第5話

文字数 2,281文字

「一応聞くが、もともと使ってた得物はあるか?ずいぶん傷んでると聞いたが」
 ガンマの義父たるリックは、ガンマとシェーダーの2人をリックの倉庫になっている部屋へ案内しながら聞いた。
「ああ、うん。これなんだけど」
 ガンマが、持ってきたボストンバッグからシェーダーの使っていた小口径のポンプアクション式ライフルを取り出した。
「バーミントライフル……の、ようなもの……だな」
 錆びきって崩れた後部から機関部が飛び出し、先台も木材が腐ってヒビだらけ。ストックはすでに腐って、ノコギリで切り落とした所からさらに劣化が進んで……明るい部屋で見れば見るほど、バーミントライフルだった、今では何だかわからないもの、だった。

〜第5話 刀剣に鞘 後編〜

「で、シェーダー。お前、銃の撃ち方は知ってるんだよな?」
「わからない」
 シェーダーは即答した。
「わからないけど動くをやってる」
 これはなかなか大変だ、とリックは力無い苦笑いを漏らす。
「まず、ちょっと……どうやって撃ってるか確かめたいから、裏庭にある土手へ行っててくれ。なるべく同じモデルを探してるから……ガンマ、案内頼む」
 ガンマはふたつ返事でシェーダーを案内することにした。
 その背後から、リックの独り言。
「.22LRで……ポンプアクション。俺とは趣味が合わねえな。そういうやつはなかなか使わない……俺は45口径信者なもん……だか……ら……ん?これならなんとかなるか?拾い物だが……整備くらいは必要だが、なかなか綺麗なもんじゃねえか……」
 リックの独り言は、比較的集中している時によく口から飛び出す。そしてこういう時のリックに声をかければまともな出来事は起こらない。ガンマはシェーダーに、足音をさせないように耳打ちしてから部屋を後にした。

「待たせたな……ちょいと、整備に時間がかかっちまってよ」
 リックが来たのは20分後。シェーダーが帽子越しにそよ風の音を楽しんでいる時だった。
「ありがとう、お父さん。……ずいぶん良くしてくれたんじゃない?」
リックはガンマが何故それをわかっているのか、わからないようだったので、ガンマは続けて言う。
「ガンオイルで、念入りに拭いた匂いがする」
 それに対してリックはニイ、と笑うだけで返答せず、会話を逸らす。
「さあ、とりあえず構えてみてくれ」
 シェーダーにライフルを渡し、リックは少し遠ざかる。
 しかしシェーダーの構えはデタラメもいいところだった。肩から指先まで、ライフルを持っているというよりは「前に銃口を向けた状態で支えている」以上の力は入っておらず、しかもその銃口は何も狙っていない。リラックスというよりは「脱力」……構えていない、という言葉が相応しい構え方だった。
 リックはそれに対して何も言わない。そういう構えもあるのかもな、と思いながら……話を続ける。
「じゃあ、次は撃ってくれ」
 シェーダーの前方には5つ、空き缶が置いてある。
 普通であれば、空き缶がこれみよがしに置いてあれば、銃を持つものはこれを狙う。
 そのはずだったが、シェーダーは何故か舌を鳴らしている。
 カッ、カッ、と鳴らし続けて……突然リックたちの方へ向き直った。
「シェーダー、ストップ!」
 ガンマが慌てて止めた。指先に力を込めかけていたシェーダーはビクリと肩を震わせて硬直した。
「……どうやら、的を見ないで撃てるのか?」
 シェーダーは頷く。
「コウモリの耳だから、舌を鳴らして反射する音や……なにか生き物の発する音を聞いて、その方向に撃ってるみたい」
「それなら撃ったあとは着弾の音で構え方を修正するってわけか?」
 シェーダーは頷く。顔はひどく青ざめている。何度かあったヒヤリハット事例だが、その度に肝を誰よりも冷やしている。その度にガンマが許しても、シェーダーは自分を許せないようだった。
「ひとりで狩りをしてるなら、別にそれでもいいが……目を使った撃ち方、教えるぜ。シェーダーも、うっかりでガンマを撃ち抜きたくはないだろ?」
 シェーダーはガクガクと音が鳴ってもおかしくないくらいに頷いた。まだ口を開けるようではなかったが、目には少し光が戻ったようだった。
「……やっと人並みの幸せを手に入れ始めてるな、ガンマ」
 ガンマもシェーダーも、リックが何を言いたいのか分からないようだったが……リックはガンマのこれまでを知っている。
 ガンマの周りに集まるのは、ガンマの優しさを吸い尽くす事ばかり考えているような奴ばかりだった。無条件に優しい人物からは限界まで甘い蜜を吸えると知ってか知らずか、ガンマの優しさがあることをいいことに……リックが裏で警告しなければ、ガンマのすべてを奪いかけた者もいる。
 そんな環境が続いていたことを知っているリックが見ていた限り、ガンマの周りで、ガンマの身を、自分の顔色が変わるほどにまで案じた人物は、シェーダーが初めてだったのだ。
「今日はここまで。長丁場になるだろうから、一旦帰って荷物をまとめて、もう一度こちらへ来てくれ。宿は気にするな、しばらく泊まるといい」
「いいのか?ワタシ、なにかあげるを出来ない……」
「我が子の彼女になにかをもらおうとは思わねえさ」
 リックはシェーダーにライフルを渡すようにジェスチャーして……それを受け取ると、背中越しに言った。
「つまりお前も我が子みたいなもんだ。この孤児院を、自分の家のように思えばいい。さあ、とりあえず今日は寝るんだ」
 リックは振り返って手招きした。ガンマとシェーダーは頷いて、リックのあとに着いていった。
 孤児院の居間では、子供が鈴なりになる大木が、また生えた。
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