第4話

文字数 3,361文字

 アルフォード孤児院。ガンマの実家であり、世界の中心かつ交易の拠点として栄えている村であるキャロの、村外れに位置する建物。孤児たちの住まう場所。
 夕食どきの今、その窓からはランタンの明かりが漏れている。子供たちの声は夕食の感想を楽しげに伝えていて、ひっきりなしに響く食器の音も相まって賑やかだ。
 どうやら孤児院の資金繰りは、最近とくに問題ないらしい。しばしばガンマの両親を悩ませている金の問題も、今はなりを潜めてくれているようだ。

 ガンマがドアをノックして、少し待つと……子供がドアを開けた。
「ただいま、フレシェ」
 実家たる場所にたどり着いたことで緊張が解けたのか、心なしか柔らかい声で、ガンマがその子供……フレシェに挨拶をすると、フレシェはニコリと笑って走り去った。声はまだ戻らないらしいが、性格はずいぶんと人懐っこくなったものだ、とガンマはシェーダーに紹介する。
 やがて、ガンマの義父であるリックがやって来た。その手にはガンマが送った手紙。
「おかえり、ガンマ。生活は順調か?」
「うん、家も少しずつだけど出来ているよ。ログハウスにしようかなって思ってる。切った木は切り株を抜いて、畑にする土地も作るつもり」
「お前のことだから、そりゃ広大な畑なんだろうな」
 リックは口元を横に引き伸ばした。本人にとっては笑顔のつもりなのだが、相変わらずその表情が一般的な笑顔にはならないようだ。

第4話〜刀剣に鞘 中編〜

 孤児院に入ると、子供たちがガンマに群がって登り始めた。ガンマも笑いながら、木登りの木の役目を果たしている。
「シェーダーちゃん、だったわね?」
 子供が鈴なりになっている大木を眺めていたシェーダーの背後から、アルフォード孤児院の主任であり、それと同時にリックの妻でもあるリナが声をかけた。
「そうだ。えー、うー」
「あたしはリナ。初めて会うから、知らなくて当然よ。気にしなくていいのよー?」
 柔らかくヘラヘラと笑うリナ。シェーダーはどうしていいかわからず、俯く。
「まずはリラックスから始めた方がいいわね。孤児院を案内するわ。ここがどんな場所か分かったら、少しは楽になるでしょ?」

 リナはシェーダーを連れて、孤児院を案内する。洗い場、食卓、子供たちの住む部屋、客のための寝室、トイレ……隅から隅まで、案内されたシェーダーは少しだけ気持ちに余裕が出来てきた。
「リナ、さん」
「あは。名前覚えてくれたのね?なあに?シェーダーちゃん」
「ガンマ、ここで育ったんだな」
 リナは顎に指先を当てて、少し考える。
「少し違うかもしれないわねー。育ったのは村のみんなのおかげ。あたしたち、アルフォード孤児院は、住処と暮らし方……あと、必要なら、その子も優しくされていいということを教えているだけよ」
 それは育てるということではないのか?という気持ちを、シェーダーは言葉にできない。
「現に、シェーダーちゃんも親がいない状況で過ごしていたじゃない。つまりあなたを育てたのは自然と動物たち。……狩りの腕前、すごいって聞いてるわよ?」
 それはそう、だけど、と口ごもるシェーダー。リナは言葉を加える。
「それだけじゃないわ。あなたに優しさがあることを、ガンマから聞いてるわよー。そして背中の翼を狩りに役立てていることもね」
 リナはシェーダーの狩りを知っているようだった。
 ガンマがここに送った手紙には、様々なことが書いてあった。翼の上から枯れ草を被ることで隠れて獲物を油断させたり、そもそも眼で狙いをつけなくても音で獲物に弾を命中させたり、料理はシンプルだが手際が良かったり……翼が生えていることを隠したがる癖も、手紙には書いていた。
「……あなたが喜ぶかはわからないけど、ここが安心していい場所だってことは教えられるわよ。ちょっとここで待っててね」
 リナは広間の片隅にあるソファにシェーダーを座らせて、どこかへ誰かを呼びに行った。

