第1話

文字数 2,439文字

竹を割り、木を切る。
竹を組んだら粘土を貼り付けて、家の壁にしよう。
そこには暖炉があって、中に薪をくべて火をつける。
君の狩ったウサギはシチューで煮えて、僕たちのお腹を満たすだろう。
いくらか語ったら眠気が来て、起きたら君が鉄砲の整備をしている。
その隣で僕はきっと、斧やクワの整備をして……
いってきます、と言葉を交わす。
おはよう、いってきます。
ただいま、いただきます、ごちそうさま。
おやすみ、そしてまた……おはようと言える。
君に。

「ガンマ。ガンマ?」

さ、木を切らなきゃ。
彼女が風邪をひいたら大変だ。

「ガンマ!山が風邪になるぞ!」

ん?木がない。
僕が周囲を見回すと、そこは切り株ばかりの開けた土地になっていた。
おかしいな、結構な数の木が生えてたはずなのに。

~第1話 暖炉に薪~

大量の丸太は、頑丈なロープで乱雑に束ねられた上で……ネコと人間の合成生物として生きている青年、ガンマに担がれている。
コウモリと人間の合成生物である女性、シェーダーは小口径のライフルに狩った獲物を括り付け、肩に担いでいる。
二人で住むための新たな家を建てる土地まで、もう少し。
「いっその事、ログハウスにする方がいいのかな……」
ガンマが丸太を撫でながら坂道を登る。
「ワタシはどこでもガンマがいれば、嬉しいになるぞ」
シェーダーの言葉に、ガンマは照れ笑いを返す。
太陽は少し傾き、気温はそろそろ下がり始めるだろう。
二人は少し足を早めて、自分たちの土地へ向かった。

新居の予定地には、即席の洞穴と焚き火の跡。
家が出来れば、この洞穴は倉庫になるだろう。
シェーダーが薬草とウサギ、それから削った岩塩でスープを作る。
少女の頃から人里を離れて過ごしていたシェーダーにとって、食事は同時に医療でもある。
ガンマは丸太から枝を切り、それで焚き火の火を育てている。
都会、とまではいかなくても、人里で過ごしていたガンマにとっては普段の暮らしと全く同じ感覚にはならない。
「ガンマ。火が大きいすぎる。スープが真っ黒スープになる」
「あっ、ごめん」
枝を崩して火力を調整するガンマ。慣れている訳では無いものの、やり方はわかっている。
三脚に鍋を吊るして、スープの出来上がりを待つ二人。
ガンマが思いついたように竹を手に取り、小刀で細工をし始めた。
「ガンマ、今日はどんなものを作ったするんだ?」
「竹の楽器。叩く楽器だよ」
小さな穴を開けること、4つ。その穴と穴の間に刃を入れ、コの字型に繋げた。
竹の胴体と、先程の細工でできたコの字型の部分で、ふたつの音を叩いて出せる打楽器……スリットドラムの完成だ。
ガンマはそれをリズムに合わせるように叩き、歌い出した。

朝になっても
居眠りしよう
死が我々をわかつまで
天気の良い日に起きればいいさ
ルールを決めるは僕と君

「ガンマ、ワタシの身体がモゾモゾする。踊るがしたいかもしれない」
「踊ればいいよ。大道芸人のリコも言ってた通り、僕たちはもう僕たちのために踊っていいんだよ」
踊り出したシェーダーのために、ガンマは即興の歌を続ける。

ダメと言うならやらないけれど
いいと言うならさせてもらおう
全ては僕らで決めること
今日の予定もふたりのものさ

日は暮れる。スープで温めた身体を冷やさないように服を着込み、狩った鳥の羽毛で作ったキルトの毛布で眠る。
二人分の体温を吸収した羽毛は、洞穴の冷気に負けることの無い、この上なく快適な寝具であった。

夜。
疲れきったふたりは、穏やかな寝息を交差させていた。

シェーダーは夢を見たのだろうか。
これから始まる新生活の明るい夢を見られただろうか。
少なくとも呼吸はゆっくりと深く……この時、緊張とは無縁である、というように見える。
目を覚ませば、また出かけるだろう。ガンマのためにウサギを狩り、肉はシチューに入れることでふたりを暖めるし、脚は幸運のお守りに加工される。
そのお守りは金銭と交換されて、ふたりの生活が穏やかに続けられるような買い物に使われるだろう。
シェーダーにとって、今は……たったひとりで「死なないようにするだけ」の以前とはまったく違う。
ガンマとふたりなら、たとえ大変だとしても……
「生きていたい」という気持ちに……なれるから。

そして、
ガンマは夢を見た。
熱狂する観客、まとわりつくいやらしい目線、本来ならば人前でするはずのないことをするよう強いられ、拒むことを許されない「あの場所」。
あの時助けてくれたのは、大きな翼……そう、それはさながら身を焦がす太陽から命を守ってくれる、日除けのような……あの時、あの場所から、その持ち主と離れ離れになっても僕の命を救ってくれている「日除け」。
僕を守ってくれる人がいる。
僕だって、守りたい。
日除けばかりが光を浴びてたら、きっと……日除けだって限界が来て、焼け落ちてしまうから。
そのためにも、強くならなきゃ。
あの場所にいた金持ちに売られて、たまたま救い出されて、他の子に片思いをしたり、ないがしろにされながらもいいように扱われたりしながら、それでも生きていたのは、

目が覚めた。洞穴の中には誰もいない。
洞穴は風が入らないように入口を布で塞いでいて、光が入らない。
日がなければ日除けも要らない……なんて事なのだろうか。
現実と夢がないまぜになって、今がどこなのか、ここはいつなのか、僕は夢だったのか、彼女は誰なのか……
今見ている、がっしりした手が自分のものに思えない。
もっとか細い、老婆でも折ることが出来るような指はどこへ行ったんだろう。
どこからが夢だ?本当はまだ、「あんなこと」をしなきゃいけないんじゃないか?
強くならなきゃ。まだ続いているんだから。日除けが燃え落ちないように、僕が日除けにならなきゃ。
「ガンマ。……ガンマ」
身体が軽く揺さぶられる。視界に色が戻る。夢、あるいは過去に囚われていた五感が自分のものに戻る。
ああ、この声は、
「おはよう。ガンマ、……ワタシはわかるになってないけど……朝ごはん、作った。一緒に食べるをしよう」
……まだ僕には、日除けが必要なのかもしれない。
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