第77話 鹿の正体
文字数 2,662文字
ミケルは王からの依頼を聞くと、まずそれとなくエサルの情報を集めた。だが、エサルは狐達の縄張りにいることが多い以外は、あまり特定の場所に出入りしている情報はなく、そもそも見つけるのもかなり難しかった。
ミケルはとりあえず、エサルの縄張りの近くを見張り、彼をつけることにした。だが、見張りをしていてわかったのがエサルはほとんど縄張りに帰ってこないということだった。出るとほぼ一日帰ってこない。
なのでミケルはエサルが縄張りを出るタイミングを用心深く見守り、その後をなんとかつけた。エサルは用心深く、どこに向かう際にも一度周りを確認する。
幸いミケルはかなり小さいため、離れれば見つからない状態で済んだ。そうしてエサルを追いかけていたミケルはある日決定的瞬間を目にする。
それは、森と町の境界線にエサルが出て行った時だった。エサルは森から出ると、近くの草むらに身を潜めていた。ミケルはその様子を森の中から見つめる。
――エサルは一体何をしているんだ?
と次の瞬間、草むらの中から一人の男が出てきた。男の顔は遠くて確認できなかったが、人間なことは遠目でもわかった。
ミケルは我が目を疑ったが、一方その男は当たりを見渡して何もないと判断して、そのまま町の方に向かって行った。
エサルは得体が知れないと感じていたミケルだったが、まさか人間になれるとは思っていなかった。ミケルは町の中まで追うと勘づかれると思い、森の中で、エサルが帰って来るのを待った。
エサルは数時間後に帰って来ると、今度は人間の姿からまた狐に戻り、何食わぬ顔で森の中に入って行った。
ミケルはその後も、エサルの行動をずっと追いかけて行ったが、決定的な瞬間はそこからさらに一日後だった。
その日、エサルは森にいて、自身の縄張りを出ると、そのままファンネルのいる縄張りの方へと向かった。ミケルはまた気づかれないように距離をとって追いかける。
ファンネルの縄張りへと着くとエサルは周りを確認して、瞬時に姿を王へと変えた。ミケルは驚いたが、声を上げないように見ていた。
ファンネルの衝撃波のようなものが来たが、そんなものは意に解さず、エサルはどんどんファンネルの縄張りの中へと入って行く。
ミケルは様子を見計らい、ファンネルの縄張りの近くへと入って行った。すると、ファンネルとエサルの話す声が聞こえた。
「いい様だな」
声は完全に王の声だったが、ミケルはエサルの声だとわかった。ファンネルはなぜか返事をしない。
「相変わらずダンマリか。まあいい。この前も言ったように、誰かに助けを求めようなどと考えないことだ」
ミケルは二匹がどうやって対峙しているのか見るために近くの木の上からこっそりと様子を身始めた。
ファンネルは返事こそしないが、敵意を剥き出しにしている。瞬間、ファンネルが王へと飛びかかった。しかし、エサルはそれを軽くいなすと、
「おや、約束を忘れたか? 私に手を出したら、鹿たちがどうなるか、忘れたわけではあるまい」
ファンネルは言われると、引き下がった。ミケルはもどかしかった。目の前の王は王ではない。
しかし、これをもし自分が今伝えても、エサルにすぐ殺されてしまうことは明白だった。とすれば、ここは我慢して王に伝える他ない。
だが本当はといえばミケルは今すぐにファンネルにエサルを殺して欲しかった。そんな思いを込めながら、ファンネルを見ていると、ミケルはある違和感を覚えた。それはファンネルの癖だ。
ミケルが見ているファンネルはもどかしそうに、後ろ足で地面を掘るように蹴る動作をしていた。ミケルはそもそも、イルクを含め鹿たちとかなり仲が良かった。だからこそあのファンネルがしている動作には見覚えがあった。しかし……。
