第六話 真実

文字数 1,341文字

 ソファに座って一人ぼんやりとテレビを観ていた、そんなある日の午後。私のスマホが久し振りにピロンピロンとメッセージの受信を知らせた。私はハッとして期待に胸を膨らませつつ画面を開いた。果たしてそれは、にゃあごさんからのものであった。
 私はさっそく老眼鏡をかけてメッセージを読む。しかしそこには、意外な事が書かれていた。

「突然すみません、ミイパパさんですよね。私は『にゃあご』の娘で、太田元子と申します。連絡先も何も存じませんので、こんなところから失礼します。    
 実は母が、5日前に亡くなりました。半年ほど入院しておりましたが、その間にフェイスブックの方でミイパパさんにずいぶんお世話になっていたようで。
『本や映画の話ができる、楽しいお友達ができたの』と、生前の母はうれしそうに話しておりました。『でもおそらくお若い方だから、自分の年齢は内緒なの』とも言っておりましたね。
 母はミイパパさんとの毎日のやり取りをとても楽しみにしており、辛い入院生活の中でもずいぶん励まされたのだと思います。
 今まで本当にありがとうございました。母松山真知子は、69歳の生涯を、無事安らかに終えることができました。」
  
 読み終えた私は老眼鏡を外した。すると目の前が霞んでメッセージが読めなくなった。しかしそれは視力のせいだけではなかった。私の目からは涙がつぎつぎとあふれ、こぼれ落ちていくのであった。

 若くて元気だと思い込んでいたにゃあごさんは、死に瀕した69歳の真知子さんであった。そして私は、そんな彼女の苦しみに一切気付かず、のんきな事ばかり書いていたのだ。
 
 私は胸が苦しくなりソファから立ち上がる事もできずに、俯いてただ涙を流していた。すると、スマホがピロンピロンと鳴った。私は反射的にメッセージを開いた。にゃあごさんだった。

「ミイパパさん。あなたのおかげで、私の人生の最後はあたたかく幸せなものとなりました。次に生まれ変わった時には、ぜひ実際にお会いしてお話ししたいと思います。
 その時には、今みたいなお婆さんではなく、若い娘として。精いっぱいのお洒落をして。だから今度は、一緒に映画を観に行きましょうね。それではまた、いつかどこかで。にゃあご改め、松山真知子より」

 もちろん、真知子さんの娘さんが私を気遣って書いてくれたのだろう。それはわかっている。だが、しかし。私は、本当ににゃあごさんが私にあてたメッセージなのだと、今でも信じている。

 恋、と呼ぶのは、違うのかも知れません。私のようなお爺さんが言うのもおかしい事でしょう。ただ、にゃあごさんの存在が、私の中で日を追うごとに、どんどん大きくなっているのも事実です。

 何日か(のち)、私はにゃあごさんのメッセージに返信しました。

「にゃあごさん。私は、あなたのことが、とても好きでした。私にとっては、あなたが、人生最後の恋でした。感謝しています。ありがとう。」

 翌朝見ると、既読が付いていました。

 ふと見れば、窓の外は明るい陽射しで満たされています。3月になり、風はまだ冷たいながらも、そろそろ春の気配が近づいているようです。うちのミイは、陽だまりの出窓の上でスヤスヤと寝ています。
 私は今日からまた、ウォーキングに出かけようと思います。

(了)




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