ルール・ザ・タイフーンⅢ
文字数 4,545文字
かくして【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】なるものがこの世に誕生した……してしまった、ようだ。
正確にはおじさんが高校三年生に進級した昭和六十三年、西暦にして1988年にその産声を上げたらしいのだが……うーん、こうしてみると、やはり市販されているゲームだとは思えないな。
それどころか、ゲームとしての体を成していたのかすら怪しいものである。
まあ、それはさておき、そんな【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】に手を入れては、理想とする世界をコツコツ拡げていったおじさん。
だが残念なことに、どれだけ熱心に誘ってみても、誰一人としてプレイしてはくれなかったそうだ。
いや、実際には何人かいたらしいのだが、ゲームを開始してからいくらもしないうちに、全員がため息をつきながらその場を去っていったのだとか。
その気持ち、少なくとも俺や恭子ならば理解できる。
ちなみに大学時代の合コンで出会ったばかりの都内の体育大生も誘ったらしいのだが、素っ気ない態度で断られたそうである。
もしそこで、その体育大生……順子さんが【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】に出会っていたら、恭子がこの世に存在していなかったこと、マ、ジ、請け合いである。
さて、その後も深い海の底で人知れず熟成を重ねていった【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】。
その【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】が陽の目を浴びるときが、誕生から十年の歳月を経て、ようやく訪れることになる。
きっかけは俺と恭子の出会いであった。
親父との別居生活以降、恭子たち一家との親睦を深める一方となった俺とオフクロ。
そのうち特に男の子である俺という存在は恭子の父親……おじさんの心の琴線に思いっきり触れてしまったのだという。
そんな甘言に乗せられた俺と恭子は、おじさんの画策したとおりにまんまと反応して、地獄への片道切符を手にすることになる。
そうしておじさんの創造した世界、【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】の世界をめぐる、俺と恭子の冒険の旅が始まってしまったのだ。
このような虚無と混沌と怨嗟と絶望に満ちたやり取りが二年近くものあいだ繰り返されたならば、小学校低学年の児童が【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】と耳にするだけで、心の底からうんざりするのも無理からぬことだとご理解頂けるのではないだろうか。
やがて俺と恭子は【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】襲来に備えるべく、おじさんには内緒で【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】警報センターを共同設立、【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】が催される日時を事前に察知すべく、おじさんの言動を観測、情報を収集、分析しては予報を立て、【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】警報発令時には、二人して暴風警戒域から湾外避難する船舶のごとく、どこぞへと行方をくらますようになったのだった。
これにはおじさんもさすがに堪えたらしく、それから程なくして【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】は、ややあっけないながらも感動に満ちた大団円を迎え、そののち再び深い海の底へと沈められたのであった。
俺たちのささやかな抵抗が、荒れ狂う【たいようのけんし、ほしのまじゅつし】を制したのだ。
バンザーイ!
めでたしめでたし。
なぜ今頃になってソレを夢に見たりしたのか。
おそらくは、にょろ2のグサッ、とも関係なくはないのだろうが、いまさら真相を突き止める意欲も勇気も、そのかけらも残滓もない。
刺された身としては二度とごめんなんだよ、あのグサッ、に関わるのはさ。
ああ、ヘタレと呼ぶがいい。
それがどうした、ぴーひょろろー。
その気持ち、良くわかる。
だから道連れにしてやったのだ。
フフ、フフフフフ。
『太陽の剣士、星の魔術師』
それがその小説のタイトル
自費出版で印刷部数は数百冊……だったかしら、かかった費用はトータルで百万ちょっと、とか言ってたわねえ
ツノを生やした順子に首を絞められた挙句に、数年間小遣い無しになったって愚痴っていたけど
ああ、そうそう、私たち以外にも自分や順子の職場の同僚やら、それぞれの学生時代の友人やら、そのご家族にも配ったり、それでも百冊単位で余ったぶんを何かのイベントに持ち込んで配布したらしいんだけど、半日もかからずに配りきれたんですって
あの小説、文体がなんちゃって古風だし、最後もいささか唐突な終り方だったから、そんなに良い出来だとも思わなかったけど、装丁だけはしっかりしていたから、そこまで意外な気はしないわね
ウフフ、どう? 物語の主人公になった気分は?
……なんてこった。
おじさん、アンタのバイタリティ、凄すぎだよ。
まいった、本当にまいった。
だが、そうか。
最後は唐突な終り方、か。
もうちょっとだけ、続けてあげても良かったかな……。
なんだかんだ言っても、今となっては楽しい思い出なのかもしれない。
もう一度あのゲームを遊んでみたいような、みたくないような……。
芝生に横たわっているにょろへと目を落とす。
死んでいるわりには朗らかに眠り込んでいた。
辛いときは~、口笛吹くのだ~、ぴーひょろろー。
おーい、恭子! そろそろ行こうぜ!
そのぶん遅れを取り戻さなきゃな。
まあ、上映時間には十分に間に合うだろうけど、せっかくの休日なのに映画だけで終わるっていうのもナンだしな。
いつまでたっても返事を返さない恭子へと目を向ける。
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