ルール・ザ・タイフーンⅠ
文字数 4,064文字
そのゲームは——強まる上昇気流によって発達した積乱雲が熱帯低気圧へと成長するかの如く、上り詰めたおじさんの情熱が大きな渦となって、ありとあらゆるものを巻き込むかのように催された。
そのゲームは——主にダイス……サイコロと、おじさんの想像力によって世界が構築され、人々は息づき、妖精は踊り狂い、夜の世界を魔が闊歩した。
おじさんは——そのゲームにおける神……万物の理を体現した、世界唯一の、絶対的支配者であった……。
俺と恭子はおじさんが主催するゲームをそう呼びあっていた。
だがその呼称はあくまでも俺と恭子、それとおじさんを始めとした家族のあいだでのみ通じる一種のニックネームのようなもので、そのゲームが本当はいったい何という名前のゲームなのか、どんなジャンルに属するゲームなのか、そもそも市販されていたゲームなのか、そうではないのか、そういったことすら当時から判然としていなかった。
そのため、俺が【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】について語れるのは、おじさんからの伝聞により知り得た話と、俺たちが実際に遊んだ小学一、二年生当時の情景、それら二種類の情報についての断片的な記憶のみとなる。
それでよければ可能な限り、ここに記してみようと思う。
その当時十四才、中学二年生だったおじさんは、数年前から戦争を題材としたボードゲーム……いわゆるシミュレーションゲーム……ウォー・ゲーム、ウォー・シミュレーションゲームなどとも呼ばれるホビーにハマっていたのだが、秋もそろそろ終わりかといった休日にフラリと立ち寄ったショッピングセンターのおもちゃ売り場で偶然見つけたソレ……SFスペースオペラを題材とした【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】タイプの海外ゲームを欲望のおもむくままに衝動買いしたのが、本人いわく、人生を変える運命の出会いとなったの~、だとか、ならなかったの~、だとか、あれあれ~? どっちなの~? ってな感じだったようだ。
……なんだよ、それ?
SF心をくすぐるこのゲーム~、多少毛色が違うようだけれど~、ウォー・ゲームと並べて売られていたからには~、どこかしら似たようなものに違いないの~。
さっさとルールを覚えてしまって~、ドキドキワクワクな未来宇宙の冒険旅行とやらを楽しませてもらおうじゃないの~。
予備知識も無く購入したというのに、そんな調子で高を括っていたおじさん。
ところが、いざ遊ぼうとルールブックに目を通したは良いものの、案に相違して一向に歯が立たなかったため、慌てて行きつけのホビーショップに駆け込んで、シミュレーションゲーム関連の雑誌を最新号からバックナンバーまでありったけ買い込んで、関連する特集記事やゲームプレイの再現記事などを読み漁ることによって、ようやっとのこと、そのゲームが提示している新たな概念を理解することができたのだそうだ。
思わぬかたちで未知との遭遇を果たしたおじさんは、興奮のあまり同種の国産ゲームを次々と購入してはルールブックを読み込み、そこから発展させた空想の世界に浸っては一人悦に入る日々を送っていたのだとか。
そうこうするうち三年生へと進級し、梅雨時を迎えたある日のこと。
いつものホビーショップに足を運んで、入荷されたばかりの、ファンタジーを題材とした【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】タイプの海外ゲームを購入したおじさんは、それを機に一度は自分でもゲームをプレイしてみようと思い立ったらしいのだが……。
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