第1話 オレノコガッ!?

文字数 1,712文字

「こわい、こわいよ!!」
またかよ。。。
今日も小学2年生の息子が玄関で泣いている。
いや、泣き叫び、喚いている。

「学校怖いよ!いやだよぉ」
「何がそんなに嫌なの!今日は朝から学校行くって昨日言ったよね!?」
妻の優紀子が負けじとかなり切り声をあげた。
会社で知り合い付き合め、結婚してからもずっと穏やかで静かな性格の女性だったが、今はまなじりを上げて、玄関先でうずくまるわが子の腕を力任せに引っ張ている。

どうしてこんなことになったんだ。。。
息子の純は結婚8年目にして、俺が40歳になる間近で生まれた子供だ。
正直俺も妻の優紀子も子供は諦めかけていたころに突然授かった子供で、ありふれた言い方になるが目の中に入れても痛くないぐらい愛しい存在だ。
多少は甘やかした面もあったかもしれないが、そこはわが子の将来のためと思い、俺も妻も締めるところは厳しく躾けたつもりだ。同じ年代の子供よりも礼儀正しい子に育てたと思っている。

思えば純がミッション系の幼稚園に通っていた時は何ら問題はなかった。
入園したころは他の子達と同じように母親と離れたくない、と登園できないこともあったが、すぐに園に慣れ、毎日楽しく通うようになった。
少子化や共働き世帯の増加の影響もあってか、保育園に通う子が多いこのご時世。幼稚園は人数も少なく、園の個性を重視した教育方針の中でのびのび育った。
運動神経もよい方で、男の子たちの中ではリーダー的な存在だった。
優しく、女の子にもモテた。
バレンタインデーには、ませた女の子から沢山のチョコを貰ってきて、俺の子供の頃とは大違いだな、と喜んだ。

「あなたもぼっとしていないで、純に学校行くように言ってよ!」
俺は準備していた車のキーと鞄を、一旦脇に置いた。
「なぁ、純。なんで学校行きたくないんだ?お父さんは小学校からずっと一日も休まず、皆勤賞だったんだぞ。野球も雨の日も毎日通ったんだ。」
「怖い、怖いよ!」
息子は俺の話など全く耳に届いていないように玄関の扉に小さい手でしがみついている。
目には大粒の涙がポロポロとこぼれている。
「何が怖いんだ?友達か?友達にいじめられているのか」
「怖いの!怖いの!」
もう冷静に話せる状況ではない。
「ほら、今日こそは行くわよ」
妻が純の腕をさらに強く引っ張った。
「痛い、痛いよぉ」
「ほら、早く」
泣きじゃくる純の目から大粒の涙がそれ自体が生き物のように次々と生み出され、滝のように溢れ出していた。

俺はその様子を見て、内心深い溜め息をついた。
「なぁ優紀子、こんなに嫌がっているんだ。今日も行かないことにしたらどうだ。」
妻はキッと俺の顔を睨んだ。
「もう7日もまともに学校行けてないのよ。勉強が分からなくなってもいいの!?」
「そうは言っても純がこの様子だと無理だろう。また学校まで引っ張って行くわけにもいかないだろ。」
「今日もあなたが車で連れて行ってよ。」
「無理やり車に乗せても、車の座席にしがみ付いて降りないのはわかっているだろ。無理だよ」
2日前の月曜日、妻と二人で強引に純を車に押し込み学校の前まで車で行った。
しかし純は今と同じように泣き叫び、車のシートに子供とは思えぬ力でしがみつき、結局は車から降ろすことはできなかった。
物珍しいものを見るような小学生たちや、付近の住民の興味の目に、出社前からぐったりしてしまった。

妻は急に力が抜け、息子の腕を引っ張るのを止めた。
「とりあえず二人とも家の中に入って、落ち着くまで休んだ方がいいよ。」
息子の純はまだ玄関でうずくまって泣いている。
優紀子は放心したように玄関先で立ちすくんでいた。

「純、お父さんどうしても今日は朝一番でお客さんとの会議があって今から行くけど、帰ったら何が怖いか父さんに教えてくれ。」
置いていた鞄と車の鍵をとる。
「じゃ、優紀子悪いけど会社に言ってくる。学校への電話連絡忘れずにな。」
妻は力なく頷いた。魂が抜けたかのようだ。
本当はフレックス制度を利用して、少し遅れて出社したいところだが、今から客先との打ち合わせに遅れることはできない。車での移動時間を考えるともうタイムリミットだ。

まだ純がすすり泣いている声が聞こえる。
後ろ髪惹かれる思いで、玄関の扉を閉めた。
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登場人物紹介

河原隆太 :IT会社の課長。子供の頃から野球で鍛え、体育会系気質。

新島清美 :河原の部下。姉御的な存在でメンバーから慕われている。

野々村貴文:河原の部下。入社3年目の若手プログラマ。

木谷部長 :河原の元上司。今でも河原のことを気にかけてくれる。

梶谷常務 :河原が担当している客先の常務。河原とは事あるごとに対立。

河原優紀子:隆太の妻。隆太とは社内結婚で新島が元指導員。控えめな性格だが芯が強い。

河原純  :隆太の息子。小学二年生。真面目で優しい男の子。人見知り。

松井先生 :純の担任の教師。

吉見先生 :純の学校のカウンセラーの先生。

芦田母娘 :純の同級生の娘とその母。母は優紀子のママ友。

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