第22話 ケッセンダッ!?

文字数 2,549文字

直接学校の駐車場に車を停めた。
一足先に来ていた優紀子と学校の玄関で合流する。
純は芦田ママが預かってくれた。
今頃はみーちゃんと一緒に遊んでいるだろう。
学校の面談が終わったら、帰りに迎えに行く予定だ。

優紀子と二人で指定されていた応接室に歩を進めた。
応接室に入るのは優紀子も初めてだという。
約束の時間ちょうどに応接室の扉をノックすると、どうぞ、との声が聞こえた。
中には松井先生ともう一人白髪の混じった先生が居た。
年は50歳過ぎといったところだろうか。
少し太っていはいるようだが精悍な顔つきで、ダークグレーのスーツが似合う貫禄のある男性だ。
「初めまして、教頭の杉浦です。」
その男性はそう名乗った。
「河原です。いつも純がお世話になっております。」
その場にいる、松井先生、杉浦教頭、俺たち夫婦と合計4人の大人が頭を下げた。

勧められ、向かい合わせの皮のソファに腰を埋める。
頭上を見上げると歴代の校長の写真が飾られている。
古い写真は白黒のものもあり、この学校の歴史を感じさせられる。

「本日はご足労いただき、ありがとうございます。」
杉浦教頭は笑顔で私達夫婦に御礼を言った。
横で松井先生は硬い表情でまっすぐ前を向いている。
「いつも純がお世話をおかけしてすみません。」
私は一度頭を下げた。横で優紀子も頭を下げる。
「早速本題となりますが、純が松井先生が他の子を怒る姿が怖いということで、二学期も学校に行けない状態が続いております。私達夫婦としても、何とか学校に行かせられないかと模索しているところなのですが、、、」
「ええ、松井先生から聞いております」
私の話を遮って杉浦教頭が答えた。
相変わらず松井先生は硬い表情で固まったままだ。
視線は私達夫婦には直接合わせず、応接テーブルに置かれている小さな花瓶と、その活けられた花をぼんやり見ているような見ていないような、虚ろな視線を漂わせている。
大丈夫か?
この場で松井先生は話す気はないのかもしれない。

杉浦教頭は笑顔のまま話を続けた。
「松井先生も純さんに対して、声をかけたり、優しく指導を行っているのですが、なかなか純さんの警戒心を解くまでには至らないようで。」
「はい。松井先生が熱心に指導していただいているのは私達夫婦も認識しております。ですが、どうしても先生が、クラス全体や他の子が怒られるのを見て純が怖がる気持ちが収まることはないようです」
「昔からそういった子が一定の割合いおりますな。まぁ他の子と同じように純さんももう少し大きくなればそういったことはなくなると思いますよ」
「えっ?」
横で思わず優紀子が小さく声を上げた。
そんな簡単な話ではない。
今まで松井先生と優紀子が連絡を重ねた内容が、学校に、杉浦教頭に伝わっているのか。
俺も少し動揺したが、できるだけ平静を装い言葉を続けた。
「私達もそうなることを願っています。ですが、純がHSCの特性を持っていることは間違いなさそうですので、その特性が和らいでいくことはあるかもしれませんが、急激に改善されるとは思っておりません」
「エッチ・エス・シー?」
杉浦教頭は怪訝な顔をして小首を傾げた。
やはり今まで松井先生に伝えていたことは、この杉浦教頭には伝わっていないのか。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
「はい、HSC。ハイリー・センシティブ・チャイルド。人一倍、敏感な子です。
松井先生からお聞きになっていませんか?」
最後は皮肉めいた口調になった。

杉浦教頭は松井先生に対して冷たい視線を送った。
松井先生は動揺した表情を微かに浮かべる。
その表情を読み取って、すぐさま杉浦教頭は私達夫婦の方に取り繕った笑顔で視線を戻した。
「ああHSCですね。松井先生から聞いていますよ。年をとると3文字の略語に弱くてなっていかんデすんな。敏感な子と言うことでお父様たちは気にされているかと思いますが、大丈夫ですよ」
「どう大丈夫なのですか?」
「まだ二年生ということで、学校の集団生活に馴染みきってはいないとだけだと思います。もう少し時間が経てば、純さんも他の子と同じように、松井先生が少し注意したぐらいで、怖がることはなくなっていきますよ」
「HSCの気質の中に、感受性が強く、怒られた子に同調しすぎてしまったり、人が怒っている姿を見るのが怖いということがあります。私も教育関連の本を読んでいるのですが、『叱る』のは声を荒らげて『怒鳴る』のではなく、冷静に『諭す』などで生徒たちを導いてはどうかと思うのですが」
隠れて優紀子が俺の袖を突いた。
教頭のものの言い方に苛ついて、思わず俺の言い方も棘のある言葉にヒートアップしてしまったようだ。
それを逆なでするように、杉浦教頭が返した。
「最近の親御さんはネットなどで色んな本を読んで知識を得てらっしゃいます。研究ご熱心なのは何よりです。」
杉浦教頭は一呼吸おいて続けた。
「ですが、私は何十年も現場で子どもたちを指導しているのです。生徒がどういう状況で、その場合どうすればよいかと言ったノウハウも沢山持っておりますので、ご心配不要です。」
「そう言い切れるのはご立派だと思いますが、現に年々不登校の生徒の数は増えています。そのご立派な教育の概念が、昭和の時代からアップデートされておらず、時代にマッチしていないのじゃないですか。」
また優紀子が袖を突いた。
俺は構わず続けた。
「メンタルヘルスの重要性が声高に謳われている現在の世の中で、HSCのように少しづつ今まで明確に定義されていなかった事象が明らかにされ、昔より色んなことがわかっているのに、先生たちだけが時代から取り残されているんじゃないですか!?」
「ふー」
やれやれというように杉浦教頭はため息を付いた。
「不登校が増えているというのは知っておりますが、本校とは全く関係ないことです。
本校で知る限り、ここ数年不登校はありません。」
「何を持って不登校を定義しているかはわかりませんが、現にうちの純は行きしぶりにはなっていて、不登校になるかもしれない瀬戸際です。それで本日はお伺いしたのです」
「大多数の子は元気に学校に通えていますよ。それはお宅の家庭に問題があるんじゃないですか?」
「なにお!?」
思わず俺は椅子から腰を上げた。
杉浦教頭もゆっくりと立ち上がった。
その時応接室の扉が静かに開いた。
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登場人物紹介

河原隆太 :IT会社の課長。子供の頃から野球で鍛え、体育会系気質。

新島清美 :河原の部下。姉御的な存在でメンバーから慕われている。

野々村貴文:河原の部下。入社3年目の若手プログラマ。

木谷部長 :河原の元上司。今でも河原のことを気にかけてくれる。

梶谷常務 :河原が担当している客先の常務。河原とは事あるごとに対立。

河原優紀子:隆太の妻。隆太とは社内結婚で新島が元指導員。控えめな性格だが芯が強い。

河原純  :隆太の息子。小学二年生。真面目で優しい男の子。人見知り。

松井先生 :純の担任の教師。

吉見先生 :純の学校のカウンセラーの先生。

芦田母娘 :純の同級生の娘とその母。母は優紀子のママ友。

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