第3話

文字数 2,399文字

自分の部下に襲わせた敵の建物に、隠されていた三人の奴隷。
部下が「呼べればいい」くらいの気持ちで適当につけた名前が、そのまま名前になった生き物。
アルファ、ベータ、ガンマ……
この子らを育てて、というか住まわせて、どれくらいになるだろうか。
法的にもあいまいで、危なっかしい立場の彼らを、なるべく匿っておこうと思っていたものの、彼らも成長に従って自立したいという気持ちの芽生えがあったようだ。
巣立ったあとは、自分たちの手だけで育つ今とは違って、困難にもぶつかるだろう。
特に心配ないのは、アルファとベータだ。周囲に溶け込んで馴染み、生活している。家事の能力についても心配ない。アルファの料理技術は乏しいものの、二人揃って食事に興味があるわけでないので、必要に応じて釣りに行き、魚を焼いたりとか、そのくらいでも生活できるだろう。
問題はガンマになる。
愛されるため、無尽蔵に努力をする。
彼はいつか、飛んでくるミサイルに飛び乗って進路をねじまげて、街を救うかもしれない。そのくらいはできそうだし、やりかねない。
そして、そのときガンマは死ぬ。
間違いなく、死ぬ。
彼は息抜きの方法も、一人でいる工夫も、正しい人付き合いも、わかっていない。
求められるままに助力を与え、時には理不尽な要求にも笑顔で応える。
そして倒れ伏したことがある。
ガンマにそんなことをしたやつは、ガンマの真心を骨の髄まで抜き取って、倒れるまでこき使って、倒れた途端に……まるで、くずかごに入れるように扱った。
だが、ガンマは笑顔だった。あの人の役に立てて良かった、と言った。
真実なんて言えなかった。

そしていま、そんなあいつが恋人との二人暮しをはじめようとしている。
父として、口を挟むことが……
果たして、ガンマのためになるだろうか。
孤児院のオーナーとして、巣立つ子供を見送ること。
絶える事はない種類の苦労ではあるものの……
あいつのことを、俺は心配でたまらないんだ。

第3話~刀剣に鞘 前編~

「ガンマ。ガンマの父親はどんな、あー……心を持っているんだ?」
「どんな人か、って聞くとスマートだね。うーん……」
移動の道すがら、乗合馬車の風景に飽きてきたシェーダーがガンマに問う。
「今から会いに行くリックさんのことなら、頑張り屋で頭もいい。孤児院のオーナーとして責任感もちゃんとある。頑固だし話が長いのは……まあ、言わないでおいてあげて」
長い間育ててもらった恩義を差し引いても、あの長ったらしい話は何とかならないかと思ってしまう自分に気づいて沸き起こる自責の念を笑って誤魔化す。
シェーダーは二、三度頷いてから質問を続ける。
「ガンマは猫を混ぜるされたよな。コウモリを混ぜるされたワタシも大丈夫か?」
「うちの父さんはだいたい大丈夫。自分の実の息子が生首になって、そのままの姿で彼女と旅してるって噂を聞いても三日で立ち直ったから」
シェーダーが顔の左側をくしゃりと歪める。右へ左へと首を傾げながら、話を理解しようと努力しているが……上手くいかないようだ。
「まあ、大丈夫さ。翼も耳も、隠す必要は無いよ」

ガンマたちの住処予定地である山を降り、東の都市たるイースタリアから乗合馬車で目的地のキャロへ向かう……その途中の村で休憩時間が取られることになる。
疲れた馬車馬を休ませるため、その村に居る馬車馬と交換して……乗合馬車の乗組員がそうしている間に、乗客全員が思い思いの昼食をとる……そんな時間だ。

時期は冬。うっすらと積もった雪や寒さが、コウモリと合成されたシェーダーの翼や耳を覆い隠すコートや帽子を正当化する。
ガンマは自分の耳も尻尾も、特に気にすることなく出しているが、シェーダーにはそれができない。……かつて、自分を襲ったならず者の「こいつは人間じゃねえから、どう扱ってもいいって聞いたぜ」という言葉は、今でも心に警鐘を鳴らす。
そして、自分はガンマではない。襲ってくる相手に素手で対抗する力はない。だが、とっさに取り出せる武器も……心もとない。自分の強みはコウモリの耳だけ。翼はならず者の襲撃をどうこうすることはできないし、近くの相手をどうにかすることは合成されるときに損傷した右目のせいで、得意ではない。
だからシェーダーは、全身を覆うような服をまとってガンマの服の袖を掴んで、おどおど歩く。
ガンマもそれがわかるから、安心して、と伝えるためにも胸を張って歩く。いざとなったら守るよ、と。
結局昼食は、馬車の中で手軽に食べられる肉饅頭を食べた。

「間もなくキャロ。世界の中心、公益の村、お祭り騒ぎの村。……あいよ、到着だ。乗客の皆様、お疲れさん。もう夕方だね?よい夜を」
御者が乗合馬車を停めて、降りる乗客の足元を補助する。
キャロの地面にはつくしが芽吹いて、なごり雪がわずかにそれを覆っている。少しだけ、イースタリアよりも湿度が高いせいか、草や花の香りが強く感じられた。
「キャロ、久しぶりだ。……あのヒゲ、またナイフお手玉で頭痛いになってないか?大丈夫か?」
「それを考えるのはやめとこう。あのお手玉だけはうまく行ったところを見れたことがないんだ」
シェーダーが言うヒゲ……大道芸人のリコは多才だが、ナイフのジャグリングだけが下手の横好き以上にならない。
本人も下手なのを気にしていて、さすがに治療できる観客を待つようにはなったが、度重なる失敗で得られたものは上達よりも頭頂部の神経が死んで、刺さったナイフの痛みを感じなくなることだった。
シェーダーはリコを心配しているが、ガンマはなんとかなるだろうと思っている。
彼は、彼の目的のためなら、投げたナイフが脳まで届いても死なないだろう。

ガンマの義父であるリック、その彼が経営しているアルフォード孤児院へ足を向ける2人。
キャロの楽しげな喧騒が静かになってくるにつれ、シェーダーの手が掴んでいるものは……ガンマの服の袖から、ガンマの手のひらに変わっていた。
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