第17話 イワカンガッ!?

文字数 2,628文字

純の通知簿渡しの月曜日は、15時で早帰り退社し、16時前に純の学校の駐車場に車を停めた。
最近は新規のユーザーに行く時にくらいしか、ネクタイを締めることはないので、年に数回ネクタイを締めるかどうかだが、今日はスーツにネクタイをしっかりと締めてきた。

正門までの道で俺と同じように通知簿渡しに来たであろう母親たち幾人かとすれ違う。
確かに今のところ父親は見かけない。
昨晩優紀子に教わったように玄関で用意したスリッパに履き替え、3階にある純の2年2組の教室に向かう。
ドアの横の「担任:松井 裕貴」と書かれた白いプレートを見て、この教室で間違いないと確認した。
廊下に予め置かれていたパイプ椅子に座って待っていると、予定の16時を5分ほど過ぎたタイミングで、母親が一人出てきた。
軽く会釈をして、教室に入る。
「すみません、お待たせしました」
中には松井先生が椅子から立ち上がって待っていた。
恐らく27,28歳か。
ポロシャツにスラックスの包まれた姿からは、一見細身にも見えるが、袖から除く腕にはそこそこ筋肉も付いており運動も得意そうな体型だ。

「河原 純の父親です。息子がなかなか学校に行けず、先生にはご迷惑をお掛けしています」
勧められた椅子に座って、先ずは純の行きしぶりで迷惑をかけている点をお詫びした。
「とんでもないです。こちらの方こそ、毎日登校できる状態にできず、責任を感じています。これからも学校とご家庭とで協力して、二学期から純君が登校できるように環境をつくっていけたらと思っていますので、宜しくおねがいします。」
俺があとで言おうと思っていたことを先に言われてしまった。
ここまでの松井先生の対応は特に問題なく、優紀子が言う通り、一見問題はないように見える。

先ずは通知簿を受け取った。
「あれ!?」
表紙に書かれた出席日数の欄を見て思わず声が出てしまった。
「1学期の欠席の日数ですが、6日だけでしょうか?」
すぐに聞いた。少なくとも2週間以上は休んだという感覚があったからだ。
「ええ。純さんの場合は、保健室登校や一部の授業だけ登校できた日も多くて、全く登校できなかったという日は、あまりなかったです。」
「なるほど。保健室登校の日も、登校したことになるのですね。安心しました。」

最初に各教科の説明をしていただいた。
評価はA,B,Cの三段階で、国語と算数、道徳と図工と音楽がAとなっており、後はBだった。
「純さんの場合、授業が受けられないこともありましたが、今のところ、休んだ期間の授業内容も理解できており、問題ありません。Bの付いている科目もありますが、テストの点などはAに近いものです」
「そうですか。よかったです」
優紀子から純の勉強の方は問題なさそうだとは聞いてはいたが、先生から直接聞けてほっとした。

次に生活態度などの説明に移った。
「通知簿に記載しましたように純さんは真面目で、他の生徒に対する気遣いも大変よくできています」
「ありがとうございます」
思わず松井先生に礼を言った。
子供が褒められるのは親として、自分が褒められるより数倍嬉しいものだ。
一通り松井先生から通知簿の説明を聞いた。
俺たち夫婦がほぼ感じていたとおり、純の学校の学習態度には問題なさそうだ。

「通知簿の説明は以上です。なにか気になった点はありますか?」
「今までの先生の説明は私も通常思っていた通りで、純が学校でも真面目で人に優しく接することができているようで安心しました。」
俺は一息ついて、続けて言った。
「後は学校に行き渋る理由についてですが、誰か特定の子にいじめられているということはないでえしょうか?」
純本人はいじめられていないとは言っているが、本人からは言いづらいことではあると思うので松井先生に聞いてみた。
「純さんは私が見る限り友達とも楽しくやっていて、いじめられたりしていることはないと思います」
松井先生はしっかりと言い切った。
そう言っている松井先生の目には嘘はなさそうだった。
「わかりました。純もそう言っていました。純は先生が怒るのが怖いと、家では言っているのですが、純が直接先生から怒ったりすることはありますでしょうか」
「いえ、純さんは生活態度も学習態度も真面目で、私が4月に担任になってから一度も純さんを怒っていないと思います」
これも優紀子から聞いていた話と同じだ。
「では、他の子を先生が怒っている姿を見て、純は怖いと感じでいるようです。先生に心あたりはありますでしょうか」
ストレートに聞いてみた。

ここに来て初めて松井先生の顔が一瞬曇った。
「ええ、結構注意をしています。河原さんのご家庭のように、お子さんにしっかりとした躾をされているご家庭ばかりでしたらよいのですが、現実問題として当クラスには多様なご家庭で育った子どもたちがいます。」
市営や県営の住宅が多くある校下のため、他の校下に比べて色んな環境の子どもたちが集まっていると優紀子に聞いたことがある。

「一部の特定の子が騒いだりするために、純さんのように多くの普通の生徒が授業を受ける機会が減ってしまうのは許されないことです。私もきつくは言いたくはないのですが、特定のお子さんに対してはどうしても強く言わざる場面が多いのが現状です」
「なるほど」

そう俺は答えたものの、拭いきれない違和感を感じた。
多くの子が授業を受ける機会を保持することは、先生にとって間違いなく必要なことだ。
そのため先生が騒いでいる子を注意することも理にかなっている。
だが、それによって純が行きしぶりになったり、芦田のみーちゃんが先生に不信感を持っている。

「4月からこのクラスになって、問題がある子が多かったのですが、幸い最近は安定して来たと思っています。純さんもその流れで二学期からは登校できるのではないかと考えます。」
松井先生はそう話すと、自分の腕時計をちらっと見た。
私も先生の上にある、教室に備え付けられている壁時計を見る。
5分遅れで始まったが、更に5分遅れた時間になっていた。
次に面談を待っている人が、教室の外から中を覗く気配が感じられた。
タイムリミットのようだ。

「以上となりますが、他に気になる点はございますでしょうか?」
「いいえ。本日はありがとうございます。二学期から純が登校できるよう、私達夫婦もこの夏休みの間に考えてみます。引き続き宜しくおねがいします」
「こちらこそ宜しくおねがいします」
お互い礼をして、俺は教室を出た。
先程の違和感の正体はまだつかめずにいた。
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登場人物紹介

河原隆太 :IT会社の課長。子供の頃から野球で鍛え、体育会系気質。

新島清美 :河原の部下。姉御的な存在でメンバーから慕われている。

野々村貴文:河原の部下。入社3年目の若手プログラマ。

木谷部長 :河原の元上司。今でも河原のことを気にかけてくれる。

梶谷常務 :河原が担当している客先の常務。河原とは事あるごとに対立。

河原優紀子:隆太の妻。隆太とは社内結婚で新島が元指導員。控えめな性格だが芯が強い。

河原純  :隆太の息子。小学二年生。真面目で優しい男の子。人見知り。

松井先生 :純の担任の教師。

吉見先生 :純の学校のカウンセラーの先生。

芦田母娘 :純の同級生の娘とその母。母は優紀子のママ友。

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