「にゃ?」
「……」
 シェーダーが睨む視線を不思議そうに見つめる彼女は、アルファ・アルフォード。アルフォード孤児院の中でも村に溶け込み、愛されることではトップに君臨する有名人。
 そして、かつてガンマが想いを寄せていた相手。アルファ本人はさっぱり忘れている……というより興味がなかったから覚えているわけもないが、シェーダーにとって、いわば恋敵とも言える存在。
「怖い顔にゃ。にらめっこなら負けないにゃ」
 そうして怖い顔と言いながらした顔もどことなく愛らしいのだから、シェーダーはしょんぼりしてしまう。
「あの……にらめっこするために呼んだわけじゃないのよ。アルファ、よければ……村のみんなと、どうやって過ごしてるか話してあげてくれる?」
 それを聞いたアルファは敬礼のポーズをした。適当にやったから左手での敬礼。

「村のみんなはアルファたちになかなか良くしてくれてるにゃ。お手伝いをしたらお小遣いもくれるにゃ。困ってたら声掛けてくれるし、いいお魚がいっぱい釣れる場所を教えてくれることもあるにゃ」
 ずいぶんと楽しく暮らしているようだ。自分とは違う世界の存在だ、と感じるシェーダー。だが、
「このネコ耳も、ここでは当たり前になったにゃ」
 それを聞いて、帽子の中でコウモリの耳がピクリと動いた。
「おねーさん、同じにゃ?帽子なんて外すにゃ。気にするやつなんていないにゃ」
 わずかに動いた音を感じるほど、アルファの耳はいいらしい。シェーダーはおずおずと帽子を脱いだ。
「その袋も外すにゃ。さっきからカサカサと動いているのはわかってるにゃ!」
 背中のリュックサック……に見せかけた、翼を隠すための袋もバレていたようだ。それを外すと、シェーダーの翼が外気に触れる。
 ……ガンマ以外の人前で翼を見せたのは、ずいぶん久しぶりで……不安と恥ずかしさ、そして外気の心地良さがシェーダーを襲う。
「自分で気にするほどまわりは気にしてないにゃ。アルファもたまにご主人様と、ポンチョをかぶって通りで「その話はやめなさいね、刺激が強すぎるから」にゃー……」
 なんだかよくわからないが、アルファいわくこの世は「我々」を……もう、特になんとも思っていないらしい。
 奴隷でもなく、兵隊でもなく、ただのヒト……そのように感じていることが、アルファの言葉で伝わった。
リナがアルファに声をかける。
「ありがとうアルファ、今度はあたしがシェーダーちゃんと話したいから、行っていいわよ」
「わかったにゃ。ご主人様は?」
「夜8時に帰ってくるはずよー。とりあえずお布団を用意してあげてね」
再び敬礼。今度は右手だが手の甲が前を向いている。本当にただの真似っこのようだった。

「……わかったわよね?シェーダーちゃんも、もうただのヒトになっていたんだってことは」
「ワタシも、ヒト……奴隷でもない、道具でもない……ヒト……わかりたいけど、できない。わかるができない……」
 リナはゆっくりと頷く。
「いきなり受け入れるのも、無理な話よ。アルファもベータも、もちろんガンマだって、あたし達のところに来てから半年くらいは、ホントに部屋にこもりっきりで過ごしたくらいなんだから」
 リナの言う通り、3人とも奴隷としての訓練を受けて育ったことで、人を信じることは出来ないと強く主張していた。牙を剥いて、噛み付いて、睨んで……でも、少しずつそれは緩んだ。ヒトとして扱われていることに、半年かけて3人とも気がついたのだ。
「シェーダーちゃんも、いつかわかると思うわよ。その翼も耳も、奴隷の印ではないことと……今ではもう、なにか特別な印だってわけでないこともね」
 言われて受け入れられないこともわかっているが、いつか受け入れるだろう、とリナは言う。
 シェーダーは、ただただ聞いた。
 そんなことは受け入れられない、あるはずない……と感じながら。
「まあ、とりあえず今は好きにするといいわ。隠したいなら隠していいし、出したいなら出してもいいのよ?……っと、そろそろリックとの本題があるわよね。行ってらっしゃい、何かあったら呼ぶのよー?」
 リナにお辞儀をして、翼に袋を、耳に帽子をかぶせ……子供のなる木から子供が離れてガンマになったのを確認した。
「お待たせ、ガンマ」
「いやー、放ってしまってごめんね、シェーダー。さあ、父さんにあの話をしよう」
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