――あれはファンネルさんの癖じゃない……。
そのうち、エサルはもう十分と見たのか、ファンネルの元を去り、その場にはミケルとファンネルだけになった。
ファンネルも立ち去ろうとしたが、ミケルは我慢ができずにファンネルの元へと行ってしまった。
「待って!」
ミケルは鹿たちの言葉を話すことができた。ファンネルは振り返る。そしてミケルだとわかると、あっちへ行けと言わんばかりに追いやる動作をしてそのまま戻ろうとした。ミケルは問いかける。
「あなたは、ファンネルじゃない。そうなんでしょ」
ファンネルは立ち止まる。
「あなたは兄のヒクルさんなんでしょう? なぜ妹のふりをしているのです?」
すると、ファンネルは鬼の形相でミケルを見つめ、とうとう喋り出した。
「なぜだ」
この瞬間ミケルは自分の考えに確信を持った。声がまるで違うのだ。ファンネルの声はもっとたかかった。ミケルは答える。
「その足の癖、その声、やっぱりヒクルさんだ」
ヒクルは少し落ち込んでいた。
「思わぬところで出てしまうものだ」
ミケルは尋ねる。
「なぜ彼女のふりをしているんです?」
ヒクルは言う。
「王から守るためだ。見ていたのだろう?」
ミケルは頷いた。
「でも、あれは王ではありません」
ヒクルはそれに驚いた。
「どう言うことだ?」
ミケルはエサルの経緯を説明する終わるとヒクルは言葉を失っていた。
「そこまで憎かったのか、卑劣なやつだ」
ミケルは言う。
「王に助けてもらいましょう」
ヒクルは笑った。
「馬鹿をいうな、こうなったのも元はといえば王がイルクを殺したせいだ。やつに助けなど求めん」
ミケルは尋ねる。
「本物の彼女はどこにいるのですか?」
ヒクルは答えない。
「それは答えられない。いえばそれを王に伝えるだろう」
ミケルは項垂れた。イルクを殺したのがエサルではなく、ガルムである以上、ここは埋まらない溝のような気がしたのだ。ミケルは言う。
「仮に本当に王が、ファンネルを救おうとしていたとしてもですか? 今王は皆の反対を押し切ってなんとかしてファンネルを救おうとしています」
ヒクルは首を振る。
「仮にそうだとしても、秘密を知るものは少なければ少ないだけいい」
ミケルは言う。
「あなたを殺すように、エサルはしむけています。いずれ人間たちにあなたが殺されてしまう」
ヒクルは頷いた。
「賢いやり方だ。跡が残らない」
「死ぬのは怖くないのですか?」
「俺の役目は元々イルクの護衛だ。それができなかった俺に妹が、別の役目をもたらしてくれた。俺がこのまま死ねば、妹のことは誰も探さない。それでいいんだ」
ヒクルの言い分にも一理あるように思えた。ミケルは言った。
「わかりました。でもこのことは王に伝えますよ。」
ヒクルは頷いた。
ミケルはとりあえず、エサルの縄張りの近くを見張り、彼をつけることにした。だが、見張りをしていてわかったのがエサルはほとんど縄張りに帰ってこないということだった。出るとほぼ一日帰ってこない。
なのでミケルはエサルが縄張りを出るタイミングを用心深く見守り、その後をなんとかつけた。エサルは用心深く、どこに向かう際にも一度周りを確認する。
幸いミケルはかなり小さいため、離れれば見つからない状態で済んだ。そうしてエサルを追いかけていたミケルはある日決定的瞬間を目にする。
それは、森と町の境界線にエサルが出て行った時だった。エサルは森から出ると、近くの草むらに身を潜めていた。ミケルはその様子を森の中から見つめる。
――エサルは一体何をしているんだ?
