第8話
文字数 632文字
☆
あの頃に戻れると思っていた。
俺は五十六歳になった年にメンテナンスをして、二十五歳の身体を手に入れた。
気力も蘇り、全てが輝いて見えた。
那美と、よりを戻した当初。
俺は失った日々を取り戻せると信じていた。
だが、エデンの園の住人たちからは欲望が無くなる。
永遠という時間が誕生した時、人類から未来という希望が消えた。
俺と那美は九十六歳になっていた。
昼過ぎに目覚める。心地好いバイオリンの音色。古い楽曲が流れ、家の隅々まで共鳴して俺を歓迎してくれている。
キッチンのオーブンを開けると、出来たての人工肉のロースト。焼きたてのパンに、お気に入りのワイン。
微風のような空気が漂う。
何もかもがスムーズに展開していく世界。
永遠の未来が時間を止めてしまったのかも知れない。
張り合いのない暮らし。
生活している実感がない。ただ、日暮れを待つ毎日。目的が無く、一日が過ぎてゆく。
べットの中で脚を絡めてくる那美。答えを期待している訳ではなかった。ただ、俺は言葉を口にしたかった。
きっと、その時の俺は夢の中の道を歩いていたんだ。
「なぁ。俺達の子供、つくらないか」
那美の熱く火照った肌が離れていく。枕にうずめていた頭をあげ、ジッと俺を見詰める那美。肩まである黒髪を束ねる。
街の灯かりが滲む窓ガラスを眺めながら冷たい口調で言った。
「なぁによぉ。それっ。プロポーズのつもり。健一、いつ、メンテナンスしたの」
あの頃に戻れると思っていた。
俺は五十六歳になった年にメンテナンスをして、二十五歳の身体を手に入れた。
気力も蘇り、全てが輝いて見えた。
那美と、よりを戻した当初。
俺は失った日々を取り戻せると信じていた。
だが、エデンの園の住人たちからは欲望が無くなる。
永遠という時間が誕生した時、人類から未来という希望が消えた。
俺と那美は九十六歳になっていた。
昼過ぎに目覚める。心地好いバイオリンの音色。古い楽曲が流れ、家の隅々まで共鳴して俺を歓迎してくれている。
キッチンのオーブンを開けると、出来たての人工肉のロースト。焼きたてのパンに、お気に入りのワイン。
微風のような空気が漂う。
何もかもがスムーズに展開していく世界。
永遠の未来が時間を止めてしまったのかも知れない。
張り合いのない暮らし。
生活している実感がない。ただ、日暮れを待つ毎日。目的が無く、一日が過ぎてゆく。
べットの中で脚を絡めてくる那美。答えを期待している訳ではなかった。ただ、俺は言葉を口にしたかった。
きっと、その時の俺は夢の中の道を歩いていたんだ。
「なぁ。俺達の子供、つくらないか」
那美の熱く火照った肌が離れていく。枕にうずめていた頭をあげ、ジッと俺を見詰める那美。肩まである黒髪を束ねる。
街の灯かりが滲む窓ガラスを眺めながら冷たい口調で言った。
「なぁによぉ。それっ。プロポーズのつもり。健一、いつ、メンテナンスしたの」