたよ」

 目覚めたのは昨日って事ね、時間感覚のズレは大きくなさそうで安心したかな。

「ふふ、なるべく頑張るよ」

 ボクはそう言ったが頑張ってどうにかなる問題ではなく、場を和ませる言葉として選んだ。

「貴方の事を何とお呼びすればいいのかな?」

 少女はボクに、そういうと名前を聞いたのだ。

 至極当然、名前がなければ呼ぶことも難しい、理解しているのだがボク自身教えて欲しいと願うほどだった。

 隠すこともなくそのまま伝えれば良いと横向きに話し続けるのは辛い為天井を向き話始める。

「嘘みたいな話だけどボク名前も、どこで生まれてどう暮らしたのか、何故怪我をしたのか、何もかも…何一つとして思い出せないんだ」

 不審者と思われても仕方がないが、実際に分からない為答えることができないのだ。

 夢の中で何度か呼ばれていたが、うまく聞き取れない言葉でおそらくボク自身記憶から消えている為正確に認識できないと考えた。

 少女からの言葉が返ってこない為、不審に思われたのかと横を向くと、口元を手で抑え涙を流していたのだ。

 !?

 なんで!と心の中だけに止める。
 何が何なのボクが泣きたくなってきた。

「ごめんなさい、私こんなつもりじゃなくて…」

 少女は少し落ち着くと深呼吸の後、大怪我を負って自分の事を思い出せない状態は想像できないほど辛いはずだと、軽々しく聞いてはいけない事だと悲しみ涙を流したようだ。

 他人、それも何処の誰かさえ不明なボクに、そこまで考える必要はないと言いそうになるが言葉を飲み込む。下手な事を言うべきではないと、ないはずの記憶に助けられるような感じだ。

「私はクラウディア=リースヴァルドです、って、先に伝えるべき事でしたね」

 椅子から立ち上がり、軽くスカートを整えると優しい微笑みの後丁寧な作法で名乗り、再度笑みを浮かべると再び椅子に座った。

 名乗る名前は威風を感じさせ、椅子から立ち上がり洗礼された作法は何度も何度も繰り返し身体で覚えた仕草、知識の記録で考える限り『貴族』なのでは無いかと汗が噴き出る気分を覚えた。

「クラウディア様とお呼びしても?」

 ボクは相手が貴族の場合不敬を注意するべきだと知識が訴える為、名前の呼び方を確認する。

「えっ嫌です…様を付けないで…ちなみに私の知人はクラウと呼びますので、その通称で呼んでくださいね!様とか付けないでほしいです…」

 ボクの言葉に表情が暗くなった為、まずいと感じ、更に嫌という言葉は全身の痛みより言葉の痛みを強く感じるほどだったが、どうやら何か理由があるのか様つけを好まないようで、兎にも角にも一安心しつつ「わかった、クラウって呼ばせてもらうけど嫌なら言ってね」と万が一の保険をかけておく事にした。

 ボクの事を様々聞きたかったようだが、記憶がない事を知ると、話題を時々語りかけてくれた日常の話に切り替え、ボクはクラウの話を楽しく聴き続けた。

 人の言葉を聞く安心感、世界に一人だけボクしか居ないような孤独な気持ちを感じてしまった為安らぎとなる。同時に思い出せない記憶に繋がる事もある為しっかりと聞き時々頷き、ボクは適度な言葉を返し楽しく時が進む。

 この安らぎが長く続けばいいな…

 ボクは身体が次第に重く感じ始め、起きている時間の限界に近づいている事を理解した。

 時間にして一時間に満たないが、昨日の今日と考えれば長く持った方だと思う。

「話の途中でごめん、ボクそろそろ限界…」

 睡魔なのか単に意識消失なのか、閉じようとする瞼を必死に保ち、意識が消える前に伝えようと思ったからだ。

「私のことよりも自分を労ってね、まだ怪我が治ってないのに無理させてごめんなさい、どうか安らかな夢を見れますように…」

 クラウはボクの事を心配しているように、優しい笑みと共にそう言うと、まるで暗示のように瞼は閉じ意識は溶けて消えたのだ。

 もっと話をしたいけど次の機会だね。

 ボクは初めに聞くつもりだった助けてくれた経緯を頭の中から無くしており、瞼が落ちる直前にハッと思い出したが既に遅かった。

 クラウに助けられたことは間違い無いが、直接助けてくれたのは別人、昨日意識が途切れる前に聞こえたお父様という言葉、何にせよ意思疎通を行うためにも長時間起きていられるように回復する必要があるのと思ったのだった。
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登場人物紹介

クラウディア=リースヴァルド


五大領地が一つ火を継承するリースヴァルド領主の娘、受け継がれた紋章は右腕に宿り薄い赤色の髪と眼を持つ優しい少女、代々受け継ぐ剣技と魔法の鍛錬を日々行うが座学などは好きではない為、実は見た目と違う脳筋思考、考えるより身体を動かすという行動の結果何度か窮地に立つ事も…

遠征から帰ってきた父に年代が近い子供が怪我をしたと知り、目を逸らさない条件で治療を立ち会う。その過程で服を着せ替える父が固まり、様子を見ると男の子ではなく怪我をした子は女の子だった。何か思うことがありそれ以降は毎日目が覚めるまで鍛錬の合間に日々の話をし続け意識が戻るのを待つ。

主人公?*アイコンは未定です。


一人称はボクと頭に浮かび、それ以降使い続ける。


気がついた時は傷だらけで死にかけていた。更に記憶消失が起きて自分自身が何者かも分からず死ぬのは嫌だと足掻き生き延びる選択をする。

運良く助けてもらうが傷が深く治るには時間がかかる。その間面倒を見てもらえるようで思い出せない記憶と知識の記録に悩みつつ自分を知りたいと決意を固めた。


救出時は薄い緑の短髪、目は右が髪と同じ薄い緑、左は薄い青の左右色が違う。まつ毛はフサフサ系、そこまで身長は高くない、血まみれで着ていた服も男の子様だった為、勘違いされていたが、実は女の子だった。

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