と次の瞬間、草むらの中から一人の男が出てきた。男の顔は遠くて確認できなかったが、人間なことは遠目でもわかった。
ミケルは我が目を疑ったが、一方その男は当たりを見渡して何もないと判断して、そのまま町の方に向かって行った。
エサルは得体が知れないと感じていたミケルだったが、まさか人間になれるとは思っていなかった。ミケルは町の中まで追うと勘づかれると思い、森の中で、エサルが帰って来るのを待った。
エサルは数時間後に帰って来ると、今度は人間の姿からまた狐に戻り、何食わぬ顔で森の中に入って行った。
ミケルはその後も、エサルの行動をずっと追いかけて行ったが、決定的な瞬間はそこからさらに一日後だった。
その日、エサルは森にいて、自身の縄張りを出ると、そのままファンネルのいる縄張りの方へと向かった。ミケルはまた気づかれないように距離をとって追いかける。
ファンネルの縄張りへと着くとエサルは周りを確認して、瞬時に姿を王へと変えた。ミケルは驚いたが、声を上げないように見ていた。
ファンネルの衝撃波のようなものが来たが、そんなものは意に解さず、エサルはどんどんファンネルの縄張りの中へと入って行く。
ミケルは様子を見計らい、ファンネルの縄張りの近くへと入って行った。すると、ファンネルとエサルの話す声が聞こえた。
「いい様だな」
声は完全に王の声だったが、ミケルはエサルの声だとわかった。ファンネルはなぜか返事をしない。
「相変わらずダンマリか。まあいい。この前も言ったように、誰かに助けを求めようなどと考えないことだ」
ミケルは二匹がどうやって対峙しているのか見るために近くの木の上からこっそりと様子を身始めた。
ファンネルは返事こそしないが、敵意を剥き出しにしている。瞬間、ファンネルが王へと飛びかかった。しかし、エサルはそれを軽くいなすと、
「おや、約束を忘れたか? 私に手を出したら、鹿たちがどうなるか、忘れたわけではあるまい」
ファンネルは言われると、引き下がった。ミケルはもどかしかった。目の前の王は王ではない。
しかし、これをもし自分が今伝えても、エサルにすぐ殺されてしまうことは明白だった。とすれば、ここは我慢して王に伝える他ない。
だが本当はといえばミケルは今すぐにファンネルにエサルを殺して欲しかった。そんな思いを込めながら、ファンネルを見ていると、ミケルはある違和感を覚えた。それはファンネルの癖だ。
ミケルが見ているファンネルはもどかしそうに、後ろ足で地面を掘るように蹴る動作をしていた。ミケルはそもそも、イルクを含め鹿たちとかなり仲が良かった。だからこそあのファンネルがしている動作には見覚えがあった。しかし……。
――あれはファンネルさんの癖じゃない……。
そのうち、エサルはもう十分と見たのか、ファンネルの元を去り、その場にはミケルとファンネルだけになった。
ファンネルも立ち去ろうとしたが、ミケルは我慢ができずにファンネルの元へと行ってしまった。
「待って!」
ミケルは鹿たちの言葉を話すことができた。ファンネルは振り返る。そしてミケルだとわかると、あっちへ行けと言わんばかりに追いやる動作をしてそのまま戻ろうとした。ミケルは問いかける。
「あなたは、ファンネルじゃない。そうなんでしょ」
ファンネルは立ち止まる。
「あなたは兄のヒクルさんなんでしょう? なぜ妹のふりをしているのです?」
すると、ファンネルは鬼の形相でミケルを見つめ、とうとう喋り出した。
「なぜだ」
この瞬間ミケルは自分の考えに確信を持った。声がまるで違うのだ。ファンネルの声はもっとたかかった。ミケルは答える。
「その足の癖、その声、やっぱりヒクルさんだ」
ヒクルは少し落ち込んでいた。
「思わぬところで出てしまうものだ」
ミケルは尋ねる。
「なぜ彼女のふりをしているんです?」
ヒクルは言う。
「王から守るためだ。見ていたのだろう?」
ミケルは頷いた。
「でも、あれは王ではありません」
ヒクルはそれに驚いた。
「どう言うことだ?」
ミケルはエサルの経緯を説明する終わるとヒクルは言葉を失っていた。
「そこまで憎かったのか、卑劣なやつだ」
ミケルは言う。
「王に助けてもらいましょう」
ヒクルは笑った。
「馬鹿をいうな、こうなったのも元はといえば王がイルクを殺したせいだ。やつに助けなど求めん」
ミケルは尋ねる。
「本物の彼女はどこにいるのですか?」
ヒクルは答えない。
「それは答えられない。いえばそれを王に伝えるだろう」
ミケルは項垂れた。イルクを殺したのがエサルではなく、ガルムである以上、ここは埋まらない溝のような気がしたのだ。ミケルは言う。
「仮に本当に王が、ファンネルを救おうとしていたとしてもですか? 今王は皆の反対を押し切ってなんとかしてファンネルを救おうとしています」
ヒクルは首を振る。
「仮にそうだとしても、秘密を知るものは少なければ少ないだけいい」
ミケルは言う。
「あなたを殺すように、エサルはしむけています。いずれ人間たちにあなたが殺されてしまう」
ヒクルは頷いた。
「賢いやり方だ。跡が残らない」
「死ぬのは怖くないのですか?」
「俺の役目は元々イルクの護衛だ。それができなかった俺に妹が、別の役目をもたらしてくれた。俺がこのまま死ねば、妹のことは誰も探さない。それでいいんだ」
ヒクルの言い分にも一理あるように思えた。ミケルは言った。
「わかりました。でもこのことは王に伝えますよ。」
ヒクルは頷いた。