第82話 女鹿の守り

文字数 1,752文字

 小屋でマリウスとデルアートは獣達に当たりを囲まれたまま出れずにいた。
「大丈夫か?」
 マリウスは命に別状はないとはいえ、かなり傷を負っていて、自分で立って歩けるような状態ではない。彼はふと疑問を口にした。
「なんで襲ってこないんだろう」
 デルアートもそれを不思議に思っていた。
「そうだな。奴らの感じからしたら突っ込んできそうだが……」
 外では動物達の吠える声が確かに聞こえるのに決して小屋を壊そうとしないのが逆に不気味だった。するとゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてくる。
 足音は小屋の扉の前でぴたりと止まる。デルアートはマリウスを後ろに隠す。するとバァンと扉が開けられ、そこには瘴気を放つ白い雌鹿が立っていた。マリウスは雌鹿を一目見るなり呼びかけた。
「どうして来たんだ。ファンネル」
 ファンネルはゆっくりとマリウスとデルアートを見ると、デルアートに目でついてくるように促す。
 デルアートはゆっくりとマリウスを背負ってファンネルの後についた。デルアート達が外に出ると小屋の外では獣達が、小屋に近づけずにいた。
「これは……」
 デルアートが恐る恐る見ると、小屋の周囲に丸く線が引かれていてそこから中に他の獣が入ってこれないような状態だった。
 外にはガルムを含め五匹の狼とその他五匹ほどの獣たちがが辺りを囲っている。
 ファンネルがホウっと息を吐くと、そこから丸い円が広がって、小屋の周りの地面に半径十メートル程の円になるまで広がった。
 ファンネルはマリウスとデルアートにそこに入るように促す。そして自身もその円の内側に入ると、小屋に近づけなかった獣が小屋に近づけるようになっていた。
 代わりに獣たちは小屋の隣のファンネル達のいる空間にはどうしても近づけなくなった。デルアートは驚く。
「これが君の能力なんだね……」
 だがファンネルの顔は険しかった。ガルムはあまり焦った様子もなく、近くの狼に合図をする。
 すると周りの二匹の狼が、ガルムに近づく。ガルムは瘴気を一気に噴出させて、自身を含めた三匹の周囲を黒い瘴気で包み込んだ。
 そして数秒後、瘴気からガルムが姿を現す。その姿はさっきまでとは違い、三周りほど大きい狼の体に頭が三つついた状態になっていた。
「これは……」
 デルアートは恐れに思わず後退りする、ガルム以外のオオカミの首は正気を失ったように涎を垂れ流して、歯軋りしていた。
 そのままガルムはファンネル達に向かって突進する。
 するとファンネルの描いた円に入ろうかという瞬間ガルムは何かに当たったように倒れた。
 デルアートは一安心したが、よく見ると空気中にヒビのようなものがあるのに気づいた。
――持たない。
 ファンネルはそう判断すると、デルアート達に逃げるように目で合図する。デルアートはマリウスを担ぐと、ファンネルを背にして歩き出した。
 ガルムは気にせず立ち上がると、また距離をとってから突進する。衝撃音と共にヒビのサイズが先ほどより大きくなる。
 ファンネルは次で破られると確信して、デルアート達を守るように前に立った。デルアートはなんとかマリウスを担いで町の方へと向かおうとする。
 ガルムはまた立ち上がってデルアート達が逃げようとしているのを見つけると、今度は他の狼に回り込んで追うように指示する。
 残りの獣の中に覚醒している獣はいなかったが、狼や猿、狐達がデルアート達を回りこんで追う。そして、ついに三回目のガルムの突撃で、ファンネルの作っていた空気の壁が完全に破れた。ガルムはそこから中に入って来る。
 そこを狙いすましてファンネルはガルムの顔をに後ろげりをお見舞いした。
 ガイルは後ろに吹き飛んだが、すぐにニヤニヤと笑って立ち上がる。
――まずいな……少なくとも私より強い……。
 ファンネルはなんとかマリウス達の逃げ道を確保するつもりだったがガイルを抑えるだけで精一杯になることは自分でもわかっていた。
 デルアートはマリウスを背負って必死に走ったが、獣達に囲まれてしまう。デルアートは万事休すと感じたが、なんとかマリウスを庇うために自分の後ろに隠す。
 オオカミの一匹が襲い掛かろうと飛び上がったが、そこに後方から銃弾が命中する。デルアートが驚いて撃たれた方向を見ると、サラが離れたところから銃を構えていた。
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