第1話
文字数 1,214文字
黄泉比良坂の住人たち
べットの中で脚を絡めてくる那美。答えを期待している訳ではなかった。ただ、俺は言葉を口にしたかった。
きっと、その時の俺は夢の中の道を歩いていたんだ。
「なぁ。俺達の子供、つくらないか」
那美の熱く火照った肌が離れていく。枕にうずめていた頭をあげ、ジッと俺を見詰める那美。肩まである黒髪を束ねる。
街の灯かりが滲む窓ガラスを眺めながら冷たい口調で言った。
「なぁによぉ。それっ。プロポーズのつもり。健一、いつ、メンテナンスしたの」
ハッとした。突然、現実が鮮やかに立ち上がり、俺の眼前を覆いつくす。
大昔のホームドラマの風景。家族が食卓を囲み、談笑する世界はなかった。
俺の夢の中の子供達には顔がない。
ベットであぐらをかき座っている那美が言った。
「いいよ。あたしは。健一と一緒に逝くなら。教会も、もう決めてあるんだっ」
飛びついて抱きつき、俺の胸に顔をうずめる那美。那美の腋の下から、女の生暖かい薫りが匂いたつ。俺は那美を抱きしめ激しく口づけをする。
窓の外に広がる街の夜景。何本ものタワーが煌めく。コスモポリタンの摩天楼。幾つもの流星が闇の彼方へと消えていく。
眼下には、漆黒の地平線。
俺と那美は永遠の暗闇へと堕ちて逝く。
☆
成り行きで、こうなってしまった。しかし、後悔はしていない。
翌日。雲一つない青空が広がっている。煌びやかな建造物が建ち並ぶ。整然とした街並み。先の見えない真っ直ぐな道が白く続く。塵一つない街に太陽の光が音も無く、降り注いでいる。
色のない世界。
今日は一日中、那美の買い物に付き合う事になった。
那美が真っ先に向かったのは街の中の手芸品店だ。産まれてくる子の為に産着を作るらしい。随分と気の早い話だ。
まだまだ、やらなければいけない事は沢山あるのに。
☆
そういえば遠い昔。俺の母親が生きていた時代。母が言っていた。
『あんたの御婆さん。私が嫁いで来て直ぐに、産着を沢山作ったんだよ。翌年には亡くなっちゃったから。あんたには逢えなかったけどね』
まだ、人間にもなっていない俺に、沢山の愛情を注いでくれた御婆さんがいた。
女の性 なのかも知れない。
☆
「ねぇ、健一。今夜は贅沢しょう」
重い鎖を断ち切った仔犬のようにスキップしながら大通りを歩く那美。振り向きざまに満面の笑顔で言った。
服や装飾品に全財産を使い果たすような勢いで買い物をした那美。ディナーは俺の財布をあてにしている。
街には煌びやかな建造物が建ち並ぶ。先の見えない白く続く真っ直ぐな道。整然とした街並み。
色のない世界。
ショッピングセンター。駅。遊園地。街の中にいる人間は俺と那美だけ。
俺は那美となら、あの時に戻れる気がした。
「ねぇ、健一。今夜は贅沢しょう」
「あぁ。そうだな」
べットの中で脚を絡めてくる那美。答えを期待している訳ではなかった。ただ、俺は言葉を口にしたかった。
きっと、その時の俺は夢の中の道を歩いていたんだ。
「なぁ。俺達の子供、つくらないか」
那美の熱く火照った肌が離れていく。枕にうずめていた頭をあげ、ジッと俺を見詰める那美。肩まである黒髪を束ねる。
街の灯かりが滲む窓ガラスを眺めながら冷たい口調で言った。
「なぁによぉ。それっ。プロポーズのつもり。健一、いつ、メンテナンスしたの」
ハッとした。突然、現実が鮮やかに立ち上がり、俺の眼前を覆いつくす。
大昔のホームドラマの風景。家族が食卓を囲み、談笑する世界はなかった。
俺の夢の中の子供達には顔がない。
ベットであぐらをかき座っている那美が言った。
「いいよ。あたしは。健一と一緒に逝くなら。教会も、もう決めてあるんだっ」
飛びついて抱きつき、俺の胸に顔をうずめる那美。那美の腋の下から、女の生暖かい薫りが匂いたつ。俺は那美を抱きしめ激しく口づけをする。
窓の外に広がる街の夜景。何本ものタワーが煌めく。コスモポリタンの摩天楼。幾つもの流星が闇の彼方へと消えていく。
眼下には、漆黒の地平線。
俺と那美は永遠の暗闇へと堕ちて逝く。
☆
成り行きで、こうなってしまった。しかし、後悔はしていない。
翌日。雲一つない青空が広がっている。煌びやかな建造物が建ち並ぶ。整然とした街並み。先の見えない真っ直ぐな道が白く続く。塵一つない街に太陽の光が音も無く、降り注いでいる。
色のない世界。
今日は一日中、那美の買い物に付き合う事になった。
那美が真っ先に向かったのは街の中の手芸品店だ。産まれてくる子の為に産着を作るらしい。随分と気の早い話だ。
まだまだ、やらなければいけない事は沢山あるのに。
☆
そういえば遠い昔。俺の母親が生きていた時代。母が言っていた。
『あんたの御婆さん。私が嫁いで来て直ぐに、産着を沢山作ったんだよ。翌年には亡くなっちゃったから。あんたには逢えなかったけどね』
まだ、人間にもなっていない俺に、沢山の愛情を注いでくれた御婆さんがいた。
女の
☆
「ねぇ、健一。今夜は贅沢しょう」
重い鎖を断ち切った仔犬のようにスキップしながら大通りを歩く那美。振り向きざまに満面の笑顔で言った。
服や装飾品に全財産を使い果たすような勢いで買い物をした那美。ディナーは俺の財布をあてにしている。
街には煌びやかな建造物が建ち並ぶ。先の見えない白く続く真っ直ぐな道。整然とした街並み。
色のない世界。
ショッピングセンター。駅。遊園地。街の中にいる人間は俺と那美だけ。
俺は那美となら、あの時に戻れる気がした。
「ねぇ、健一。今夜は贅沢しょう」
「あぁ。そうだな」